「ブッキング・ドットコム」「エクスペディア」「楽天トラベル」などを運営する大手オンライン旅行会社(オンライン・トラベル・エージェント=OTA)が契約を結ぶ宿泊施設に対し、宿泊施設が自社で運営するサイトや競合OTAのサイト上に自社価格より低価格の宿泊プランを掲載しないよう圧力をかけていた疑いがあるとして、公正取引委員会が独占禁止法違反の疑いで立ち入り検査をした。ニュースを聞いた宿泊施設では「やっと公取(公正取引委員会)が動いてくれた」という反応が大勢を占めた。
宿泊施設とOTAはこれまでも強力な協力関係を築き、共生を目指しながらも、一方では一触即発の緊張関係を持つ局面も度々あった。宿泊施設におけるOTA経由の売上の依存度が高まるのに合わせて送客手数料が高騰したり、宿泊施設のSNSの公式ページをOTAが宿泊施設の了承なく新たに作成したり、サーチエンジンで宿泊施設を検索しても資金を投下したOTAの予約ページが上位を占拠するといった問題が起こる度、宿泊業界は公正取引委員会や消費者庁に訴えてきたが、これらが問題として取り上げられることは無かった。旅行におけるOTAの影響力がそれほど大きいものだと思われていなかったことや、OTAと宿泊施設間の”いさかい”はいわゆるBtoBの契約上の立場の相違に過ぎず、消費者に悪影響を及ぼすものとは認識されていなかったからだ。今回、公正取引委員会が動いたことは、OTAの振る舞いが旅行業に広く影響を及ぼしていることを図らずも証明した形となった。
報道によると今回の疑いは、独占禁止法で禁じられた「拘束条件付き取引」であるが、実態として宿泊施設は多くの制約条件の下でOTAに宿泊プランの掲載を依頼している。
他社より多く客室を提供しなければならない、より先の日付まで販売していなければならない、そして今回問題になっている「最低価格保証」である。今回の3社に限らず、各OTAは何らかの形でこれらの条件を提示しているが、その形態は様々であり、”お願い”レベルのものから、条件を遵守する施設に優遇措置を与えるケース、逆にアルゴリスム上で違反施設の掲載順位を落としたり、手数料を上乗せしたりする形で制裁を加えるケースなどもある。当然宿泊施設は契約している全てのOTAに対して最恵国待遇をすることはできないため、特定のOTAに集中して販売を委ねるか、壁紙が違うだけの部屋を違うタイプとしたり、料理を一品変えただけの別の宿泊プランを仕立てたりといった手法でOTAごとに複雑怪奇な宿泊プランを掲出するようになる。そのどちらも消費者には「選べない、選びにくい」というデメリットしか生じない。
さらに言えば、宿泊プランの価格は本来であれば需給に応じてもっと大きく変動するものだ。売れないプランは値下げして売り切りたい、売り切れ間近のプランは価格を維持して大切に売りたいと多くの宿泊施設は考えている。しかし、前述のように複数のOTAで複雑な条件がにらみ合っている環境下では、一つのプランの価格を変えると玉突きのように各社の条件を変えなければならず安易な価格調整はできない。価格調整するとすぐに「他社で我々より安いプランを販売しているのですぐに是正しなさい」という警告文が送られてくる環境下ではどうしても販売価格は硬直化してしまう。公正取引委員会はこの状況を宿泊施設や消費者が不利な環境に置かれていると判断し、調査を始めたのだと思われる。
一方でこのような高圧的な手段を使ってでも宿泊施設から他社より有利な条件を引き出さなければならない背景には宿泊予約マーケットの環境の激変がある。ここ数年で、宿泊予約においていつも特定の旅行会社やOTAを利用する「浮気しないユーザー」の比率は激減していると考えられる。その要因となっているのはいわゆる価格比較サイト(メタサーチ)の台頭だ。
メタサーチでは宿泊施設名を検索すると、宿泊施設と契約しているOTAの販売するプランが一覧表示されることから、ユーザーは最低価格を提示しているOTAがどこであるかということにはあまりこだわらなくなってきた。そこが国内OTAであろうが聞いたことに無い海外OTAであろうが同じ土俵で比較されてしまうのだ。筆者が以前問題視した中国系OTAの架空販売問題も、このメタサーチにより空室に釣られたユーザーが慣れないOTAに飛びついたことが事態を大きくしてしまった。
メタサーチの世界では、理論上は新興OTAであっても、宿泊施設の販売客室を手に入れ他社より薄利にすることで、あっという間に上位表示され大手OTAと戦うことができるのが現実だ。実際に宿泊施設のフロントにおいても自分がどのOTAから予約をしたのか理解していない宿泊者が激増している。各OTAがこれまで10年以上にわたって大切に囲い込んできた顧客が、メタサーチによっていとも簡単に他社に流出してしまっているのだ。これまで囲い込みに有効であったポイント制度も一旦メタサーチで遊牧民となったユーザーの引き留めには効果を発揮しない。ここではまさに販売室数1室の差、宿泊プラン価格1円の差が販売量に大きな影響を与えてしまうことから、各OTAは宿泊施設に対して「1室でも多く、1円でも安く」を要求することが以前にも増して最優先事項になってしまい、公正取引委員会が問題視するほどに高圧的になってしまったのかも知れない。
業界により商慣習は異なるが、通常の商店であれば店舗は商品を仕入れ、経費や利益を上乗せして販売価格を決めるのが基本だろう。そこから在庫過剰や他店との競争激化で値下げをしたり、人気商品を値上げしたりすることで利益率を変動させる。しかし旅行業界では、利益率は固定した上で、仕入値を変動させることで販売価格を調整するという順番で宿泊料金が決まっていた。今回の騒動はこのような宿泊予約の特殊な仕組みを旅行者に知らせる機会となったが、将来の流通改革に向けた記念すべき一歩となるか、単なる指摘箇所のみの是正に終わるかは、旅行者がこれまでOTAや宿泊予約に対して抱いていた不明瞭さがどのくらい解消されるかにかかっている。もちろん宿泊施設側も単に留飲を下げるだけでなく、価格に見合った価値をしっかりと旅行者に届ける努力が必要になるだろう。
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