クロスビーは“大きくなったハスラー”に留まらない。1.0ℓターボ+6速ATの走りは元気に溢れワゴン譲りの広い室内空間は5人がしっかり乗れるゆとりがある。悪路をものともしない走破性は行き先を選ばず力強さと愛らしさを備えたエクステリアも併せ持つ。クルマを通じて世界を広げてくれるパートナー。それがクロスビーなのだ。
試乗グレード ●HYBRID MZ(4WD) 
TEXT●石井昌道(ISHII Masamichi)
PHOTO●宮門秀行(MIYAKADO Hideyuki)/平野 陽(HIRANO Akio)
"ほぼ市販車"の状態で参考出品されたクロスビー
モーターショーは近未来の自動車に思いを馳せたり、とても手は出ないが一度は見てみたいというドリー ムカーに出合える一方、現実的に次期愛車候補を探す場でもある。そういった現実派にとって2017年10月25日からの東京モーターショーで、クロスビーは最も熱い視線が送られた一台だろう。たった2ヵ月後に発売するモデルでありながらかたくなに参考出品車としていたが、コンセプトカーにありがちな非現実的なところはなく、ガラスを見れば市販車が使う規格品のマークが入っているぐらいで、間もなくデビューするであろうことは一目瞭然。しかも、市場から熱望の声が多かったハスラーの小型車バージョンと見て取れ、成長著しいコンパクトSUVということもあって注目を集めないはずはないのだった。
さらに、今回たった一日ではあるが、東京及び近郊を走り回ってみたところ、想像以上に視線を感じた。他の国産ディーラーの前を通りがかったときには、お客さんを見送るために路上に出ていたディーラーマンがジトーッと、ホントに穴が開くんじゃなかろうかというほど見つめてきたし、高速のサービスエリアに寄ったときには買い物から戻ってみると4人の若者に取り囲まれていた。ガソリンスタンドで給油すると、20代とおぼしき店員さんから質問攻めにあい、さながらスズキのディーラーマンばりに説明をしておいた。高額なスポーツカーなどではなく、庶民的なモデルでここまで注目されたのは初めてだ。しかも、老若男女問わず幅広い層の心を奪っているのも興味深い。
クロスビーは、ハスラーの小型車バージョンと言える存在ではあるが、決してハスラーをベースにした拡大版ではないことをお伝えしておかなくてはならない。ソリオやイグニスなどAセグメント用のプラットフォ ームがベースだ。
スタイリングは、丸目二灯の愛嬌のあるフロントマスクにボクシーなフォルムというのはハスラーと共通するところ。だが、平面をパタパタと組み合わせたようなハスラーと違って随所に抑揚がある。ブリスター状のフェンダー、後方にいくに従って盛り上がっていくベルトライン、 傾斜したバックドアなどが造形の美しさとたくましさを強調。さらにサイド下部のドアスプラッシュガードがいいアクセントで目を惹く。サービスエリアの若者もガソリンスタンドの店員さんも「思っていたよりぜんぜんカッコイイ」と口を揃えていたが、それこそサイズの制約がゆるやかなことで、軽自動車よりもデザイン代のある小型車ならではだ。
とはいえ、ボリュームゾーンであるBセグメントSUVのホンダ・ヴェゼル(全長×全幅×全高=4295×1770×1605mm)や日産ジューク(4135×1765×1565mm)などに比べると全長、全幅はかなりコンパクト(3760× 1670×1705mm)。軽自動車では狭くて物足りないが、取り回しはあまり変わらないでほしい、という人にはしっくりくる。最小回転半径はハスラーからわずか0.1m増しの4.7mで、5.3mのBセグメントカーたちに比べれば遙かに小回りが効く。今回、クロスビーで入り組んだ細い路地裏などにも足を踏み入れたが、視界の良さもあってまったく苦にならなかった。
ただ、これだけ全長が短いと室内空間の広さにはあまり期待が持てないのでは? という声が聞こえてきそうだが、後席に腰掛けてみるとびっくり仰天。膝元には大型セダン並みの余裕があり、頭上のクリアランスもたっぷり。大柄な人でも満足できる空間なのだ。
これはアップライト気味に乗員を座らせていること、ラゲッジルームの前後長をさほど大きくとっていないことなどによる。ラゲッジ容量は、後席を後端までスライドさせた最小だと124ℓ。たしかにたっぷりとは言えないが、ラゲッジ下には81ℓのアンダーボックスがあり(FF)、 ベビーカーの縦積みもOK。全長は短いものの全高の高さを活かしてユーティリティは最大限に工夫されている。もちろん、後席のスライドを前に出したり後席を倒したりすればかなりのスペースを稼ぎ出せる。SUVのスタイルや走行性能に加え、ワゴン的な使い方もできる小型クロスオーバーワゴンという新ジャンルを名乗っているだけのことはあるのだ。
軽量ボディと相まって1.0ℓターボでも十分元気
エンジンはソリオなどが搭載している1.2ℓNAではなく、Bセグメントのスイフト用のトルクフルな1.0ℓ直噴ターボを採用し、なおかつ同エンジンには初となるISG(モーター機能付き発電機)まで搭載。さらにCVTではなく6速ATとして、力強さと低燃費、ダイレクトでレスポンスのいい走りを目指したことが伺える。
軽量・高剛性なハーテクトプラットフォームゆえFFで960kg、4WDでも1000kgと車両重量は軽い。それに対してエンジンは1700-4000rpmの幅広い回転域で15.3kgmの最大トルクを発生するので走りはたくましい。あまりアクセルを深く踏みこまなくても発進時からグイグイとボディを押し出していき、交通の流れに自然な感覚で乗っていける。街中の普通のペース なら2000rpm前後で事足りてしまう。もう少し踏みこんで3000rpmあたりまで使えば、流れをリードできるぐらいだ。
ISGはアイドリングストップとそこからの再始動が上手。停止に向けて減速していくと9km/h以下でエンジンがとまり、ISGのスターターモーター機能で静かにスムーズに再始動。最長30秒間はモーターがエンジンをアシストするが、それはあまり体感できない。だが、エンジンの負担を軽減して燃費改善に大いに貢献しているはず。パワーサプリはターボが受け持ち、燃費サプリをモーターが担っているのだ。
試乗車は4WD車でスポーツモードとスノーモードが搭載されていた。どちらも選択しないノーマルの状態では燃費にも気を配っていると見えて、意外と早めにシフトアップすることがある。また、ほぼ定速で巡航したまま緩やかな登りに差し掛かっていっても、あまり変速せずに粘るところもみせる。そういったケースではビジー感がなくて好ましい一方、少しもどかしい気がすることもある。そんなときはスポーツモードのボタンを押せば、活発でドライバーの意思が素直に伝わる優れたドライバビリティになるからうれしい。スポーツモードであっても負荷の低い巡航走行になればきちんと高めのギヤ、低いエンジン回転を使うようになるのでさほど燃費を犠牲にしなくて済みそうだ。ただし、アイドリングストップをしなくなるのでストップ&ゴーの多い区間ではノーマルに戻したほうがいいだろう。こういった走行モードの切り替えは、普段はほとんどしないという人も多いが、積極的に使えば走りの楽しさ、快適さ、燃費などがバランス良くなるはずだ。
アクセルをいっぱいに踏みこんでフル加速してみると、中・高回転域では力強くて気持ちが良かった。4000rpmあたりからググッとパワーが盛り上がり、6000rpm弱までシャープに吹け上がっていく。3気筒ではあるがサウンドにチープ な感じはない。4気筒に比べると独特のビート感があるが、それも不快ではなく、力強さを象徴しているようで心が躍る。全車パドルシフトが標準装備されているので、しかるべきステージでは積極的にエンジンを回して楽しむのもアリだ。
“使い倒せる”ラゲッジもクロスビーの魅力。リヤシートは165mmのスライドが可能で、 倒せばフラットなスペースが生まれる。スライド&リクライニングともラゲッジルーム側から操作できる使い勝手の良さもうれしい。ラゲッジフロアはもちろん汚れを拭き取りやすい防汚タイプ(HYBRID MZ)で、壁面にはユーティリティナットとアクセサリーソケットも備えている。
ハスラーと共通のイメージを持つクロスビーだが、単純にハスラーを大きくしたわけではない。サイズの制約を受けないクロスビーでは、ファニーフェイスの中にもボリュームをたっぷり与えられたフォルムとされた。特にボディサイドのフェンダーやドアアンダーモールなどの抑揚は豊かで、サイズ以上の量感を感じさせる。
想像以上にしっかり感のある ステアリングフィール
ボディは、軽自動車はもちろんのこと、Bセグメントなどと比較しても剛性感は高いほうだ。動きが軽いのにガッシリしていて頼もしい。だからAセグメントとしては大径のインチタイヤをきっちりと履きこなしていて、ゴツゴツ感やバネ下の重さをほとんど感じさせない。乗り心地にもイヤなところはまったくないが、ただ柔らかいというのではなく、安定しているのに衝撃はスムーズに吸収しているというタイプだ。
こういう背の高いモデルには似合わないかと思いつつ、ワインディングも走ってみたが、意外なほど俊敏に走れたのは、第一にプラットフォームが秀逸だからだろう。それに加えてステアリングのチューニングがよくできている。軽自動車に比べると1ランクも2ランクもステアリングまわりの剛性感が高く、切り始めからレスポンスよくノーズが反応してくれる。そこから切り増していったときのビルドアップ感、素直な曲がり方にも好感が持てた。操舵量に対してタイヤの切れ角が変化する可変ギヤレシオを採用していることが功を奏しているようだ。
試乗した日は風が強くて東京湾アクアラインの海上ブリッジでは背高なボディがかなり横風にあおられた。それでもステアリングによる進路修正はまずまず楽だったのはEPS (電子制御パワーステアリング)のセッティングがうまくいっているからだろう。軽自動車やコンパクトカーの場合、高速直進時にステアリングが無駄に動くと進路がチョロチョロ とするだろうといって、ほとんどアシストせず、重さで安定感を演出しているモデルも見受けられるが、それでは固着感が出てしまい修正舵の遅れが出てかえって神経を使わされ ることになる。クロスビーは適度に重くどっしりと座った感じがありながら、修正舵は自然な感覚で行なえる。これならロングドライブで疲れが軽減されるだろう。
ユニークで愛されキャラなルックスとボディサイズのわりに室内が広大でユーティリティに優れている。それだけで大ヒット間違いなしの予感がするクロスビーだが、走りも期待以上だった。以前は軽自動車メーカーというイメージが強かったスズキだが、現在はスイフトやSX4、バレーノなどのBセグメント、ソリオやイグニス、そしてクロスビーのAセグメントとコンパクトカーのラインナップは他に類を見ないぐらいに充実している。クロスビーはさしずめスズキのど真ん中のモデルなのだ。それだけにキャラや機能だけではなく、走行性能での楽しさや快適性、質にも気合いを入れて取り組んでいるのを実感。見た目に惹かれただけで即買いしても、走りで後悔することなんてまったくない。期待以上の満足度を得られるはずだ。