過日、とある女性に助けていただいた。といっても、マッドマックス 怒りのデス・ロードに出てきそうな巨体の悪漢から池袋でカツアゲされそうになり、通りがかりの極真カラテ二段の女性に助けてもらったわけではない。クルマをバック(後進)させるのを手伝ってもらったのだ。
大変お恥ずかしい話である。そのとき、わたしが上手くバックさせられずに困っていたのはマッドマックス 怒りのデス・ロードに出てきそうなバカでかいアメ車ではなく、普通サイズのドイツ製セダンだった。具体的には、「W124」という型式名で知られる4世代前のメルセデス・ベンツEクラスである。
今となっては「可憐なサイズ」とも言えるW124を後進させるにあたり、筆者はなぜ、その場にいた女性編集者Iさんの助けを得なければならなかったのか?
ひとつには「貴重な売り物の中古車だから、1ミリたりともぶつけることは許されぬ!」とばかりに緊張していたから、というのもある。
だがそれはほんの少々の理由であり、主たる理由ではなかった。
W124にはバックカメラが付いてないがゆえに、うまく後進させられなかったのだ。
……大変お恥ずかしい話である。だが確かな事実として、筆者は今やバックモニター付きのクルマに慣れきってしまい、以前はごく普通に後進させていた「ちょっと古いクルマ」を、まともに後進すらさせられないデクノボーに成り下がってしまった。
自動車ライターとしては恥ずかしすぎるほど恥ずかしい話を、ここであえて開陳したのには訳がある。
その恥ずかしい事件により、筆者は「ちょっと古いクルマ」に乗ることの意味に改めて気づいた――ということを少々報告させていただきたいのだ。
今回のことで、わたしは身にしみてわかった。本来あるべき「身体性」のようなものを、現代の到れり尽くせりなクルマばかりに乗ることによって完全に失っていたことを。
だが「ちょっと古いクルマ」であれば――それもまた「便利な機械」であることに違いはないとしても――まずは自分の右手でキーをひねることでエンジンを始動させ、ほんの少々の暖機ののちに発進し、エンジンオイルや冷却水、足回り各部などが順次暖まっていく様子をイメージしながらアクセルペダルの角度を深めていく。