V型5気筒。いかにも「ホンダらしさ」を感じさせるレイアウトだ。 しかし、その設計は徹頭徹尾、正当なロジックがベースである。
TEXT:松田勇治(MATSUDA Yuji)
V型5気筒。非常に希なシリンダー・レイアウトだ。4輪市販車では歴史を遡ってもVWの「VR5」があるのみで、これはVバンクも、クランク角位相も、点火間隔もVR6と同じ。つまり、ラインアップ上の都合等などで、V6から1気筒を取り去ったものだ。対してホンダRC211Vが搭載するエンジンは、コンセプトからしてまったく異なる。このエンジン、実態は「V4+バランサーを兼ねた1気筒」と理解するべき構造だ。
前3気筒、後2気筒のレイアウトで、各気筒に50%ずつのバランスウエイトを設定。さらに同位相である左前-左後と、右前-右後に生ずる25%ずつのアンバランスを、前中央に生じるアンバランスによってキャンセル、一次振動を解消している。また、前中央を中心に左右対称の配置を実現しているため、カップリング振動も解消し、専用バランサーなしで振動のキャンセルに成功しているのだ。
この一点を見ても、V型5気筒という変則的なレイアウトから印象を受けがちなトリッキーなエンジンではなく、実際のダイナミックバランスをしっかり考慮した上で、非常にロジカルに組立てられたエンジンだということが理解できるだろう。
ロジカルさは、潤滑系統をセミドライサンプ化した点にも現れている。クランクケースは3室密閉独立型で、スカベンジングポンプから排出されたオイルは、クランクケース内に設けられた配管を通じてトランスミッションのギヤへも給油されている。ドライサンプ化によってクランクケース内を負圧化したことによるポンピングロス低減と、バランサーレス構造の効果を併せれば、それだけで10ps程度は稼げているのではないだろうか。
スロットルは、偏向マルチホールタイプの上下2段タイプインジェクターを採用している。さらに燃圧可変機構と組み合わせることで、状況に応じた最適な噴射パターンを設定でき、ドライバビリティと高出力、さらに燃費向上を実現しているのだ。
2006年モデルでは、ニッキー・ヘイデン選手搭乗車のみ「New Generation」と称する、まったくの新設計マシンを投入した。同じRC211Vという名でありながら、もうひとりのワークス・ライダーであるダニエル・ペドロサ選手搭乗車(こちらは『Original』と呼ばれている)や、各サテライトチームに貸与されているものとは、車体もエンジンもまったく異なっている、スペシャルマシンなのだ。
「社長の福井さんから『各社、同じようなことを考えているのだから、もっと根本的に変えることも考えてみろ』との後押しが出たことで、開発が始まりました(本田技術研究所朝霞研究所モータースポーツデベロップメント主任研究員吉井恭一氏)」
レーシングマシンとしては当然の話だが、RC211Vは2002年から同じエンジンを使い続けているわけではない。シーズン中であっても常に改良の手が加わり、大規模な変更を受けることも珍しくはない。しかし、「さらなる一歩」を踏み出すため、2006年時点で持てる技術のすべてを注ぎ込んだチャレンジの成果がNewGenerationなのだ。
フルモデルチェンジ版ゆえ、シーズン中に厳しい性能向上の要求にも遭遇したが、結果的にヘイデン選手とRC211VNewGenerationのカップリングは、最大のライバルであるヤマハのバレンティーノ・ロッシ選手を打倒し、2006年のチャンピオンに輝いた。
SPEC(2006年末当時)
エンジン種類 水冷・4ストロークサイクル・DOHC・4バルブ
気筒数配列/総排気量 V型5気筒/990cc以下
内径×行程 非公開
圧縮比 非公開
最高出力 非公開
最大トルク 非公開
潤滑方式 セミドライサンプ
オイルタンク容量 非公開
燃料タンク容量 22ℓ以下(FIM規定による)
燃料供給機構 電子制御式燃料噴射装置
点火方式 電子制御式