その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第64回は2023年12月に発表、2024年春に発売予定の新型コンパクトSUV「ホンダWR-V」の第二弾です。「いろいろ割り切った」というWR-V。そのデザインとパッケージについて、株式会社本田技術研究所 デザインセンサーの中村 啓介(なかむら・けいすけ)さんと黒崎 涼太(くろさき・りょうた)さんに話を伺いました。
応募条件: 期間中に①と②の両方を行うと応募となります! ①カルモマガジン公式Xアカウント(@carmo_magazine)のキャンペーン投稿をリポスト 応募対象期間:2024年3月1日(金)~22日(金) その他:当選者にのみDMでご連絡いたします。準備が整い次第、発送予定です。
②カルモマガジンのWR-V記事(このお知らせがある記事)をポスト
頼り甲斐のあるスタイリングが必要
島崎:またひとつSUVの銘柄が増え、グローバルでSUVの車種数はかなりになりますが、ホンダのデザインとしての統一性は持たせないのが今の戦略ですか?
中村さん:WR-Vでいうと、しっかりした地上高、広大な居住空間をいかにSUVらしく表現し、より頑丈に見える外観で包んでいるところが特徴です。ただし機種ごとにお客様が期待されるものに応じて最適なものを提案させていただいています。体幹が整って見えるところはホンダ車すべてに共通しています。
島崎:体幹、ですか?
中村さん:はい、クルマの前後の塊の重心位置が通って見える高さにあり、ダイナミックに見えるということです。
島崎:WR-Vでは?
中村さん:WR-Vは分厚い下半身が前後に通貫しています。さらにボディを輪切りにした時に“張り”のピークが前後で同じ位置にあるようになっています。灯体の位置関係も前後でひとつの中心に向かって繋がっている。
島崎:ルーフも平らですね。
中村さん:水平基調で中に乗っている時の守られ感の表現でベルトラインを高くしてボディをしっかり分厚く頑丈に見せています。
島崎:SUVらしい美意識、王道に則ったデザインですね。
中村さん:もともとクロカンから派生したSUVがどんどん進化していき、今やハッチバックやセダンとポジションが入れ替わっている。その流れの中で流麗なSUVも増えてきた。一方でお客様は「どこへでも行きたい」という気持ちを持たれていますが、その時に不安さを払拭してくれる頼り甲斐のあるスタイリングが必要なんじゃないかと考えました。
島崎:なるほど。Aピラーの付け根の位置が手前に引かれてあったり、フードがしっかり見えたりと、そういうところの安心感、扱いやすさもありそうですね。
中村さん:普通にやるとボディが分厚くなるので、フードの中央を凹ませて前方の視界を確保しつつ、左右の盛り上がりで車幅がよく見えるようにしてあります。
頑丈に見えるものはこうあるべきだ
島崎:ボディサイズは企画段階から決まっていたものですか?
中村さん:マーケットの話ですが200〜250万円の価格帯でホンダにはラインナップがありませんでした。インド生産ですが、ベースとなる車体を上手く活用しながら決めたものです。ベースはアジアで売っているシティ(注:フィットベースの小型セダン)になります。2650mmのホイールベースは専用です。
馬弓:インドと日本での販売ということですが、インドの人と日本のユーザーとでは好みは同じなのでしょうか?
中村さん:インドでは少しクラスが上のキアのセルトス(注:同じBセグメントのSUV)と比較されます。日本ではヤリスクロスやスモールクラスなど2つのレンジにまたがったところを狙っており、傾向としてはそんなところです。
馬弓:ライズ&ロッキーに当ててきたのかな?と思いましたが、WR-Vはより立派に見えて価格帯は同じところという……。
広報:日本ではエントリー層としてお客様の手の届く価格帯に導入する意図から、インドで生産の始まったこのクルマを日本へも……と手を上げた経緯がありました。
中村さん:法規対応の関係もあり、外装でいうと日本仕様のWR-Vはヴェゼルと同じドアミラーを使っています。それと一部、ドアの下にシルバーのガーニッシュが付いていますが、インド仕様はボディ同色であったりします。実は今回はデザインスケッチ、モデルの作業などはすべてインドにいる現地のメンバーがやっています。
島崎:どういう国籍の方々ですか?
中村さん:日本人は駐在員だけで、メインは20〜30歳前半の若いインド、インドネシア、タイのメンバーです。私は彼らにアドバイスをする立場で関わっていました。
島崎:なるほどそう伺うと、デザインからは日本発の機種とはひと味違う独特の空気感が感じられますね。
中村さん:ここまでストレートに頑丈さ、逞しさを表現するのは日本では憚られる。反対に向こうではそれぞれ指向の違う多国籍の人間がやっている。そういった中で「1番大事なのはこういうタフな感じだよね」とまとめられたのがこのWR-Vでした。頑丈に見えるものはこうあるべきだと正直にクリアにピュアにカタチにしたものです。
飛び道具の代わりにシートのウレタンは超リッチなもの
島崎:パッケージングというととくに理詰めの分野かと思いますが、どうぞ堅苦しくなくお話を伺わせてください。と申し上げておきつつも、このWR-Vは非常に真面目なパッケージングのクルマですよね。
黒崎さん:基本性能を磨き上げることをメインに取り組んだクルマでした。飛び道具のダイブダウンは入れていませんが……。
島崎:飛び道具?
黒崎さん:ええ。逆にダイブダウンを入れていないので、シングルフォールドで座面や背もたれの厚みの制約がないので、シートのウレタンなど超リッチなものにしました。
島崎:見るからにリッチですよね。
黒崎さん:はい。倒れるスペースもあまり関係ないので幅方向もしっかりとれて、ヒンジやメカが要らないので、シートがキレイに収まり、オシリのところに硬いものがなかったりとか、シングルフォールドのメリットを生かしました。
島崎:なるほど。
黒崎さん:シートバックの角度も、踵からヒップポイントまでの高さをもとに、座り始めと長時間乗ってオシリや足を動かしたときの姿勢のとりやすさなどを皆んなで検証して決めています。それとSUVはアイポイントの高さが街乗りでの乗りやすさに繋がりますが、反面、ヒップポイントも上がるので、乗降時のサイドシルの位置や足つき性も、無理のないところをしっかり吟味しました。モデルを作り、足元にベニヤ板を何枚か敷いて抜いたり足したりしました。
島崎:ベニヤ板で実証ですね。
黒崎さん:それと後席でいうと、タンデムディスタンスを後方に引いていくと、リアドア開口部のフランジのシールにオシリがどんどん被っていき、降りる時にヨッコイショとオシリを前に移動させながら降りなければならなくなるので、そうした関係も見ながら吟味しました。
黒崎さん:ご担当上、そういったところはすべて目配りをされた?
黒崎さん:そうですね、基本は僕からすべて提案をし、高さや位置をチームとやりながら決めました。
後席は開放感を持たせた明るい空間
島崎:インドと日本に導入ということですが、検証はどちらでされたのですか?
黒崎さん:コロナで移動ができない時期だったので、日本でモデルを作り検証しました。身長150cm半ばの小柄な方から190cmくらいの人などみんなに乗ってもらいました。
島崎:インドの方の体格というと?
黒崎さん:いいです。もともとヨーロッパから地伝いに来ている方々なので、身長の中で手足が相対的に長い。なので足の置き方、抜き方などは意識しました。
島崎:頭も出し入れも物凄く楽ですね。
黒崎さん:エクステリアも後ろまで引っ張った伸びやかなウインドゥグラフィックで無理に手前で切ったりしていません。ウインドゥもしっかり顔の横まで来るんです。なので室内の明るさをとり、埋もれ感もなく、ベルトラインも水平基調なので、エレベーションをつけなくても後席の開放感を持たせた、明るい空間を作りました。
島崎:このあたりの作り方はやはり実際のモノで検証しながらですか?
黒崎さん:そうですね。自分で開発したクルマや自社の歴代のクルマの寸法とか、他社さんのクルマの解析データとか持っていて、何となくアタリはつけられる。でも実際にエクステリア、インテリアの各領域を組み合わせたときにどういう風に感じるか?は、やっぱり1分の1モデルや先行のVRなどで確認しながら、ちょっとずつチューニングしながらの作業になります。あまりに想定から外れていると設計や生産に無理が出たり、コストが厳しくなったりします。空間の気持ちよさ+全体のバランスをみながら、ここまでだったらできる、できないの判断と調整をします。
島崎:タンブルは極端に立っていなくて、適度に、気持ちよく寝かされていますね。
黒崎さん:全高があるクルマで、ヒップポイントをあまり外に出していないんです。なので肩まわりの余裕やカップルディスタンスも見ながらやっています。ガラスを余り立てなくても頭上空間のまわりに比較的余裕があるのがわかっていましたし、ガラスを立てるとキャビンがもっと大きく見えて車格も上がって見えてしまう。そこでアンダーボディがコリッとしっかり見えて、比較的小さく見えるキャビンが載っている。でも室内に乗ってみるとウインドゥグラフィック的には広く感じる、そんなところを狙いました。
島崎:ヴェゼルよりも広いくらいでは?
黒崎さん:頭上空間は広いんですが、リア空間はこれでもヴェゼルよりもこのくらい(=親指と人さし指で小さく示した程度)小さい。ヴェゼルはタンデムディスタンスを取る方向で結果、荷室が短くクーペライクで高さ方向も低め。WR-Vは荷室は調整した分広く、高さもあり、荷室容量を稼いでいます。
長距離ドライブのために低めにしたドラポジ
島崎:そういえば後席に座ると、前席下の床面がフィットなどでおなじみの斜めになっていますね。
黒崎さん:はい。ただし下にガソリンタンクが入っている訳ではないんです。開発したタイの拠点が持っているプラットフォームを効率的に使う観点から、東南アジア向けのシティと同様です。後席の居住性、快適性はけっこう重要で、それに倣い、開発期間も短く、費用も抑えて、なるべく早く市場に出すためにそういう手法をとりました。WR-Vのヒップポイントでは、斜めのフロアがちょうどいい足置きになるんです。
馬弓:でもちゃんと足が入りますね。
黒崎さん:セダンほどではないですがドラポジは若干低いのですが、後席に乗る方の足はちゃんと入ります。ちなみにドラポジはSUV領域でいうと少し低めの設定で、実はヴェゼル、フィットよりもチューニングレベルで5mm、10mmですが低いんです。
島崎:そうなんですか。
黒崎:ドラポジは下げるほうが長距離を走る時も、ステアリングにしがみつくのではなく、肩をシートバックに押し付けてステアリングを回す、ペダルも踵をつけて微調整ができる。WR-Vは郊外やアウトドアをテーマにしていますので、長距離も乗れるクルマにしよう、と。
島崎:わかります。
黒崎さん:本当は人はヒップポイントを下げると長さ方向に座っていきますから、タンデムが短くなる。でもしっかりと居住性を確保できるように、最初からいろいろやりながら組立てました。
島崎:パッケージングの素晴らしさは乗り込んだ瞬間に実感しますよね。
黒崎さん:ありがとうございます実際に試乗される機会がありましたら、動的な性能の中で視界にもこだわりましたのでご確認ください。見切りのよさ、車両感覚のつかみやすさ、ポジションのとりやすさなど感じていただけると、より“いいクルマ感”がおわかりいただけるのではと思います。
島崎:それは楽しみです。
黒崎さん:クルマを知っている方も楽しく運転できるし、価格帯的に初めてクルマを買うお客様も多いと思うので、そういう方々には「クルマって楽しいな、乗りやすいな」と思っていただける適度なサイズ感、車両感覚の掴みやすさなどは狙ったところです。
島崎:とにかく扱いやすい、と。
黒崎さん:デザイナーが芯を通して水平方向にベルトラインを通してくれ、水平/垂直が感じやすいデザインに仕上げてくれた。駐車でモニターを見つつも斜めになったりとか、左右の線がらズレたりとか、そういうのをなくしてあげたいという思いがありました。
各数値をベストな状態でビシビシビシッと決めて仕上げた
島崎:最近のホンダ車はどれもインパネも水平の基準線がキチンと通してありますし、運転しやすいですよね。そういえばコンベンショナルなシフトレバーも使われていますね。
黒崎さん:実はインド仕様にはマニュアルがあり、ハンドブレーキとともにシフトレバーもコンソールにあります。ボタン式のシフトスイッチもできなくはないですが、金額に跳ね返ってくるのでそれは見合わせました。
馬弓:ところでダイブダウンがないことで荷室がフラットにならないのは、とくに日本では何か声が上がらないでしょうか?
黒崎さん:もちろんその声が上がるであろうことは重々承知しています。この価格帯でいうと、そういうことを望まれる方には用品などを付けていただきたいな、と。実はベビーカー、車椅子などを立たせつつ他の荷物と一緒に積めるように考えて、今は深くできる限界で荷室は作っています。スペアタイヤパンもフレームをよけるギリギリのところになっています。ゆくゆくはマイナーチェンジなどで加えたりといったことは考えていますが、まずは基本として大きく深く前後にも長い骨格を作っておき、順次対応していきたいところです。
馬弓:それと軽自動車のN-BOXには後席のスライドがあるにもかかわらず、フィットもそうですが、このWR-Vにもないのはどうしてなのでしょう?
黒崎さん:フレームの関係で、下まわりが平らじゃないとレールが入れられないのと、あのスライドレールを入れると、実はヒップポイントが50mmくらい上がってしまうんです。なので頭上空間に余裕がないクルマじゃないと結構厳しいんです。
馬弓:あれがない、これがないという話ばかりで恐縮ですが、最後にリアシートのリクライニングがないのは?
黒崎さん:本当は2段階調節式とかできれば荷室の高さも稼げるしいいのですが、衝突試験などのコストもさらにかかってきてしまう。今回はいかに早く、価格にミートするクルマをどう出すか……そのために各数値をベストな状態でビシビシビシッと決めて仕上げました。
(写真:編集部)
※記事の内容は2023年11月時点の情報で制作しています。