
観光庁が発表した2025年版「観光白書」は単なるデータの集積ではない。読み解けば観光業界の未来がはっきりと描かれていることに気づかされる。
数字が物語るのは、かつての観光が「戻ってこない」こと、そして新たな観光への準備がまだできていないという現実だ。発表されたデータから、特徴的な項目を抜き出して「未来予測」をしてみよう。
旅行業の将来予測①~高齢者頼りのビジネスモデルがいよいよ終焉を迎える~
[caption id="attachment_340500" align="alignnone" width="900"] 「令和6年度観光の状況 令和7年度観光施策」(観光白書)より引用。[/caption]
「国内宿泊旅行経験率」つまり24年に国内旅行をした人の割合は、19年比で20代以下が微増、30代から60代までは微減だが、70代以上では38.6%から30.7%と2割も減少している。この原因は人口構造の変化であり、70代以上の中でも平均年齢が上昇し、80代、90代の身体的に旅行が難しい人たちの割合が増加した結果だと思われる。彼らは年を追うごとに旅行を諦めざるを得なくなるので、今後も70代以上の旅行経験率は下がり続けるだろう。
[caption id="attachment_340501" align="alignnone" width="900"] 「令和6年度観光の状況 令和7年度観光施策」(観光白書)より引用。[/caption]
もちろん、その間に新しく70代になる人も供給されるので問題ないという意見もあるだろうが、この世代はもはや団体旅行を好まない世代であり、旅行以外の趣味も多く持っている。「旅行に対する考え方」を見ても70代は32.9%が「旅行を最も大切な趣味」だと回答しているのに対し、60代では24.1%に過ぎない。「余裕のある高齢者が旅行業界のメインターゲットだ」と言える時代はいよいよ終焉に差し掛かっている。
さらに今後、旅行業界に供給されるシニア層は団塊世代から団塊ジュニアを経て、いよいよ就職氷河期世代に移る。現在50歳前後の彼らはバブルの恩恵を知らず、倹約志向が強く、「安・近・短」な旅行スタイルを志向する傾向が強い。先に述べた、「旅行を最も大切な趣味」だと回答した50代は16.1%と60代よりもさらに激減する。一方で国の進める高付加価値戦略と彼らのニーズにどのように折り合いをつけるのか、手法を間違えた場合、国内の観光地は日本人からはさらに縁遠いものになってしまうだろう。
旅行業の将来予測②~今の若者を旅行好きにしなければ旅行需要は激減する~
[caption id="attachment_340503" align="alignnone" width="900"] 「令和6年度観光の状況 令和7年度観光施策」(観光白書)より引用。[/caption]
前述の「国内宿泊旅行経験率」を見る限りでは、20代以下の若年層の旅行経験率は19年の62.8%から24年は64%と微増している。しかし、一方で「旅行に対する考え方)」によれば、「旅行に自発的に行かない」「旅行に関心がない」と回答した割合は、10代で33.6%、20代で35.3%、30代で36.8%と極めて高い(60代は23.1%、70代は22.4%)。今後、30代以下の彼らを「旅行好き」に変えていかなければ旅行需要は年を追って先細りになってしまう可能性がある。
海外旅行の減少も旅行離れの傾向を表している。コロナ禍の余波、円安、国際情勢、物価上昇など多くの理由で海外旅行は避けられており、出国した日本人数は19年の2,008万人に対して1,301万人と3割以上少ない状況だ。24年時点で日本人のパスポート保有率は17%。19年比では15%減と海外への関心も薄れつつある。インバウンドの人数に注目が集まる中でこの減少は見過ごされがちだが、将来的に海外旅行に興味の無い人が増えることは全体的な旅行離れが加速する可能性も含んでおり、国内旅行マーケットにとっても脅威になる可能性が高い。
就職氷河期以降の若者が自発的に国内旅行に行くことがなくなり、海外旅行は最初からあきらめ、興味すら持たない国になってしまったら観光の将来を語るどころではなくなってしまう。グローバル化と逆行するような動きに、観光業界はどう向き合うべきか。インバウンド頼みだけで持続可能なのか。観光白書はそう投げかけている。
旅行業の将来予測③~旅館だけが取り残されている~
[caption id="attachment_340505" align="alignnone" width="900"] 「令和6年度観光の状況 令和7年度観光施策」(観光白書)より引用。[/caption]
「宿泊施設タイプ別の客室稼働率の推移」によると、全タイプ平均の稼働率は23年の57%から60.5%へと回復基調が続いている。シティホテルやビジネスホテル、簡易宿所がそれぞれ3ポイントから5ポイントの回復基調にある中、旅館だけは前年からほぼ横ばいで立ち止まっている状態だ。インバウンドをけん引役にして都市部が先行して回復していることも、地方に多い旅館にとっては不利な比較になっているのかも知れないが、本質的には旅館ビジネスの変革が追い付いていないことが大きな要因だろう。
[caption id="attachment_340506" align="alignnone" width="900"] 「令和6年度観光の状況 令和7年度観光施策」(観光白書)より引用。[/caption]
例えば、「国内延べ旅行者数の同行者別割合の推移」によれば、一人旅の割合は14年の6.7%に対して、24年には10.3%と1.5倍になっているが、旅館ではその需要を受け止められていない。1泊2食付きのモデルもラーメンや焼き鳥など数多くある日本グルメを堪能したいインバウンドからは、格式の高い会席料理は決して望まれている訳ではない。DX化の遅れも人材不足の解消を妨げる要因となっており、売りたくても売れない、高単価を狙いたくても対応できないといった状況下にある施設も多い。滞在により日本文化をどっぷり楽しむという旅館のエンタメ性を残しつつ、これまでのターゲットに加えて一人旅やワーケーション、短期滞在や中期滞在を柔軟に受け入れられるように変革を続けなければ、旅館ビジネスは今後ますます厳しい局面を迎える可能性が高い。
旅行業の将来予測④~今後インバウンドが簡単に伸長する訳ではない~
[caption id="attachment_340507" align="alignnone" width="900"] 「令和6年度観光の状況 令和7年度観光施策」(観光白書)より引用。[/caption]
「国内延べ旅行者数の同行者別割合の推移」を見るまでもなく、インバウンドが3,687万人とコロナ前の水準を上回り、過去最高を更新し続けているのを見て、今後もこのまま増え続けると安心している人も多いだろう。しかし、先程示した通り、今は出国する日本人が激減したままの状態だ。一方、日本に就航する国際路線が旅客を運ぶ客席数はコロナ前とほぼ同水準に戻っている(トラベルジャーナル紙調べ)。
インバウンドが伸びた理由として、コロナ前と比較して座席供給量は同じだったが、国際線を利用する日本人が減ったことで、航空会社がインバウンド向けに座席を多く販売できたという側面も大きいことが分かる。つまり、「外国人が増えた」というより、「日本人が減った結果、枠が空いた」という見方もできるのだ。これでは持続的にインバウンドが増えるとは言い切れない。
まずは、工事がスタートした成田空港の拡張を筆頭に、ハブ空港や各地方空港における国際路線と座席数の拡大を急がなければならない。そして、人口減少が加速する地方においても雇用を優先的に確保し、インバウンドを受け入れられるだけのコンテンツを急ぎ整備することが必要だ。これらの施策が嚙み合わなければ、年間6,000万人のインバウンド目標は簡単には達成しないことを理解しておくべきだ。
旅行業の将来予測⑤~戻らないビジネス出張に対応するために~
[caption id="attachment_340508" align="alignnone" width="900"] 「令和6年度観光の状況 令和7年度観光施策」(観光白書)より引用。[/caption]
ビジネス需要、つまり旅行における出張ニーズが戻っていない。
「旅行目的別国内延べ旅行者数の推移」によれば、宿泊を伴う観光旅行は14年比で109.6%に伸長した中で、日帰り出張は52.9%、宿泊を伴う出張は86%と大幅に減少している。コロナ禍を経てビジネスの世界は既にオンラインが前提になっており、旅行需要の中で出張の占める比率は今後さらに縮小するだろう。
地方を結ぶ航空路線や地方都市のホテルは、繁閑差の大きい観光需要よりもビジネス需要を重視してきたため、現状でも思うように稼働率を上げられていない。これまではマイレージやポイントシステムなどでビジネス客をヘビーユーザーとして扱い、囲い込みを図ってきたが、今後はその優遇も縮小せざるを得なくなるはずだ。その代わり、曜日や季節に左右されがちな観光客の平準化のために一層の労力を割く必要がある。
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ざっと観光白書を読み解くだけで、少なくともこれだけの未来が予測できる。
インバウンドだけではなく、日本の若者に対しても、旅を通じた新しい価値を示せなければ、日本の観光はインバウンドによる穴埋めをアテにしながら縮小再生産を続けるだけになってしまいかねない。そしてその価値は、地域住民や観光業界への就業者に対しても明るい未来を感じさせるものでなければならない。
今のうちに柔軟な対応を始めた地域、施設、事業者だけが、次の10年を生き残る。そのヒントが観光白書には詰まっている。観光に関わる人は是非一読されたい。