新型911カレラ4Sが日本の路上を走り始めた。その真価を探るべく、上陸したばかりの911カレラ4Sと共に少し長い距離を過ごしてみた。その真価の一端を、どこまで見せてくれるのか。
REPORT◉永田元輔(NAGATA Gensuke )
PHOTO◉小林邦寿(KOBAYASHI Kunihisa)
※本記事は『GENROQ』2019年11月号の記事を再編集・再構成したものです。
ベストな911はどれか。これはポルシェファンの間でしばしば話題となるテーマだ。というのも最近の911のバリエーションの豊富さは、よくぞ生産体制が追いつくものだと感心してしまうほどで、その中からベストな1台を選ぶのは至難の技。もはや先代モデルとなってしまったがタイプ991を例に取ってみれば、カレラ、カレラS、カレラGTS、ターボ、ターボS、GT3、GT3 RS、GT2とパワーユニットだけで実に8種類。これにRWDとAWDといった駆動方式、カブリオレにタルガといったボディバリエーション、そしてMTとPDKというトランスミッションの違いも加われば、その選択肢はもはや無限大だ。もちろん素のカレラとターボSを天秤にかける人はいないだろう。予算や使用目的などで自ずと購入対象は絞られるだろうが、それでもこの豊富なラインナップの中から1台を選ぶのは、911への思い入れが強いほど悩んでしまう作業となる。
普通のクルマで考えたら「高い方を選べば間違いない」という結論も導き出せる。しかし911が厄介なのは、それぞれのモデルにそれぞれの美点があることだ。400㎰に満たない素のカレラより500㎰のGT3が速いのは確かだが、かといって素のカレラの楽しさがGT3にすべての点で劣るかといったら、決してそんなことはないのである。そして何を美点と感じるかは、人によって異なる。だから911選びは難しい。そしてとてつもなく楽しい。
カレラSに続けて上陸したタイプ992のカレラ4Sをロングドライブに連れ出したのも、Sと4Sの違い、つまりそれぞれの美点を明らかにしたい、と思ったからだ。さらに長い距離を走ることで、タイプ922の魅力をより深く感じたいという目的もあった。992AWD系の駆動システムは従来と同様にPTM(ポルシェ トラクション マネジメントシステム)が担う。各タイヤの速度や前後左右のG、ステアリング角度などの情報から前後のトルク配分をリアルタイムで可変するというもので、フロントへの最大トルク配分は50%。992ではクラッチが油圧式から電気式となり、伝達対応トルクを10%向上させている。またドライブシャフトがカーボン製となるなど、システム自体の軽量化も実現している。その結果重量はカレラSの1515㎏に対してわずか50㎏増の1565㎏に収まる。
今まではカレラ系AWDモデルは左右のテールライトが繋がったデザインを与えられており、それがRWDモデルとの外観上の大きな識別点であったのだが、タイプ992は左右繋がったテールライトがスタンダードとなったので、4Sであることを示すのはリヤのエンブレムのみだ。これについては好みが分かれるところだろうが、個人的には立体的なPORSCHEロゴの入った新型の後ろ姿は、なかなか魅力的だと思う。そもそも930から993までの空冷時代はテールライトが横一線で繋がっていたのだから、911本来のスタイルに戻ったとも言えるだろう。
ボディサイズやパワースペックはRWDのSと同様で、3.0ℓのツインターボエンジンは450㎰/6500rpm、530Nm/2300〜5000rpmを絞り出す。カタログ数値上は0→100㎞/h加速がカレラSより0.1秒速い3.4秒、最高速度が同じく2㎞/h遅い306㎞/hとなっているが、これを体感するのは不可能だろう。
タイプ992で、これだけは中々馴染めない格納式の小さなドアノブを引いて室内に身を沈めると、従来より明らかに質感の向上したインテリアに包まれる。各パーツの作りや合わせ、そして素材の品質など、もはや高級サルーンかと思うようなクオリティだ。911のコアなファンなら、横基調となったコンソールのデザインと5連の丸メーターに空冷時代の面影を見るだろう。メーターのフォントなどもあえて昔風のものを採用するのも、911のヘリテージを感じさせる部分だ。ただ、ステアリングのリムが両端のメーターを隠してしまうのはちょっといただけないが。
RWDモデルとの違いは、前後のトルク配分をリアルタイムで表示できるモードがメーターに加わるくらいで、これは先代までのモデルと同様だ。走り出しても、RWDモデルとの違いはほとんど感じられない。高速クルージングでの抜群のスタビリティや低回転から驚くほど豊かなトルクと繊細なレスポンスを発揮するエンジン。高速道路ではタイプ992の優れたGTとしての性能を堪能することができる。
8速になったPDKにより、100㎞/hでの回転は1400rpmと低い。スポーツモードを選択すると高速道路でも8速には入らないので、頻繁に加速と減速を繰り返すのであればスポーツモードを選んだほうが良いのかもしれない。新たに備わったクルーズコントロールも秀逸な仕上がりで、前車との距離感も絶妙なので安心して運転を任せることができる。ちなみに、このクルーズコントロールは停止まで行い、一定時間内であれば再スタートも自動で行ってくれるので渋滞時にも非常に便利だ。
しかし、すぐにクルーズコントロールをOFFにして自分でスロットルを踏みたい、という欲求がウズウズと湧いてくる。つまり、それほどタイプ992は運転という行為が楽しいのだ。ほとんどがアルミニウムで構成されたボディの硬質感はすさまじく、まるで金属の塊の中に身を置いているよう。そしてステアリングやアクセル、ブレーキなどの操作系に一切の弛みがなく、精緻に造られた機械が緻密にくみ上げられている、という精度の高さがひしひしと伝わってくる。だからドライバーの意図する走りが瞬時にクルマに伝わり、完璧なフィードバックが返ってくる。クルマとの対話がこれほど濃密なクルマは他にない。
その印象は郊外のカントリーロード、そしてワインディングを走ることで一層強くなる。今や決して小さいとは言えないボディだが、これが二周りも三周りも小さく感じるのはなぜか。エンジンは回転のフィールが明らかに軽くなり、まるでNAの様にレスポンスよく吹け上がる。その分、重厚さやドラマ性が希薄だと感じる人もいるかもしれないが、この軽快さがタイプ992の濃密さをさらに高めているのは間違いない。
カレラSとカレラ4Sの違いを意識してみると、ステアリングのフィールが、カレラ4Sの方がわずかに重くなっているようだ。重い、というのはあまり良くない表現かもしれない。重いのではなく、より緻密だ。前後のトルク配分メーターを見てみると、フロントにトルクが配分されるのは加速時くらいで、峠道をやや速いペースで走るくらいではほとんどフロントにトルクは配分されない。しかし、ステアリングをわずかに切り込んだ瞬間の動きの精度はカレラ4Sがやや上回る。
実を言うと、もうカレラ系にAWDは必要ないのではないか、と思っていた。RWDでも以前とは比べ物にならないくらいスタビリティは高まっているし、PSMの進化やタイプ992で採用されたウエットモードの存在などもあり、もはや豪雪地帯以外でのAWDの必要性に疑問を感じていたのだ。しかし、このドライバーとクルマの密度の高さを経験すると、AWDを選ぶのもありかもしれない。もちろんそれはほんのわずかな違いではあるのだが。
「ポルシェは乗るのでない。ポルシェは着るのだ」というフレーズは昔言われていたものだが、新型のタイプ992を長距離で乗って、久しぶりにこの言葉を思い出した。ドライバーとの濃密な一体感があるこのクルマは、まさに“着る”という表現がふさわしい。ヴァイザッハのエンジニアがタイプ992で目指したのは、911の走りをさらに突き詰めること。つまり原点回帰であったのだろう。
SPECIFICATIONS
ポルシェ911カレラ4S
■ボディサイズ:全長4520×全幅1850×全高1300㎜
ホイールベース:2450㎜
■車両重量:1565㎏
■エンジン:水平対向6気筒DOHCツインターボ 総排気量:2981㏄ 最高出力:331kW(450㎰)/6500rpm 最大トルク:530Nm(54.0㎏m)/2300~5000rpm
■トランスミッション:8速DCT
■駆動方式:AWD
■サスペンション形式:Ⓕマクファーソンストラット Ⓡマルチリンク
■ブレーキ:Ⓕ&Ⓡベンチレーテッドディスク
■タイヤサイズ(リム幅):Ⓕ245/35ZR20(8.5J) Ⓡ305/30ZR21(11.5J)
■パフォーマンス 最高速度:306㎞/h 0→100㎞/h:3.4秒
■価格:1772万円(消費税8%)