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トヨタもテスラも、中国製「電磁鋼板」採用へ? 日本のキー技術、電磁鋼板を中国が作れるようになったのか?


電動モーターに必須の電磁鋼板が品薄になってきた。日本国内での需要は、いずれ鉄鋼メーカーの生産能力を超えるだろう……これは単なるウワサか、それとも事実か。コロナ禍でサプライチェーン寸断を体験したばかりの日本の自動車産業界にまたひとつ、中国に依存する素材が増えるのだろうか。


TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

去る7月13日、日本経済新聞は「トヨタが中国・宝武鋼鉄集団から電磁鋼板を輸入する」と報じた。これが事実かどうかは定かでないが、テスラ・モータースの上海工場向けに中国の鉄鋼メーカーが電磁鋼板を供給しているという話は聞いている。また、筆者は2018年暮れに鉄鋼メーカー筋から「近い将来、電磁鋼板は足りなくなる」という話も聞いた。そうした背景から、トヨタが中国でHEV(ハイブリッド車)を大量に生産するなら中国製の電磁鋼板を採用するということもあり得る、と考えた。




しかし、トヨタは中国製電磁鋼板を日本に輸入し、日本で生産するモデル向けの素材として採用するらしい。素材や部品の調達先はほとんど開示されることはないが、トヨタが採用するとなるとトヨタの社内基準、いわゆる「Tスペック」を満たさなければならない。日本国内で生産するモデルでも、中国、北米、アジアその他で生産するモデルでも、Tスペックはシングルスタンダードであり、妥協されることはない。トヨタへの供給が事実であるなら、すでに宝武鋼鉄集団は電磁鋼板のTスペック獲得していることになる。

電磁鋼板(Electrical Steel Sheet)とは、その名のとおり「電気を流して強い磁力を得るための鋼板」であり、一般的な鋼板とは比較にならない強力な磁力を得ることができる素材だ。BEV(バッテリー電気自動車)もPHEV(プラグイン・ハイブリッド車)も、あるいはHEVも、すべて電動モーターを使う。電動モーターには永久磁石と電磁石を使うタイプと電磁石だけを使うタイプとがあるが、電磁鋼板はこの両方に必須だ。

現在、車載電動モーター用の電磁鋼板には「薄型化」「方向性化」というふたつの傾向があるが、宝武鋼鉄集団は日本からの技術移転も受けていた。日系自動車メーカーが中国での現地生産を増やす過程で、自動車業界は新日本製鐵の時代とその後の新日鐵住金の時代を通じて「自動車用薄板製造の技術を中国の鉄鋼メーカーに供与してほしい」と打診し続けた。日本から輸入していたのではコストが高くつくためだ。同様に、電磁鋼板技術についても中国の鉄鋼メーカーは部分的に日本からの技術供与を受けていた。

宝武鋼鉄集団は粗鋼生産量でアルセロール・ミッタルに次ぐ世界第2位。中国最大の鉄鋼メーカーであり世界第3位の日本製鐵を規模では上回る。2019年に馬鉄集団を吸収し、この地位を得た。この吸収合併は中国政府の演出であり、中国はいずれ宝武鋼鉄集団にほかの中国国内企業(たとえば世界第4位の河北鋼鉄集団)を吸収させてアルセロール・ミッタルを世界トップの座から引きずり下ろしたいと考えているのでは、と思う。

現行プリウス(50型)モーターのステーターコイル部分。

しかし、規模で世界一になっても総合的な技術力で日本製鐵を超えて世界一になるのは極めて難しい。素材技術はそう簡単には身に付かない。優秀な研究開発部門と経験豊富な製造現場がなければ、新技術を量産製品に落とし込むことはできない。アルセロール・ミッタルは建築用途の粗鋼では巨大な生産量を誇るが、自動車用薄板の実力はまだ低い。鋼材やアルミ合金などの素材分野ではまだ日本がリードしている。

しかし、この30年を振り返ると、前述の技術移転依頼のような例も含めて日本の技術が拡散したという事実がある。1990年代初頭のバブル崩壊以降、日本の製造業は海外での生産を拡大する道を選んだ。現地では入手できない素材を現地調達したいという大口需要家からの依頼を受け、日本の素材メーカーは海外企業への技術移転を行なわざるを得なかったのだ。自動車用薄板の技術も中国などに移転されてきた。日本の技術が拡散し、とくに中国やインドなど途上国が恩恵を受けた。

電磁鋼板については、おそらく宝武鉄鋼集団も独自の技術開発を続けていたとは思う。しかし、中国の素材産業に対しては欧米のリバースエンジニアリングを行なう企業が詳細なデータを膨大な対価で提供していたことも事実である。そして、産業スパイ事件も少なくなかった。

かつて韓国鉄鋼最大手のポスコは、新日鐵(当時)から方向性電磁鋼板の機密を不正に入手したとして2012年に提訴され、2015年に和解金300億円の支払いで和解した。ポスコと新日鐵は2000年に戦略的提携契約を結んでいたが、新日鐵の最新技術をポスコは契約条項外の手段で入手した。電磁鋼板がらみの産業スパイ事件ではこの件がもっとも有名だ。




なぜ、電磁鋼板の技術が狙われたのか。その理由は、電気の分野での電磁鋼板のポジションにある。家電製品、重電製品、大型発電機、変電施設、鉄道用電動モーターなど、あらゆる領域で電磁鋼板は使われている。これらの製品でエネルギー効率を高めようとした場合、電磁鋼板は必ずキーになる。

日本の鉄鋼メーカーは昔から電磁鋼板を作ってきた。日本製は性能の良さで定評がある。とくに新日本製鐵(当時)が開発した方向性電磁鋼板は、変圧器(トランスフォーマー、略してトランス)での降圧・昇圧効率を向上させた。いま、日本国内の変電所で使われている最新のトランスには、もっとも進んだ方向性電磁鋼板が採用されている(逆に、その出荷量を調べれば日本全国平均の変電効率がわかってしまう)。

ここでいう方向性とは、鉄(Fe)の分子が持つ性格を指す。鉄の分子には、ある方向でもっとも磁化しやすくなるという性質があり、その方向に結晶を揃えて鋼板を製造すると得られる磁力が大きくなる。鉄分子をサイコロにたとえれば、サイコロの「1」の数字の面だけが上を向くように原子を並べればいい。しかし、電動モーターでは回転によって磁化の方向が変わるため、「1」の面を上に向け、横にくる「2」や「3」の面はランダムに現れるという構造が理想だ。




このような構造を製造面で管理することに成功したのが新日鐵(当時)だった。厳格に成分を調整した鋼材を熱間圧延によって厚さ2〜3mmまで薄く延ばし、さらに冷間圧延によって1mm以下に薄く延ばし、その状態で約1週間、温度を1200℃の状態に保つことで2次再結晶させる方法を確立した。原子のサイコロの目が「1」を上にしてきれいに並ぶ確率は1億分の1だが、そのレベルを人為的にコントロールできるようにしたのである。




この「方向性」の考え方は、無方向性電磁鋼板を使い続けてきた電動モーターにも影響を与え、モーターの性能向上に寄与している。トヨタが1997年発売の初代プリウス以降、モーターを大型化せずに高出力化と高耐熱化を実現した背景には電磁鋼板技術がある。

ステーター側は電磁石、ローター側は永久磁石という自動用モーターの例。ローターには永久磁石を埋め込むためのスリットが開けられる。ローターもステーターも極薄の電磁鋼板を重ねて作られる。現在、もっとも薄い自動車用の電磁鋼板は厚さ0.3mmほどである。厚手の紙のような薄さである。

自動車用電動モーターについて少し解しておく。図1は自動車用電動モーターから電磁鋼板だけを取り出して描いてある。外側がステーター、内側がローターであり、回転するのはローターのほうだ。ステーターは「T」字型の部分に銅線を巻いて電磁石として使われる。ローターには永久磁石が埋め込まれる。完成すると写真1のようになる。

実際の自動車用電動モーター。緑色の長方形が永久磁石であり、この断面形状のままローターの底まで貫通している。図1でローターと書かれた部分が、この緑色の永久磁石が埋め込まれている円筒だ。その外周に電線が束になっいるが、これがステーター側の電磁石。

この例のステーターとローターは、薄い電磁鋼板をそれぞれ100枚以上重ねている。全体が分厚いブロックなのではなく、厚さ0.5mmほどの極薄の電磁鋼板を重ねて作られる。鋼板は1枚ごとに2ミクロン程度の絶縁コーティング皮膜で覆われており、直に接触していない。




このように作る理由は、モーターが作動して磁界の向きが変わるときに鋼板内に発生する渦電流を極力抑える点にある。板厚を薄くすればするほど、内部に渦電流が流れにくくなる。渦電流はモーターの回線に対して「抵抗」になる。抵抗の増加は発熱をもたらす。渦電流や磁気ヒステリシスによって電力が熱になって消費されてしまう「鉄損」だ。これを極力防ぎたい。




たとえばテレビやオーディオ用アンプは、長時間使っていると筐体が暖かくなる。その理由は、内部にある電源トランスの発熱であり、その発熱の理由が鉄損である。1990年代に日本で開発された「Rコア」と呼ばれるリング状トランスは鉄損が少ないため発熱が少なく、あっという間に世界のスタンダードになったが、このトランスに使われた電磁鋼板も日本製だった。

写真2:プリウス用電磁鋼板の推移。いちばん右が初代、右から2番目が2代目、いちばん左が3代目、そして左から2番目が現在。打ち抜き形状はどんどん複雑になり、永久磁石の枚数は初代が8枚、2代目と3代目が16枚、現行型は24枚である。このように鋼板を正確に撃ち抜く技術も含めてメイド・イン・ジャパンなのである。

初代プリウスのローターコアの電磁鋼板
2代目プリウスのローターコアの電磁鋼板
3代目プリウスのローターコアの電磁鋼板
4代目プリウスのローターコアの電磁鋼板

写真2は実際に量産された歴代トヨタ・プリウス用の電磁鋼板である。厚さ0.5〜0.35mmの薄い電磁鋼板をこのように精密に穴開け加工し、しかも100枚以上を重ねたときの形状誤差をミクロン単位に抑え込まなければならない。ローターとステータの間のギャップ(隙間)を狭くすればするほど、モーターの性能は上がる。だから高い精度が必要になる。




モーターに電気を流して起動させるときには大きな起動トルクが必要になる。「電動モーターは回転が立ち上がったときにもっとも大きなトルクを出す」と言われるが、それはきちんと設計・製造された電動モーターの場合にかぎる。起動時の大トルクを得るためには磁束密度を高めなければならない。だから写真2のような高精度の電磁鋼板打ち抜き技術が求められる。

高速回転時には1キロ(1000)Hz以上の高周波での渦電流による鉄損を抑えなければならない。そのためには電磁鋼板を極薄化する手があるが、薄くなると剛性が下がり回転のブレが生じる。対遠心力、対回転変動での剛性が必要になる。そのため、極薄化と同時に電磁鋼板の引っ張り強度を高めるようになった。現在は780MPaというボディ用の超高張力鋼(ハイテン=ハイ・テンシル・スチール)並みの電磁鋼板が実用化されている。




しかし、電磁鋼板の強度を上げると、今度は磁気特性は劣化する傾向が現れる。ハイテンは鉄以外の元素を微量にブレンドすることで強度を高めるのだが、その添加物が磁気特性を妨げるのだ。V(バナジウム)、Cr(クロム)、Mn(マンガン)、Co(コバルト)、Ni(ニッケル)、Mo(モリブデン)などの添加剤のうち、磁力を妨げないのはCoとNiだけだ。つまり、強度を上げるための工夫が仇になる。こちらを立てればあちらが立たずという二律背反の要素を電磁鋼板はいくつも抱える。

ちなみに、この地球上で常温のまま強い磁力を持つ金属はFe(鉄)、Co、Niの3つだけだ。元素周期表で見ると、この3つは並んでいる。原子番号26がFe、27がCo、28がNiである。ハイテンの添加物であるVは原子番号23、Crは24、Mnは25と、いずれもFeのご近所である。




現在、世の中でもっとも磁力の強い金属は鉄50%:コバルト50%のパーメンジュールである。これはアナログレコードを聴くためのフォノカートリッジの中にごく少量使われているほか、いくつかの電子部品にもmg単位で使われる。コバルトの流通価格はざっと1トン当たり1000万円だ。1kg=1万円、100グラム=1000円。高価だからやたらには使えない。

通常のハイテンを電磁鋼板として使うと、鉄損失が1〜2桁増えてしまう。同時に、自動車用の電動モーターは大きな起動トルクが必要なうえ大きな回転変動のなかで常用されるため、大型発電機用の電磁鋼板は使えない。鉄損が小さいものの、磁束密度が足りないのだ。こうした欠点を新日鐵は、結晶制御というキーテクノロジーでブレイクしてきた。




そのブレイクのきっかけは、1995年ごろに試作が始まった初代プリウス用の電動モーターに使う電磁鋼板の開発だった。すでに四半世紀にわたって日本は電磁鋼板の技術を磨いてきた。果たして本当に、中国宝武鋼鉄集団の電磁鋼板技術は日本に並んだのだろうか。それとも、国内だけでは充分な量の電磁鋼板を調達できない恐れが出てきたための自己防衛策なのか。ここはそれぞれに本音を尋ねてみなければわからない。

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