安定感は抜群だ。巌の如きスタビリティで、ひたすら矢のように突き進む。しかし、ひとたび視線をコーナー出口に向けると……信じられないような俊敏さで、車体はグイグイ向きを変える。この感覚は、今まで体験し得なかったものだ。
TEXT●佐野弘宗 (SANO Hiromune)
PHOTO●藤井元輔 (FUJII Motosuke)
ルノーらしからぬ(?) 妖艶なインテリアに感慨
四代目となる新型メガーヌは、欧州では2016年初頭に「GT」と「GTライン」を皮切りに販売が開始された。そして1年半ほどの準備期間を経て、ようやく我々の目の前に現れたというわけだ。欧州では幅広いラインナップを取り揃える新型メガーヌだが、ルノー・ジャポンはあえて明確なスポーティ路線を押し出す戦略に出た。日本でのメイン機種はグローバルで最上級となる「GT」で、今回の試乗もそのGTである。
さて、ルノーにおける「GT」の定義はけっこう厳格で、その条件は大きくふたつある。ひとつは、ルノー本体と別組織の「ルノー・スポール」がシャシーを中心とした総合的な味つけを担当することだ。その下の「GTライン」もサスペンション設定はRS担当なのだが、GTではより多くの部分での専用化が許される……というか、それを要求される。
GTのもうひとつの条件は、エンジンが他グレードには搭載されない特別チューンのものとなること。ただ、先ごろまで日本にもあったルーテシアGTはゼンやインテンスと同じ1.2ℓターボだったが、あれは例外だそうである。
新型GTのエンジンはメガーヌでは唯一の「M5Mt」型だ。ご想像のとおり、ルーテシアRSと基本的に同じ1.6ℓターボだが、各部をさらに改良した第二世代となる。205㎰/28.6㎏mというチューニングはメガーヌGT専用だ。ちなみに欧州にはディーゼル版のメガーヌGTも存在するが、それも165㎰というシリーズ最強の専用チューンとなる。
Cセグメントで205㎰、0→100㎞/h加速7.1秒という動力性能は、他社でいう「GTI」よりは控えめだが、スポーツモデルとしては十二分といっていい。今どきとしては過給ラグが小さいほうではないが、代わりに本格過給してからはなかなかの迫力だ。スロットルを踏み込んだ半拍の後には、シートバックに背中が押しつけられる。
変速機の商品名はこれまでどおりの「エフィシェントデュアルクラッチ=EDC」である。ただ、従来からギヤがひとつ増えたのと同時に、クラッチも乾式から湿式へと変わった。湿式クラッチの利点にルノーは小型化と大トルクへの対応、耐久性向上などを挙げるが、クラッチの断続にそこはかとない「潤い」があるのも湿式のメリットである。
従来型EDCの美点だったトルコンに遜色のない滑らかな変速は、新しい7速でも健在。悪い意味でのデュアルクラッチ特有のクセは最小限だ。
先代メガーヌの欧州発売は08年末、新型のそれは17年1月。先代メガーヌはもともと保守的なモデルだったが、さらに約8年という長寿をまっとうした。この間にVWゴルフは2度もフルモデルチェンジして、同じフランスの308はひと足先に大胆なイメチェンを敢行、さらにメルセデス・ベンツやミニといった高級ブランドもガチンコで新規参入……と、世のCセグメントは様変わりした。
というわけで、新型メガーヌには、たっぷり8年分の進化とともに、これまでのルノーだと「らしくない?」と言いたくなる新趣向やハイテクもごっそり盛り込まれている。
ルノーといえば、常にトレンドセッターであり続けてきたエクステリアデザインとは対照的に、内装調度や走行メカニズムは保守派だった。しかし、新型メガーヌの内装やハードウェア内容は、我々日本のファンがイメージするルノー、あるいはGTの背後にいるRSとは趣きがちょっと異なる。
エクステリアデザインはまさしくルノーだ。強くうねるサイドパネルが表情を変えつつ、実寸以上にワイド&ローに見せる手法は弟分のルーテシアに通じており、典型的なヴァン・デン・アッカー流儀だ。また、インテリアの基本造形があくまで使いやすく、オーソドックスなのも、我々が知るルノーらしい。
しかし、室内を妖しく照らすアンビエントライトは質実剛健インテリアが身上だったルノーらしからぬ(?)新趣向。ステアリングホイールやコンソール周辺のスイッチの数も明らかに増えており、大型センターコンソールにシャッター付きの本格ドリンクホルダーが備わるとは、これまでのルノーを知る人間にはちょっした感動(笑)ですらある。
レーダーやカメラを使ったアドバンストセーフティ技術がついに投入されたのも、新型メガーヌの新機軸のひとつだ。欧州にあるアダプティブクルーズコントロールは見送られて、自動ブレーキ機能も限定的ではあるが、液晶メーターパネルに前走車や車線、車間距離(秒)とその危険性の警告まで示されるとは「ルノーもやっと……」の感慨は深い。
センターパネルのレイアウトに少しばかり余裕があるのは、ここにナビゲーションを含めたすべての機能を集約した大画面8.7インチの縦型タッチパネルが鎮座するのが欧州仕様のデザインだからだ。しかし、そこに日本対応のナビゲーションを仕込むことはかなわず、日本仕様では小型(といっても充分な大きさだが)液晶仕様となる。このあたりはルノー・ジャポンのさらなる奮起を願いたいところだが、そのためには日本でのルノー市場が、少なくとも今の数倍規模になる必要がありそうだ。というわけで、みなさん、一緒に頑張ろう(?)。
先代メガーヌのボディサイズもCセグメントとしては小さくはなかったから、8年ぶりのモデルチェンジのわりには今回のサイズ拡大は最小限。しかし、基本骨格はルノーと日産で共用する「CMF C/D」に完全刷新された。
CMFとは「コモン・モジュール・ファミリー」の略、末尾のC/DはC〜Dセグメントという意味。ルノー日産のFF骨格モジュールとしては最上級となる。ちなみに、先々代〜先代メガーヌにあった前席床下の隠し収納が姿を消したのは、CMF C/Dのせいだろう。
凄まじく高いボディ剛性が走りに如実に表れる
メガーヌGTの運転席に座って、走り出して最初に気づくのは、前席の肩口まわりがずいぶんと広々としたこととGT専用のスポーツシートのデキが素晴らしいこと、そして車内が印象的なほど静かなことだ。
ルノーのスポーツシートが優秀なのはいつものことで、新型メガーヌGTも、拘束しすぎず肌触りも柔らかなのに、運転中は身体がピタリ安定……という絶妙な仕上がりだ。
リクライニング角度がレバーによる段階調整になったのは賛否両論かもしれない。調整ステップは細かく刻まれるし、ワンタッチでシートを寝かせられる点を歓迎する向きもあろうが、微妙なリーチにもこだわる運転オタク目線で見ると、少しばかり残念な気もするのは事実である。
前席ショルダールームの拡大と静粛性の向上は、新型メガーヌの開発で明確な目標とされたポイントらしい。静粛対策はフロント遮音ウインドウの全車標準化、その他のガラスの板厚アップ、ドアシールの全周化……と意外性のない正攻法だが、それゆえに効果も大きい。とくに高速ロードノイズの減少はあからさまで、それだけでクルマ全体の高級感が飛躍的に上がっている。
ルノーによると、この静粛性にはボディ剛性の向上による効果も大きいというが、そのボディ剛性は走っても如実に感じ取れる。
新型メガーヌGTのフットワークは、場合によってはゴルフGTIやプジョー308GTiあたりより硬質で、ロールもピッチングもほとんど感じ取れないほどビタッと水平姿勢を保つ。荒れた路面では時おり硬質すぎる感もなくはないが、それでもボディだけはビクリともミシリともしない。
さらに、上屋の姿勢がほとんど変化しないのに、バネ下の動きは滑らかで、ササクレだった衝撃が皆無なのも、高精度なダンパーに加えて、ボディがいいのだろう。
しかし、新型メガーヌの走りにおいて、エンスージアスト最大の注目は、やはり「4コントロール」と名づけられた四輪操舵システムだろう。4コントロールは、一見すると操舵機構を組み込むのが困難そうなリヤのトーションビームをそのまま使いながら、逆位相と同位相を使いこなす本格的な後輪操舵なのが特徴だ。
4コントロールは日本では今回が初である。また、RSを含む従来のルノーのスポーツ車の美点を「伝統的なアナログシャシー技術の究極的な洗練」と定義すると、今回のGTと四輪操舵の取り合わせに違和感を覚える向きもあるかもしれない。
ただ、4コントロールはすでにリアルな市場で約10年も揉まれてきた技術であり、新型メガーヌの4コントロールは「満を持して」の投入ともいえる。しかも、このシステムの設計・開発を担当したのは、何を隠そうルノー・スポールである。先日公表された次期メガーヌRSともども、4コントロールは「ルノー・スポールが開発したGTが使わずにどうする?」というべき存在なのだ。
4コントロールの詳細は別項に譲るが、それはスポーツ、ニュートラル、コンフォートのすべての走行モードで稼働して、多様なパラメーターを1/100秒ごとに演算しながら後輪舵角を制御する。
これによって、4コントロール非装備のメガーヌ(たとえば、国内エントリーグレードのGTライン)と比較すると、実際の操舵量はスポーツモードで40%、それ以外のモードでは35%も減少するという。資料によると、スポーツモードで80㎞/h、それ以外で60㎞/hの車速を境に、低速側は逆位相で小回り性能とキビキビ感を演出、高速側は同位相でタビリティの安定性を引き上げる。
低速(=逆位相)で走る新型メガーヌGTのステアリングは、まさに超強力かつビンビンに効く。なるほほど舵角は大幅に減少しており、交差点も手首の返し(のプラスアルファ程度)でグイッと曲がりきる。
その姿勢変化極小のレーシングカート的俊敏さは、少なくともルノーでは初体験に近い。それにしても、このステアリングとボディの剛結感には、四輪操舵だけでなく、大幅に向上したボディ剛性やゴムブッシュを排したサブフレームの相乗効果もあると思われる。さらに、ステアリングの切り始めから敏感なだけでなく、そこから切り増すと、さらにクルリと曲がりこもうとするのは、逆位相特有の挙動だろう。
新型メガーヌGTは高速になっても緊密なステアリングはそのままだが、動きは一転。路面にグッと噛みついた落ち着きを披露する。この領域では中立付近を意図的に重くするパワステ制御もあってか、ズシッと矢のように直進する。
4コントロールが過渡域でいかに制御しているか、あるいは走行モードによって同位相と逆位相の切り替え速度以外になにが変わるか……の厳密な情報はよく分からない。
ただ、確実にいえるのは、スポーツモードのほうが、全体にマイルドでグリップ感も増すことだ。ダンパーは固定減衰なので、乗り心地が悪化するわけではない。低速でよりクルクルかつ軽々と曲がっていくニュートラルモードのほうが肉体的には楽だが、私のような旧世代のクルマ好きになじみやすいのはスポーツモードである。ただ、普通のスポーツモードはパワートレイン特性も激しくなる(スロットルだけでなく、変速スピードも上がって変速ショックも強まる)ので、個別設定可能な「ペルソ」モードを使って、日常的にもシャシーだけはスポーツモード……という手はアリだと思われる。
ルノーに限らず逆位相のフィーリングには賛否両論があるし、それを思いどおり操るには、独特のコツや慣れも必要だ。ただ、高速の同位相については、限界性能を飛躍的に引き上げる効果があり、新型メガーヌGTの高速ワインディングでの戦闘力は、従来比で1〜2ランク、グレードアップしたのは間違いない。
いずれにしても、4コントロールを思いのままに走らせるには、これまでの運転のスタイルや意識を少し変える必要はあるだろう。
逆位相のターンインでは、来たるべきコーナー曲率を予測して舵角決め打ちで突っ込む……という古典スタイルは似合わない。ターンインでもクルマと対話しながら、いや、意識としては自分で曲がっていくクルマを追い合わせるように操舵すると、新しい意味での一体感が味わえる。
また、これまでのようにフロント優先でリヤを滑らすように振り回す運転は4コントロールでは逆効果である。飛躍的に限界が高まったリヤグリップを最大限に活かして、過度に振り回さず、オンザレールで走らせてこそ、新型メガーヌGTは異次元の旋回性能を発揮する。
4コントロールはこのように、ルノーにおけるドライビングファンのの概念を進化……というか、変革する歴史的な出来事かもしれない。仮に最初のうちは馴染めなくても、絶対的な性能は間違いなく飛躍的に上がって、それを「らしく」走らせた時の肉体的な負担は確実に減っている。そんな4コントロールの利点を実感してしまうと、もはやそれ以前の時代には戻れなくなるのだろう。