常に消費者目線で車を語る自動車評論家の渡辺陽一郎さんだが、今回選んだ「2020年の推しカー」は、完全に自分の好みでセレクト。プジョー208、ランドローバー・ディフェンダー、ホンダ eが選ばれた。1位のホンダ eは、「割安感と実用性は最低水準」とバッサリだが、そんなネガな要素を上回る「運転の楽しさ」に引かれるという。
TEXT●渡辺陽一郎(WATANABE Yoichiro)
ベスト車を選ぶ場合、通常は当たり前の話だが読者諸兄に推奨できる車種を取り上げる。私個人の好みはどうでも良い。ところが今回の依頼は「思いっきり個人的な観点から、他人にはお勧めできないが、自分は好き」なクルマを選べというもの。そこで以下の車種を取り上げる。
3位はプジョー208と電気自動車のe-208だ。以前のプジョーは、206などを筆頭に乗り心地が硬かったが、新しい208は足まわりが柔軟に伸縮する。プジョーのブランドイメージにもピッタリだ。
しかも操舵感は比較的正確で、峠道も良く曲がり、動きの鈍さを感じない。そうなるとスポーティにも走れるが、足まわりはゆったりと動くから、ボディの傾き方が大きくなりやすい。
そこで走行安定性を心配するが、ボディは大きく傾いても唐突感が抑えられ、挙動変化はゆっくり進む。加えて後輪の接地性も高く、不安定な状態に陥りにくい。全長が4m少々の小さなボディで、スポーティな走りと快適性を両立させた。走行安定性と乗り心地のバランスという意味で、2020年に最も驚かされたのは208/e-208であった。
2位はランドローバー・ディフェンダー。今では珍しい悪路向けSUVの新型車だ。ボディタイプは3ドアショートの90で、グレードはホワイトのスチールホイールを装着する標準タイプを選ぶ。シンプルな外観は、SUVの原点回帰を思わせて私の好みに合う。
ただしボディが大きすぎる。3ドアでも全長は4510mm、全幅は1975mmに達するからだ。従来のディフェンダーは、ショートボディなら全長は4000mm少々、全幅も1800mm弱に収まった。本当はひとまわり小さなディフェンダー・ミニを造って欲しいが、それでもディフェンダーには十分な魅力がある。
特にゆったりと柔軟に動く足まわり、操舵に対する反応を鈍く抑えたステアリングは、今のシティ派SUVでは得られない悪路向けならではの特徴だ。「SUV」という言葉が日本に上陸する前の4輪駆動車は、全般的にこういう運転感覚であった。私も60歳に近づいたせいか、懐かしさの感じられるクルマに気持ちが動くらしい。
1位はホンダ e。電気自動車の中でも価格は割高で、後席と荷室は狭い。割安感と実用性は最低水準だ。その代わり運転すると面白い。後輪駆動で、駆動用リチウムイオン電池を低い位置に搭載したから、操舵感が適度に機敏で良く曲がる。先進的な電気自動車なのに「クルマはやっぱり走る楽しさでしょう」という古典的なこだわりも感じた。
そのために開発段階では相当に苦心したという。電気自動車やハイブリッドは、減速時にモーターが発電してリチウムイオン電池に電気を蓄える回生を行う。減速エネルギーの再利用は、電動車が優れた環境/燃費性能を達成できる秘訣のひとつだが、ホンダeはこれを後輪で行わねばならない。
前輪のブレーキディスクが後輪より大きいことからも分かる通り、減速時には前輪の荷重が増える。そうなるとモーターによる回生も前輪で行いたいが、ホンダeは後輪駆動だ。
そうなると例えば積雪路面の下りカーブなど、滑りやすく、なおかつ前輪荷重の多い状態の制御が難しい。アクセルペダルを戻した時に、ホンダeでは荷重の軽い後輪を減速させるからだ。十分な回生効果を得られず、走行安定性を支援する安全装備が充実していても、後輪のブレーキロックや横滑りを生じやすい。
そこでホンダeは、回生と併せてディスクブレーキも連携して作動させる。開発者は「後輪駆動を採用したために、開発が物凄く面倒になった」と振り返る。
このように敢えて苦労する開発を行い、他社と違う独自の商品を造り上げるのは、かつてホンダの得意ワザだった。そのためにオジサン世代としては、ホンダeを運転すると、新しいクルマなのに懐かしさも感じる。そこが魅力の真髄だ。
『2020年の推しカー』は毎日更新です!
いよいよ2020年もラストスパート! ということで、今年(2019年12月〜2020年11月)に発表・発売されたクルマ(マイナーチェンジ・一部改良・追加モデルなどすべて含みます)のなかから、「他人はどうかわからないが、個人的に大好きだ!」という"推しカー”を3台、自動車評論家・業界関係者に選んでいただきます。明日の更新もお楽しみに!