知る人ぞ知る存在——それはキャデラックが誇る“Vシリーズ”にほかならない。北米ワールドチャンピオンシリーズに参戦するキャデラックレーシングの血を引く、紛れもない“本物中のホンモノ”と呼ぶに相応しいスーパースポーツセダンだ。ドイツ勢が持て囃される今、意外な存在として注目されるVの真実をレポートする。
REPORT◎佐藤久実(Kumi Sato) PHOTO◎小林邦寿(Kunihisa Kobayashi)
ワイルドな猛獣と思いきや、 飼いならされたかのように従順だ。
イカつい顔をして私の前に現れたスーパースポーツセダン「キャデラックCTS-V」。どれほどアクの強いジャジャ馬なんだろう―—と覚悟を決めて乗り込んだ。しかし、タイヤが転がりだした瞬間、見事に肩透かしを食らった感じだった。極めて乗り心地の良い、快適なセダンだ。それも“スポーツセダンの割りには”というエクスキューズなしに。予想外にしなやかな足さばきを見せる。
ステアリングやペダル、パドルなど操作系の重さもちょうど良く、扱いやすい。そこそこ大きなボディでも見切りは良く、ステアリングを切ると”スッ”とスマートに曲がり、アクセルペダルをジワッと踏むと豊かなトルクを感じさせながらも穏やかに加速していく。秘めたるパワーを窺い知る余地もないほどジェントルで、街中を走らせる限り、キャデラックCTS-Vは、ワイルドな猛獣と思いきや、飼いならされたペットのように従順だ。
しばしのドライブを楽しんだ後、クルマを停めて改めて対面してみると、“ツン”と尖がったフロントノーズに象徴されるようにエッジの効いたデザインが特徴的だ。個性的であり、一目で他ブランドと見紛うことなくキャデラックとわかる。でも、よく見ると面構成は比較的フラットでシンプル。これらのエッジやカーブは空力性能を計算し尽くした結果だ。
ヘッドライトの目尻を強調したアイラインがそのまま垂直方向につながる縦長のLED。フロントグリルを縁取るクローム。精悍なマスクに“光モノ”を取り入れることで、存在感がより際立つ。
さらにハイパフォーマンスモデルである“Vシリーズ”をアピールしているのが、カーボン製のフロント&リヤスポイラー。もちろん、これも軽量化や空力といった機能最優先ではあるが、ちょうど良い存在感だ。つまり、スタンダードモデルと差別化を図りながらもトゥマッチじゃないデザイン。
セダンゆえ実用性は高いが、男性諸氏においてスポーツモデルの購入にあたって最初の、かつ最大の難関はお財布を握る奥様の理解を得ることではないだろうか。ともすれば、サンデードライバーの旦那さんよりウィークディの日常シーンでハンドルを握る奥さんの方がクルマと接する時間は長いかもしれない。「セダンだから実用的だし」と説得したところで、たとえば「こんな大きな羽の付いたクルマ、恥ずかしくて買い物に乗っていけないでしょ」と一蹴されたらアウトである。だからこそ知る人ぞ知る、見る人が見たらわかるCTS-Vのスポーツ度は絶妙なのだ。
続いてインテリアに目を向けてみる。エクステリア同様、エッジが際立ち、クロームがアクセントとなっている。ブラック基調の落ち着いた雰囲気はセダンらしいが、レザーとカーボンのあしらい方がスポーツとラグジュアリーを上手く融合させている。中でもレカロ製のシートは乗降性にも優れ、スポーツカーのようなタイト感はないのに、フィット感があって好ましい。そしてスウェードのステアリングが手にしっくり馴染み、ドライブ中は掌を介して良質な質感を味あわせてくれる。
過酷な環境で鍛えられた “ホンモノ感”がVシリーズにはある。
さて、さらなる魅力を探るべく、再び走行開始。高速道路に入り、速度を高めていくと、岩のごとく“ドシッ”とした安定感に驚かされた。ジワジワ踏めば穏やかに、多めにアクセルペダルを踏み込めば怒涛の加速を見せるという、まさにドライバーの意図どおりの反応が気持ち良い。そして、高速道路においてもサスペションのしなやかさが覆ることはなく、かつフラット感も保たれている。
次にドライブモードを変えて走ってみる。まずは通常のツーリングモードからスポーツモードへ。確かに足元がちょっと締まった印象で変化は感じる。だが、依然と快適性は損なわれない。このモードでずっと走っても不満はない。試しに、レーストラックモードにしてみると、まずステアリングがズシッと重くなった。そして、より一層ソリッド感が増したものの、継ぎ目を乗り越えてもスマートで、不快な突き上げなどは皆無。正直、サプライズの連続なのだ。
弟分となるATS-Vも高速で乗り換えるとキャラクターの違いが明確だった。岩のようにドッシリしたCTS-Vに対し、軽快さが際立つ。もちろん、直進安定性はありながらも路面を滑っているかのような滑らかさだ。あくまでもセグメントに見合ったキャラクターの違いで、CTS-Vから乗り換えても何の不満も物足りなさも感じない。もちろん、ユーザーがクルマを選ぶ際には、セグメントや価格帯の中で検討することが多いだろうから、この2台を乗り比べることはないだろうが、ボディが小さいからとか、パワーが少ないからといったことに対するネガティプ要素はない。“乗り味の違い”こそあれ、走りのクオリティは同等と言えるだろう。
ちなみにワインディングロードでは、高速に比べ、路面のアンジュレーションやアップダウンが多い中で、いなしも見事だった。CTS-Vは、常に4つのタイヤがガッシリと路面を掴み、ここでも高い安定性を見せる。
一方、ステアリングを切るとボディサイズを感じさせない俊敏な動きで曲がる。左右にコーナーが連続するようなシーンでも切り返した時に無駄なロールがなく、追従性の高さに驚く。コーナリング時、アウト側が沈み込むというより、真横に引っ張られるような横Gが体感できる。高速でも感じたが、“低重心”であることがクルマの動きから感じ取れるほどだ。そして、ビックリするほどのトルクを有するものの、危うげな不安感もなく、コーナーの立ち上がりでアクセルを開けた時の瞬発的な加速からそのパフォーマンスを垣間見る。
Vシリーズのタイヤは「ミシュラン・パイロットスーパースポーツ」を装着する。言わずと知れたハイパフォーマンスタイヤだが、見事に履きこなしているのも好印象の理由だろう。一方、同じタイヤを装着しながら、ATS-Vは抵抗感がなく、転がり感のある走り味だ。コーナーでは“ヒラヒラ”と舞うように軽やかな身のこなし。セダンであることを感じさせないような素直なハンドリングでワインディングを楽しめる。高速道路で感じたのと同様のキャラクターの違いだ。
最近のキャデラックはニュルブルクリンクを開発ステージとしているが、過酷な環境で鍛えられた“ホンモノ感”がATS-V、CTS-Vともに走りから感じられる。キャデラックのスーパースポーツセダンに相応しいパフォーマンスをもちつつ、それぞれの個性も明確。そして、ドイツのハイパフォーマンスブランド、メルセデスAMG、BMWのM、アウディRSとは明らかに異なり、異彩を放つ存在だと思った。
【CTS-V】極められたラグジュアリー性とコルベット譲りのエンジン。
【ATS-V】CTS-Vにも劣らない装備に、見事な高性能。
【SPECIFICATIONS】
キャデラック CTS-V Spec-B
■ボディサイズ:全長5040×全幅1870×全高1465㎜ ホイールベース:2910㎜ ■車両重量:1910㎏ ■エンジン:V型8気筒OHVスーパーチャージャー 総排気量:6156cc 最高出力:477kW(649ps)/6400rpm 最大トルク:855Nm(87.2㎏m)/3600rpm ■トランスミッション:8速AT ■駆動方式:RWD ■ステアリング位置:左ハンドル ■サスペンション形式:前マクファーソンストラット 後マルチリンク ■ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク ■タイヤサイズ:前265/35ZR19 後295/30ZR19 ■車両本体価格:1475万円
【SPECIFICATIONS】【リンク】キャデラック オフィシャルホームページ
キャデラック ATS-V Spec-B
■ボディサイズ:全長4700×全幅1835×全高1415㎜ ホイールベース:2775㎜ ■車両重量:1750㎏ ■エンジン:V型6気筒DOHCツインターボ 総排気量:3564cc 最高出力:346kW(470ps)/5850rpm 最大トルク:603Nm(61.5㎏m)/3500rpm ■トランスミッション:8速AT ■駆動方式:RWD ■ステアリング位置:左ハンドル ■サスペンション形式:前マクファーソンストラット 後マルチリンク ■ブレーキ:前後ベンチレーテッドディスク ■タイヤサイズ:前255/35ZR18 後275/35ZR18 ■車両本体価格:1090万円