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エンジン車は、いつまで続くか。 その1「ECVノルウェーモデルを読む」2020〜2021年自動車産業鳥瞰図


ICE(Internal Combustion Engine=内燃エンジン)を搭載する新車の販売が禁止される。英国も、フランスも、そして日本も……このように報道されている。まだ法制化されていない案件ばかりなのだが、世の中には「そうなる」と伝えられている。1年前にはまったく予想していなかった事態であり、「カーボンニュートラル」「電気自動車」といったバズワードだけが完全に一人歩きしている状況だ。では、ここまで急激に政治がICE車禁止へと舵を切った背景は何なのか。そして自動車はどこへ向かおうとしているのか。これを3回にわたって探ってみる。


TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

さきごろ、日本自動車工業会(JAMA)の豊田章男会長は、オンライン記者会見で参加者からの質問に対して以下のように語った。なお、豊田JAMA会長が言う「電動化」にはさまざまな形のHEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル=ハイブリッド車)が含まれる。PHEV(プラグイン・ハイブリッド・エレクトリック・ビークル=外部充電可能なHEV)も含まれる。

「日本の電動車比率は世界第2位で35%。1位はノルウェーの68%だが、台数で見ればノルウェーの10万台に対し日本は150万台だ。作っている工場自体も、工場のCO2(カーボン・ダイオキサイド=二酸化炭素)排出量は2009年度の990万tから2018年度には631万tへと36%削減した」




「菅総理の言うカーボンニュートラル2050は、国家のエネルギー政策の大変化なしにはなかなか達成は難しいという点をご理解いただきたい。日本では火力発電が約77%、再エネ(再生エネルギー)および原子力が23%だが、ドイツは火力6割弱、再エネと原子炉47%、フランスは原子力中心だが89%が再エネ&原子力であり火力は11%にとどまる。トヨタ・ヤリスの生産で見れば日本よりフランスのほうがカーボンニュートラルで考えれば成績は良い。となると日本ではヤリスを生産できなくなる」

「あえて言うが、日本で販売される乗用車400万台をすべてEV化したらどういう状況になるかを試算した。夏場の電力ピーク時には発電能力を10~15%増やさなければならない。原発でプラス10基、火力発電であればプラス20基必要な電力規模だ。また、保有自動車のすべてをEV化した場合、充電インフラへの投資コストは約14兆円から37兆円になる。個人住宅の充電機増設は約10〜20万円、集合住宅では50〜150万円、急速充電器の場合は平均600万円かかる」

「BEV(豊田JAMA会長はEV=エレクトリック・ビークルと言ったが、その意味はBEV=バッテリー・エレクトリック・ビークルなので、ここではBEVに置き換えて表現する)生産で生じる課題は、まず電池の供給能力が現在の約30倍以上必要になる。そのコスト(おそらく設備投資だろう)は約2兆円だ。(工場出荷前の)完成検査時には充放電をしなければならないので、年産50万台のBEV工場は毎日一般家庭5000軒ぶんの電力を消費する。1台のBEVの蓄電量は家1軒が1週間に消費する電力に相当する」

「CO2を出す火力発電で電気を作り、毎日5000軒分の電力が単に充放電されるのがBEV生産であり、このような形をわかって政治家の方があえてガソリン車をなしにしましょうと言っておられるのかどうか。ぜひ正しくご理解いただきたい。これは国のエネルギー政策そのものであり、ここに手を打たなければ将来、ものを作って雇用を増やし、税金を納めるという自動車業界が現在やっているビジネスモデルが崩壊してしまうおそれがあるということを、ご理解たまわりたい」

JAMA会長としての発言であり、この発言内容はJAMA理事会での承認を得ているはずだ。JAMAは国内自動車メーカーの団体であり、各社の商品構成はまちまちだ。BEVを推進している会社もあればHEVが中心の会社もある。ICEの熱効率改善に心血を注いでいる会社もある。しかし、自社の立場はさて置き、日本の自動車産業全体としての意見陳述を行なったと筆者は理解する。




日本の主要製造業の製品出荷額は2017年統計で319兆円。そのうち自動車産業は60.7兆円である。設備投資額5.8兆円のうち自動車は1.3兆円。研究開発費12兆円のうち自動車は3兆円。GDP(国内総生産)590兆円に占める自動車とその関連産業の規模は69兆円。全世界での日本ブランド車年産台数は約2700万台、世界生産台数の約28%。これが日本の自動車産業である。

日本で生活している以上、「私はクルマは持たないから関係ない」とは言えない。生活物資は自動車が運ぶ。長距離輸送に鉄道や船を使ったとしても、店頭や倉庫までは自動車が運ぶ。インターネットのウェブサイトで注文した品を発注者まで届けるのも自動車だ。自給自足の生活を送っていたとしても、完全に自動車と無縁ではいられない。何より、食料もエネルギーも日本は海外に多くを依存している。それを購入する原資は海外で販売される日本車が稼いでくる。年産2700万台のうち3分の2は海外生産である。

豊田JAMA会長が言う「電動車比率35%の日本」は、純粋なBEVだけでなくさまざまなタイプのHEVも含んでいる。いわゆる電動化=エレクトリフィケーション率だ。EV=エレクトリック・ビークルというあいまいな表現使い続けてきた日本は一般メディアもひっくるめてEV=BEVであり、ここが誤解の出発点でもある。海外で「ICE車禁止、すべて電動化に」との声があがると電動化=エレクトリフィケーションではなくEV、すなわちEV=BEVと捉えてしまう。これが誤解を呼び、誤解が拡散される。

ちなみに現在、EU(欧州連合)ではBEVとPHEVをECV=エレクトリカリー・チャージャブル・ビークル(外部充電可能車)と呼んでいる。EUの自動車排出CO2規制はTtW=タンク・トゥ・ホイールの考え方だ。車載タンクからホイール=車輪までの間、つまり走行中に排出されるCO2だけを規制対象にしている。だからBEVはすべてCO2排出ゼロとなる。どのような方法で発電された電力なのかは問われない。火力発電でも原子力発電でも、太陽光や風力などの再生エネルギーでも、電力を使うのであればすべてTtWではCO2排出はゼロになる。

トヨタがこのほど発表した、軽自動車サイズの小型EV、シーポッド。WLTCモードで150kmの航続を可能にする9.06kWhのリチウムイオンバッテリーを積む。価格は165万円からだ。EV普及に向けて検討を進めてきた法人ユーザーや自治体などを対象に限定販売される予定だ。

軽自動車も含めて「将来はすべてを電動化する」と管総理と経済産業省内の一部は言う。しかし、それは愚の骨頂ではないか? 車両価格100万円程度の重量が軽くてエネルギー消費も少ないクルマに、わざわざ重たい電池を積んでBEVする価値があるとは思えない。三菱「i」をBEV化した「i-MiEV」は、車両重量が約150kg重たくなった。車両重量が電費に与える影響が大きいことこそは現在のBEVの弱点であり、重たくて高いクルマをだれが買うだろう。「補助金を付けます」と言っても、補助金は国庫負担だろうが地方自治体負担だろうが、すべて原資は税金だ。

豊田JAMA会長が言うように、自動車産業を抱える日本ですべてのクルマをECVにすることは不可能だ。ECV普及のために策を弄すれば弄するほど、おそらくは愚策だらけになってゆくだろう。

「ノルウェーがあるじゃないか」と言う人もいる。世界トップの自動車電動化率はノルウェーである。たしかに。この国の電動化率68%はBEVとPHEVが大多数でありICEを搭載するHEVのほうが少数派だ。三菱のi-MiEVとアウトランダーPHEVを真っ先に歓迎したのはノルウェーである。2020年は新車販売台数の約半分がECVである。しかし、かの国の事情は日本とは似ても似つかない。

その最大の理由は余剰電力だ。1次エネルギー自給率800%と言われるノルウェーは水力発電による電力が豊富にある。水力はいわゆる再エネ発電であり、その電力が発電総量の96%を占め、しかも発電能力が有り余っているのだから国のエネルギー政策としてはこれを使う方向に誘導される。例外的に冬場だけ石油火力を少し使う程度であるため、発電でのCO2発生量は極めて小さく、CO2優等生である。そのいっぽうでノルウェーは産油国でもあるが、石油は輸出商品である。輸出する石油と天然ガスのぶんも加えたエネルギー自給率が900%である。

EUROSTATとAgora Energiewendeのデータによると、EU28カ国(旧メンバーのイギリスを含む)の発電事情は再エネ発電がじわじわと増えている。2010年は発電総量3351TWh(テラワットアワー=1テラは1兆)のうち再エネ発電が705TWhで全体の21.04%だったものが、2019年には発電総量3222TWhに対し再エネ発電は1115TWhとなり、比率は34.61%まで増えた。原子力発電比率は2010年が27.36%m2019年が25.48%とやや減少したが、2019年のEU原子力発電総量821TWhのうちフランスが397TWhと48.36%を占める。火力発電は褐炭(Lignite)、石炭(coal)、天然ガスなどの合計が2010年には1582TWh、比率47.21%だったが、2019年には1169TWh、比率36.28%へと減少した。

EU非加盟のノルウェーは、EU議会の政策決定には関われないが、精神的な影響力を持っている。自動車産業を持たず、人口密度が極めて低く、しかも石油と天然ガスの輸出国であるという特殊事情よりも「ECV普及率の高さがEU議会の『環境派議員』にとってはうらやましいのだ」と、筆者が情報交換している欧州のジャーナリスト諸氏は言う。




ノルウェーはECVに手厚い。BEVなら無敵だ。購入補助金の交付、付加価値税(の本の消費税に相当)と自動車購入税の減免、高速道路とフェリーの料金減免、バスレーンを走れる特権など、BEVユーザー向けのインセンティブは世界でいちばん充実している。だからBEVが売れる。新車販売台数は少ないが、コロナ禍の2020年はECV比率が50%に近付きつつある。

筆者がノルウェーを最後に訪れた2005年には、まだBEVはほとんど見られなかった。しかし、冬場にエンジンオイルが凍るのを防ぐため、ガソリン車でもディーゼル車でもブロックヒーターを積んでおり、そこに外部から電力を供給するための230V(ボルト)のAC(交流)電源設備が各家庭の庭先には備えられていた。写真をお見せできればよいのだが、2006年より前のデジタルフォトデータの大半がハードディスクのトラブルのため消失していて、残念ながらお見せすることはできないが、そのブロックヒーター用AC電源が現在、ECVの充電に使われている。

数枚だけ残っている写真のうちの一枚。デンマークの首都・コペンハーゲンから海峡を越えて対岸のスウェーデンへ向かう鉄道路線は海の上を走る。このあたりは風邪か強いため海上に風力発電の風車が立ち並んでいる。車窓からその様子を眺めたが、風車が写っているショットは消失してしまった。

ただし、ECVユーザーの相当数がガソリン車またはディーゼル車、ICE搭載車を所有している。「2台目はECVで」という保有形態はけして少なくない。ジャーナリスト仲間や自動車メーカーの伝手で首都オスロやベルゲン、トロムソ、最北に近いヒルケネスといった街の事情を訊いたが、ECVとICE車の実質的な価格差がなくなったとはいえ「1台しかクルマを持てない場合は冬場のことを考えてICE車を買う人が多い」「とにかく安いクルマを求める層もBEVには行かない」という。だから新車販売の50%強がICE車なのである。

スウェーデンのイェテボリからノルウェーの首都オスロへ向かう途中。冬場はこのような景色が延々と続き、オスロより北の沿岸部は複雑に入り組んだフィヨルドが続く。小さな島が多く、道路と道路の間はフェリーボートがつなぐ。だからBEVのフェリー無料は大きなインセンティブになる。

冬場のBEVはヒーターが電力を喰らう。そのため航続距離が短くなる。国土面積は日本より約15%少ない(本土のみ。全領土だと日本の7.6倍)が、人口はわずか537万人。オスロ以外では交通渋滞は珍しい。ノルウェー本土にはすでに4000か所ほどの充電スタンドがあるそうだが、その大半は都市部に集中している。




いっぽう、エネルギー輸出国の例に漏れずノルウェーも国民ひとり当たりGDPのレベルは高い。2019年データで見ると日本を100としたときの世帯平均PPP(購買力平価)は129であり、可処分所得が日本の平均の約3割増である。EUのデータで見ると、加盟国ごとのBEV普及率は完全に国民ひとり当たりGDPに比例している。補助金があっても同クラスのICE車に比べればBEVは割高であり、BEVを購入できる人は平均よりも裕福な人である。ノルウェーのように税制面や利用面でECVを優遇しても、小さくて安いガソリン車の需要はなくならない。これが現実である。

中国では「2035年には節能車(低燃費車)と新能源車(新エネルギー車/NEV=New Energy Vehicle)がそれぞれ50%ずつを占めることが望ましい」との結論を中国汽車工程学会(日本の自動車技術会に相当)が示し、BEV/PHEV/FCEV(燃料電池電気自動車)を50%まで増やすべきだと提言した。その50%にもっとも近いのがノルウェーである。中国のように自動車産業を国家の代表産業に育成し、電動車をもって自動車強国にのし上がろうとしている国でも100%NEVとは言い出さない。




その中国は現在、BEVとPHEVのために原発建設ラッシュである。中国も産油国である。しかし石油は輸出商品である。この点はノルウェーに似ている。いみじくも豊田JAMA会長が語ったように、外部から充電して走るクルマが増えれば、その分は完全に現在の電力需要の上乗せになるということを、中国政府も知っている。だから原発を増やしている。

中国より強硬にECV普及へと舵を切った欧州の特徴は、国家間での電力売買だ。たとえばドイツは、国境を接するフランスから年間15GWh(ギガワットアワー=1ギガは10億)弱の電力を買っている(BDEW=ドイツエネルギー水道事業連合会の資料による)。ドイツ政府が「脱原発」を進めているためドイツ南部は電力不足に見舞われており、これを補うための買電である。逆にスイスへは約13GWh、オーストリアへは11GWh、ポーランドへは約10GWh、オランダへは約9GWh、デンマークへは約6GWh、チェコへは約5.6GWHの電力を輸出している。同時にスイスから約3.5GWh、オランダから約2.8GWh、デンマークから約2.7GWh、チェコから1.6GWhの電力を買っている(いずれも2018年データ)。

つまりドイツは、買電と売電の両方を行なっているのである。これは1日の中での時間帯による電力需要変動や季節的要因への対応、あるいは太陽光や風力といった再エネ発電の宿命である突発的な発電量増減(日照がない、風が吹かないなど)の影響を隣国同士が補い合うという目的、そして慢性的な電力不足を補うための協力やルクセンブルク公国のように発電所持たない国からの売電要求という目的もある。国境を接している大陸欧州の国々は送電線が国境をまたいでいるケースが多く、売電・買電は珍しくない。

ドイツは脱原発を政策として進めながら、不足分をフランスから購入している。似たような例がスウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマークで構成する電力融通組織であるノルドプールにも見られる。スウェーデンは脱原発の方針を大転換し、低コスト発電の手段として原発利用を進めている。ノルウェーは水力中心。ノルウェー同様に自国に自動車産業がなくECV販売比率が高いデンマークは、海峡を越えてスウェーデンの原発から電力を買っている。ドイツとフランスからも買っている。

しかし、日本は電力をすべて自給自足しなければならない。島国である以上は仕方がない。だから、日本でECVを大量普及させるのであれば、それに見合った電力供給体制が必要になる。




「ノルウェーはECVが普及している。日本もやればできる」


そうかなぁ、と筆者は思う。隣の芝が青く見える理由はたくさんある。日本はどう転んでもノルウェーモデルには近付けないだろう。最大の要因は自動車産業の存在であり、その自動車産業が国家経済の相当部分を担っているという現実である。(つづく)

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