FRを得意としてきたメーカーが小型FFをつくる。しかも名門ブランドにおいて。ともに強烈な信奉者があり、失敗は許されない。BMWはMINIを仕立てるに当たってどのような手段をとったか。
STORY:國政久郎(KUNIMASA Hisao) TEXT:松田勇治(MATSUDA Yuji)
BMWといえば、エンジンをフロントセクションに縦置きし、前輪は操舵、後輪は駆動に専念する、いわゆる「FR」方式にこだわるメーカーとの認識が強いのではないだろうか。そのBMWが、傘下に納めていたローバーを売却する際、MINIブランドだけは手元に残してニューモデルを開発すると聞いた時には、いったいどんなクルマを作ってくるのか、非常に興味がわいた。なにしろ、MINIはFIAT500と並び、FF+2ボックスによるスモールカーパッケージの元祖ともいえるブランド。ある意味、BMWとは対極にある存在を、いったいどのように仕立て上げてくるのか?
2001年に登場した2代目(BMW製としては初代)のMINIには、幾度か試乗はしたものの、残念ながらその造りを詳細に確認する機会には恵まれなかったのだが、今回とりあげる3代目モデルも、基本的な構造は踏襲していると見ていい。観察の結果、確認できたのは、FF2ボックスであっても、しっかりと「BMWの流儀」が守られていることだ。
BMWのサスペンションには、世代を超えて受け継がれている、いくつかの構造的特徴がある。その代表が、フロントのロワーアーム車体側・前側ピボットにボールジョイントを使うことだ。
この部分は、操舵系ならびにトー変化に対する基点であり、それらの動きに対する影響が非常に大きいので、なるべくしっかりと締結し、なおかつ動きに対する精度を高めておきたい。しかし、この部分は路面からの入力を最初に受ける部分であり、NV性能を確保する都合から、一般的にゴムブッシュが用いられる。前輪位置の保持については、金属製カラーを内封するインターリンク構造などによって、前後方向の動きはある程度許容しつつ、横方向の剛性は高めておく。あとはロワー側の他の3点、すなわちアームの後ろ側ピボット、アームのハブ側ピボット、タイロッドエンドにボールジョイントを用いて確保すればいい、との考え方だ。しかし、BMWが目指す領域は、その3点だけでは実現できないと考えているのだろう。
私がこれまでに見てきたBMW車は、すべてこの部分にボールジョイントを用いていた。逆にBMW以外でここにボールジョイントを用いていたのは、唯一、R32型日産スカイラインだけである。
もうひとつの「BMW流」は、リヤのトレーリングリンク前側ピボット位置だ。車室側に極限まで食い込ませてピボット位置を高め、アンチリフト・ジオメトリーを徹底している。さらにピボット位置をタイヤ幅の中に収めることで、各種のモーメントによる影響を極力キャンセルし、受け持つべき動きの精度を高めているのだ。
駆動方式がどうであっても、「駆け抜ける歓び」を実現する要素は変わらない。ならば、その基本たる部分は共通であってしかるべき。そんな思想が伝わってくる構造である。
そして感心させられたのが、コスト配分の徹底だ。そのサイズゆえ、サスレイアウトにはどうしても制限がつく。ならば、せめて設計意図を確実に発揮させるポイントとして、前後サブフレームは徹底的に強度・剛性を高める。そして「要」となるリヤのトレーリングリンクにも、思い切り贅を尽くした構造と製法を盛り込む。反面、フロントのロワーアームやリヤのパラレルリンクなど、一定以上の費用対効果が見込めない部分は、ごくごく普通の構造ですませておく、といった割り切りが徹底している。それでもBセグメント全体から見れば、非常にコストのかかった作りではあるのだが、けっしてムダ金は使っていない。ユーザー層が抱く「BMW製MINI」への期待に応えるため、努力を重ねたことは十分に理解できる構成である。
試乗しても、「ユーザー層の期待」へ応えようとの意識は明確だ。MINI、さらに今回試乗したホットモデル「クーパーS」ともなれば、「キビキビした走り」は期待されてしかるべきだろう。ただし、問題は「キビキビ感」が、えてして操舵操作に対するゲインの高さによって判断されてしまいがちなことだ。また、安全性を考えれば、小さなクルマだからこそスタビリティ確保が重要でもある。
この相反する要素の両立に、MINIは正面から取り組んでいる。操舵に対する初期ゲインはかなり高いが、ロールが始まるとすぐにリヤサスの動きによってヨーを収束させ、その先はひたすらアンダーステアに終始する。やり方としては間違っていないし、これ以外の方法はないとも言えるのだが、セットアップに「やり過ぎ」の感があり、日常領域でも少々違和感がある。この部分については、今一歩の洗練を期待したいところだ。
フロントサスペンション:マクファーソンストラット
基本構成は先代モデルと同様。しっかりとしたサブフレームを備え、そこにΓ字型ロワーアームをやや前傾(ロワーアーム前側マウント位置が、ホイールセンターよりも後退した位置にある)してマウントしている。小排気量FF車には多く見られるパターンで、加速時など強い駆動がかかるとトーがイン方向に向き、スタビリティを高める。左右アーム間をつなぐ、しっかりしたサブフレームは、ハンドリングをがぜん良好にしてくれる重要な要素だ。ステアリングラックは、さすがにロワーアームよりも高い位置にマウントされているが、アームとロッドはほぼ平行な配置を実現している。
ロワーアームはスチール製のプレス工法。かなりの板厚に加え、要所にリブやバルジを設けるなどしており、いかにも剛性が高そう。軽量化努力の痕跡は特に見当たらないが、当然、軽金属素材と比較した上でこの構成を採用しているはずだ。アンチロールバーリンクはセオリー通りにストラット直付けとして、ほぼ1:1のレバー比を実現。
ステアリングラックケースのサブフレームへの締結ポイントはごく薄いワッシャーを咬ませているのみで、ほぼリジッド的な構成。タイロッドは前方から見て、ロワーアームより高い位置にあるが、この程度ならバンプステアの影響はごく小さいと判断していい。
サブフレームはスチール製でプレス+溶接工法。このイラストではわかりにくいが、先端部の角パイプを、中央部のハイドロフォーミング成形パイプにねじ留めし、左右間は厚いプレス成形板を溶接してつなげた構造。溶接面の幅、ピアスボルトの太さなど、細かい部分の配慮が印象的だ。
リヤサスペンション:6リンクアクスル
トレーリングリンクと上下2本のパラレルリンクだけで構成する、非常にシンプルな構造。ストロークの中で、キャンバー変化、トー変化ともに、リヤのスタビリティを高める方向に動かす構成だ。中央に横渡しされている大きなサブフレーム、非常にマウント位置が高いアッパーアームなど、ラゲッジスペースよりサス性能を優先した設計である。FF車のリヤサスとして、例を見ないほどぜいたくな作りだ。実際に走っても、リヤのドッシリ感は尋常ではない。重量車にも、そして後輪動輪車用サスペンションとしても、このままで十分に通用しそうな構成である。
トレーリングリンクはアルミ合金製で鋳造工法で、このクルマのサスペンションのひとつの大きなポイントとなっている部分。このイラストでは全容が把握しにくいので、下の写真と併せて見ていただきたい。オートバイのスイングアームのようないでたちで、ハブキャリアまでを兼ねる、非常に大きな一体成形品だ。細部に渡って複雑にリブを立てつつ、あまり強度を必要としない部分は肉抜きを徹底し、やや複雑な構造となっている。ボディ側マウントは車室内に食い込むかのように上方へ持ち上げられ、アンチリフト・ジオメトリーを実現している。
パラレルリンクのアッパー部はスチール製のプレス工法。トー方向ならびにキャンバー方向の動きの制御を受け持つ。少々頼りなく見えるかもしれないが、大きな力は基本的にトレーリングリンクが受け止めているので、これでも必要な強度・剛性は確保していると推測する。実際、剛性不足を感じさせることはなかった。ロワー部はアッパーリンクとともに、トー方向ならびにキャンバー方向の動きの制御を受け持つ。アンチロールバーリンクはダンパーのロワーマウント部と共締めで、ほぼ1:1のレバー比を確保する。
サブフレームはスチール製のプレス+溶接工法。トレーリングリンクとともに、このリヤサスの大きな特徴であるパーツ。リヤサス全体のユニット構造の要でもある。
写真の奥側に見える銀色の部分がリヤのトレーリングリンク。左リヤを、車体中心側から撮影している。
ハブキャリア、ダンパーのロワーマウント、上下2本のパラレルリンクすべてのピボットを備える、非常に大きな鋳造部品である。細部に渡って肉抜きを徹底しながら、強度・剛性が必要な部分には大胆にリブを立てた構造は、まさに圧巻のひとこと。プジョー407やアウディA4に勝るとも劣らない、斬新な構造である。トレーリングアーム前方の車体側マウント部は、車室側へ大きく持ち上げられた部分にピボットを持ち、大容量ブッシュを介して締結されている。