暑さ寒さも彼岸まで。暑さが落ち着いてくる9月以降は体を動かしやすくなるうえ、標高の高いところから徐々に葉が色づき空気が澄んで遠くまで見通せるようになるなど、登山が特に楽しい時期になるかと思います。
一方、太平洋高気圧が退くことで日本列島にはたびたび台風が近づくようになります。これまでも台風による遭難事故がたびたび発生し、少なくない方が亡くなっています。今回は、山岳における台風の危険性について解説します。
台風接近 山の上では平地以上に風が強くなる
台風は国際宇宙ステーションからでもはっきり観察できる現象で、『超大型』の台風になると半径800キロメートル以上に及ぶ非常に大きな面積の強風域を伴います。一方で、雲の高さは高くても15キロメートル程度しかなく、まるでCDのような立体構造をしています。
CDの中心の穴を台風の「眼」だとすると、最も風雨が強く、厳しい現象が起きやすいのが眼のすぐ外側を取り巻く「アイウォール」と呼ばれる積乱雲の周辺です。中でも台風の進行方向の右半分は危険半円と呼ばれ、左半分に比べると風が強まる傾向があります。
さらに高さ別に風の強さの分布を見ると、平野部などの平地付近よりも上空1500メートルから3000メートル付近のほうが風の強い傾向があります。地表付近では地面との摩擦力が働いて風にブレーキがかかるためです。このことから、日本の一般的な山岳では都市部などの平地以上に山腹や稜線で台風接近時の風が強まると考えられます。
一般に、風速15メートル以上で風に向かって歩きにくくなり、風速20メートルを超えると何かにつかまっていないと立つことさえできなくなります。台風の強風域が平均風速15メートル以上、暴風域では平均風速25メートル以上(それぞれ地上の風速が基準)になりますから、台風接近時の登山がいかに危険かわかるかと思います。
温帯低気圧化=衰弱ではない
台風は熱帯の暖かい海域で発生、発達します。北上する台風は日本付近の偏西風が吹く緯度にさしかかると「眼」をはじめとする台風らしい特徴を失っていき、やがて温帯低気圧へと変わります。
台風が温帯低気圧に変わるということは、低気圧として弱くなったことを意味するのでしょうか。それは正しくありません。台風が温帯低気圧に変わるということは「熱帯低気圧の特徴」が失われて「温帯低気圧の特徴」を持つことであり、強弱の変化とは無関係です。むしろ、温帯低気圧としての特徴である「前線」が発生することで、強い風の吹く範囲が広がったり、再び風が強まったりする場合があります。
また、台風が温帯低気圧化すると低気圧やそれに伴う前線に向かって寒気が流れ込むようになるため、山岳では急激に気温が下がって、初秋であっても急に吹雪となる場合も起こりえます。上の天気図では、台風から変わった温帯低気圧が急発達し西高東低(冬型)の気圧配置となっています。翌10月31日には甲府で初霜を観測するなど、この日は全国的に冷え、山の上では雪の降ったところもあったのではないかと思われます。台風から変わる温帯低気圧は、山岳の季節を一気に進めるきっかけになることがあるのです。
気象庁の台風情報は徐々に進化している
テレビなどの各メディアでは気象予報士が日々天気解説を行っていますが、こと台風に関しては予報をしていいのは気象庁に限るという決まりがあります。台風は甚大な影響が及ぶ可能性がある現象なので、様々な人が勝手に台風に関する予報を発表して混乱が生じる事態を避けるためです。そのため各メディアでは気象庁が発表する台風情報を発信していますが、実はこの台風情報は気づかれないうちに以前に比べると進化しています。
平成21年にはそれまで3日先までだった進路予想が5日先まで発表されるようになりました。そして平成31年には強度予報と暴風警戒域の予想も5日先まで延長されるようになり、より先の未来の予報を詳細に確認することができるようになっています。
またスーパーコンピュータシステムの計算能力の向上や予報技術の進歩に伴って、台風の進路のブレ幅も小さくなったことから、予報円の大きさも小さくなる傾向です。予報円とは、70パーセントの確率で台風の中心がその中に到達すると予想される範囲のことです。予報円の大きさが小さくなるということは、進路の予想にぶれが少ないということになり、予想の信頼性が高いことを意味します。このように台風情報は年々進化しており、現在も新しい技術の試行錯誤が続いています。将来はさらに精度の高い情報が発表されることになるかもしれません。
台風情報を上手に使って、この秋も安全な登山を楽しんでほしいと思います。