これまで数多くのクルマが世に送り出されてきたが、その1台1台に様々な苦労や葛藤があったはず。今回は「ニューモデル速報 第68弾 スバル・レガシィのすべて」から、開発時の苦労を振り返ってみよう。
富士重工業の中心的な乗用車は当時レオーネだったが、レオーネに欠けていたいくつかの要素を込めたワンランク上の乗用車として開発されたのがレガシィだ。開発を率いた中村孝雄(商品企画室・担当部長)は、これまでの富士重工業の乗用車について次のように分析した。
スバル1000、1300の時代は、まず走行安定性と居住性を確保する段階だった。当時はFFという駆動軸形式は特異な存在であり、それだけでも十分に高い存在価値を持つ時代だった。だが、やがてFFでは飽き足らず4WDの乗用車を提案した。これは主として走破性の範囲を広げていくことに焦点が置かれていた。そしてレオーネの後に来るべきものとしてレガシィの開発が始まった。一連の流れを振り返ると、他社に先駆けて“走り”の先端技術を製品化してきた。だから次は、それらを引き継ぎつつ、90年代の世界戦略も考慮する必要がある。