アストンマーティンのフラッグシップ、DBSスーパーレッジェーラのオープンボディとなるヴォランテが日本上陸を果たした。
5.2ℓのV12が発揮する途方もないパフォーマンスと優雅で華やかなオープンボディが生み出すハーモニーは、違いを知る大人だけに許された世界である。
REPORT◉永田元輔(NAGATA Gensuke)
PHOTO◉篠原晃一(SHINOHARA Koichi)
※本記事は『GENROQ』2019年12月号の記事を再編集・再構成したものです。
伝統を大事にするお国柄のせいか、英国車のネーミングはしばしば過去のヘリテージモデルから引き継いだものが使われる。このDBSもその例に漏れず、この名が初めて登場したのは1967年のことだ。モダンでクリーンなデザインはスポーツカーというよりもあくまで上品なGTであり、アストンマーティンらしい優雅さに溢れたクルマであった。デイビッド・ブラウン時代最後のクルマでもあり、アストンマーティンのフラッグシップに与えられる名前として、これほどふさわしいものはないだろう。そしてカロッツェリア・トゥーリングの軽量テクノロジーに由来するスーパーレッジェーラ。このダブルネームだけでもファンにはたまらないのに、さらにオープンボディを表すヴォランテまで加わった。この伝統のネーミングの満漢全席ぶりにはアストンマーティンマニアならずとも思わず頰がゆるむことだろう。いささか名前が長すぎる、ということは別にして。
クーペのファストバックスタイルからノッチバックへと造り変えられたフォルムは破綻のない、美しい仕上がりだ。キャビン部がコンパクトになったことで、マッシブなフロント周りやダイナミックなサイドパネルのラインがなおさら強調されているよう。それでもあくまで上品なのは、やはり伝統のイギリスブランドのなせる技か。エレガントさを失わないギリギリの獰猛さ。この絶妙なさじ加減とバランスのこのクルマをさらりと乗りこなすのは、相当な場数を踏んだ余裕のある大人でなければ難しいだろう。
幌は8層構造で、電動によるスムーズな動きも含めて入念な作り込みがなされているのがよくわかる。室内側はサイドの構造部に至るまできっちりとアルカンターラで覆われており、外観を見ないで乗ってしまえばオープンだということにも気づかないかもしれない。
スターターボタンを押してエンジンを始動すると、やや迫力のあるサウンドとともにエンジンは目覚めた。5.2ℓのV12ツインターボは725㎰、900Nmというパワーとトルクを誇るが、扱いづらさは一切ない。Dボタンを押して走り出してしまえば、微小な速度での繊細な速度調整も思いのままだ。シュルシュルという、いかにも緻密で重量のあるパーツが高い精度で組み立てられている、というエンジンフィールを感じられるのはV12ならではで、それは街中レベルでの速度でもしっかりと味わえる。華やかな都会の夜景を眺めながら、手触りの良いレザーで囲まれたインテリアに身を委ねて上質なエンジンの囁きを味わえるなんて、なんと贅沢な時間だろう。
ルーフを開け放つと、スカットルのボリュームが大きい割には意外と開放感があり、景色の流れを全身で感じることができる。サイドウインドウを上げていれば50〜60㎞/hくらいでも風の巻き込みはほとんどなく、また下げても程よく顔を撫でる夜風が実に心地いい。
ボディの剛性感に一切の変化はなく、普通に走っている限りはもちろんのこと、不整地でタイヤに強めの入力があってもボディがバタつく感じはまるでない。むしろ微細な振動や音が開放されるせいか、クローズド時よりも乗り心地が良く感じるくらいだ。ステアフィールにもクローズド時との違いは感じられず、ステアリング周りの剛性も非常に高く造られていることがわかる。当然、設計当初からオープンボディは想定していたのだろうが、これほど大柄なボディでありながらこの強固なシャシーを仕上げたアストンマーティンのエンジニアリングには敬意を評したい。このパワーとトルクでもこうなのだから、DB11であればこのシャシーは完全にオーバークオリティと言ってもいいくらいだろう。
せっかくの12気筒をもっと味わうために高速道路を使ってちょっと遠出をしてみた。どこまでもスムーズに回るV12は力強いトルクを、湧き出る泉のように実に上品に絞り出してくれる。直進性も素晴らしく、大型クルーザーに乗っているような気分だ。そして、やはり感じるのは乗り心地の良さで、これは強固なシャシーとよく動くサスペンションの恩恵だろう。それでいてコーナーでは実にしなやかで、ステアリングを切り込むと素直にゲインが立ち上がる。とてもフロントに12気筒エンジンが載っているとは思えない。
ブレーキも素晴らしいのでコーナーを目を三角にして攻めることも可能だが、そんな走りはそもそも似合わないし、する気にもならない。やはりこのクルマはすべてに余裕のある大人が乗るべき、世界最高峰のGTなのだ。試乗中、常にくすぐったいような感じを覚えたのは、つまりボクがまだこのクルマにふさわしくないということなのだろう。
SPECIFICATIONS アストンマーティンDBSスーパーレッジェーラ・ヴォランテ
■ボディサイズ:全長4715×全幅1970×全高1295㎜ ホイールベース:2805㎜
■車両重量:1863㎏
■エンジン:V型12気筒DOHCツインターボ 総排気量:5200㏄ 最高出力:533kW(725㎰)/6500rpm 最大トルク:900Nm(91.8㎏m)/1800~5000rpm
■トランスミッション:8速AT
■駆動方式:RWD
■サスペンション形式:Ⓕダブルウイッシュボーン Ⓡマルチリンク
■ブレーキ:Ⓕ&Ⓡベンチレーテッドディスク(カーボンコンポジット)
■タイヤサイズ:Ⓕ265/35ZR21 Ⓡ305/30ZR21
■パフォーマンス 最高速度:340㎞/h 0→100㎞/h:3.6秒
■価格:3796万185円