はじめに
宿泊施設とひとくちにいっても、その種類はさまざま。ホテルや旅館はもちろん、いまでは比較的安く宿泊できるホステルやゲスト同士で共用設備があったり、ドミトリータイプの多いゲストハウス、民宿など、ゲストのニーズに合わせて多種多様になっています。今回は、そんな新しい宿の形として、日本ではまだあまり馴染みのない「アルベルゴ・ディフーゾ」という取り組みについて、ご紹介します。
アルベルゴ・ディフーゾとは?
「アルベルゴ・ディフーゾ(Albergo Diffuso)」とは、地域に点在している空き家を使い、地域一帯を宿泊施設として捉えて活用するイタリア発祥の取り組み。「アルベルゴ」はイタリア語で「宿」、「ディフーゾ」は「散らばる」という意味の造語です。本来、宿泊施設は一つの建物の中に客室やレストランにバー、お土産物売り場などがあるのが一般的。ですが、アルベルゴ・ディフーゾではそのどれもが別の場所にあり、地域に点在するいくつもの場所でサービスを受けられるのです。レセプションのある施設でチェックインをしたあとは、また別の場所にあるお部屋に向かい、食事もまた街中にあるレストランでいただく。まるでその街に住んでいるようなスタイルで滞在できるのです。本場イタリアでは、町おこしのひとつとしても取り組んでいるそう。
日本にも、そんなアルベルゴ・ディフーゾを実践する取り組みは全国に点在。兵庫県にある「篠山城下町ホテルNIPPONIA」や滋賀県の「HOTEL 講 大津百町」、東京の「hanare」など、日本では「分散型ホテル」という呼び方で浸透してきています。なかでも岡山県矢掛町にある宿泊施設「矢掛屋 INN&SUITES」は、2018年にイタリアのアルベルゴ・ディフーゾ協会の認定を受けた国内初の施設として話題です。
国内初! 本場イタリアの協会に認定された「矢掛屋」とは
▲写真提供:岡山県観光連盟
「矢掛屋」のある岡山県矢掛町は、江戸時代に宿場町として栄え、現在でも白壁の蔵や当時の建築物が多く残る、倉敷市の美景地区にも似た趣のある景観が楽しめる町です。矢掛屋もそんな江戸時代からの歴史ある町家建築をそのまま甦らせた施設で、伝統とモダンが調和した落ち着きのある佇まいが魅力。長屋造りの空間に本館と別館に分けられた2つのエリアがあり、本館には客室のほか、和食レストラン、カフェ、バーを用意。別館には、客室、温泉施設、イタリアンレストランなどが並びます。
アルベルゴ・ディフーゾ協会会長のダッラーラ氏に見出された国内初の施設、「矢掛屋」ですが、そのきっかけとは? 支配人にお話を伺いました。
「そもそもは地域再生のために、元々あった古民家を再利用したホテル開発を進めていました。周辺地域にもお客様に足を運んでもらい、経済的に潤ってもらうため、まずはお客様を呼び込むホテルを開発しようと考えました。でも単にホテルをひとつ建てるのでは、矢掛町ならではのもてなしや、良さが伝えられない……。そこで、江戸時代の大名一行も当時は分散して宿泊していたという宿場町の在り方をそのまま現代版に落とし込んでみたら、偶然にもそれがアルベルゴ・ディフーゾのコンセプトに一致したのです」
「矢掛屋」ならではの魅力的なホテルステイ
「矢掛屋」の魅力についてもお聞きしました。最大の魅力は、なんといってもその街全体を取り込んだ造りにあるんだとか。
「矢掛屋を含めた矢掛の商店街(旧山陽道沿い)は800mほどしかありませんが、宿場町として栄えた昔の面影が随所に残っています。土地が開発されていないので、昔からの区割りや、山陽道に対して間口が狭くて奥に長細い長屋(いわゆるうなぎの寝床)の形をした区画・家になっているのです。これだけ昔ながらの造りが残っているのは全国的にも珍しく、見ていても飽きない空間になっています。昔ながらの町家建築は、今では簡単に出合うことも造ることも難しい日本の伝統です。こうした残されたものを丁寧に再利用した形で、お客様に楽しんでもらいたいのだといいます。」
またアルベルゴ・ディフーゾ協会の認定をうけ、街全体が主体的にお客様の案内人になる様子も見受けられたといいます。土地に不慣れなお客様を夕食ならこの店へ、お土産を買うならあの店へ……と互いに助け合うコミュニケーションが生まれているそう。
「まるでその街に住んでいるような雰囲気を作り出し、町で会えばお互い挨拶をするような、そんなコミニュティとしてのホテルでありたい。そのためにも今後は体験・参加型のイベントを増やしていこうと思っています」。
「ホテルだけが利益を独り占めし、ひとり勝ちしようとすれば、そのホテルや地域は長続きしない。ホテルがお客様を呼ぶきっかけになり、滞在してもらい、ホテルが仲介役として町のいろいろな施設を紹介し、お客様を送客して町全体のどの施設でも利益が出るような仕組みになること、いわゆる“持続可能な利益が循環する町”というのが矢掛屋が実践するアルベルゴ・ディフーゾだと考えています」。
◆矢掛屋 INN&SUITES
住所:岡山県小田郡矢掛町矢掛3050-1
電話:0866-82-0111
時間:チェックイン15:00、チェックアウト11:00
<日帰り入浴>
営業時間:湯の華温泉11:00~23:00(最終入場22:00)、露天風呂11:00~21:00
定休日:無休 ※月曜は、設備点検のため9:00~15:00まで入場不可。(祝日の場合は、翌火曜に実施)
料金:大人500円、小学生350円、幼児300円(休前日・休日:大人700円、小学生500円、幼児400円)※岩盤浴は別途
<和食レストラン「花鳥風月」>
営業時間:11:00~14:00(LO13:30)、17:30~21:00(LO20:30)
定休日:不定休
<別館「宿場町矢掛の侍イタリアン」>
営業時間:11:00~15:00(LO14:30)、17:00~22:00(LO21:30)
定休日:不定休
おわりに
宿泊する街ごとに、その地域をまるごと楽しむことができる「アルベルゴ・ディフーゾ」。地域との触れ合いや、歴史・文化体験をすることで、より思い出深い滞在になるのではないでしょうか。新しい宿の形は、新しい観光の形として、これからより多くのゲストの関心を呼ぶのだと思います。そんなゲストを迎えるアルベルゴ・ディフーゾも、今後さらに広まり、国内外から訪れるさまざまなゲストと一緒に地域を盛り上げていくでしょう。