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盆の迎え火は生者の心を照らすもの~平安文学に見られるお盆~


東京などでは、もう今年のお盆は済みましたが、七夕と同じく旧暦でお盆を催す地方も多く、初秋に属する行事です。亡くなった方のある家庭では、お盆提灯を下げ、茄子の牛とキュウリの馬を立て野菜などを供物にして、麻幹(おがら)という皮をはいだ麻の茎を焚いて、死者を冥土から迎え、送り返します。いつもの年であれば、久しぶりに家族が集まり、思い出をゆっくりと語る時です。平安文学でのお盆の例は限られていますが、今回はそれらをご紹介します。


正式名称は、盂蘭盆。その由来

通称は“お盆”ですが、正式には“盂蘭盆(うらぼん)”と言い、「仏説盂蘭盆経(ぶっせつうらぼんきょう)」という経典に基づく仏教行事です。以下は、その経典からの要点です。

釈迦の弟子の一人の目蓮は、死後に餓鬼道に落ちた母のために差し出した飯が、母の口に入る前に炭になってしまう。目蓮の悲嘆に応じた仏は、「汝(なんじ)が母、罪重し、汝一人のいかんともするところにあらざるなり。まさに十方衆僧の威神の力をたのむべし」と言い、これによって、七月十五日には十方衆僧が、厄難を受けている七代の父母のために百味・五菓を供えて供養することになって、その後、「目蓮の母、一切餓鬼の苦を脱するを得たり」とあります。これが現在に続く盂蘭盆の起源で、古代中国の年中行事を記す「荊楚歳時記(けいそさいじき)」にも、「七月十五日、僧尼道俗、ことごとく盆を営み、諸寺に供す」とあります。日本では、推古天皇14年(606)が初めで、斉明天皇3年(657)に飛鳥寺西に須弥山像を作り、盂蘭盆会を設けたとあり(日本書紀)、平安時代には宮廷行事としての整備が進められ、貴族達の世界へと広がりました。


平安文学の盂蘭盆

平安文学での盂蘭盆の記述は少なく、まず栄花物語の「音楽」の巻に、「殿の御前、御堂御堂の僧ども召して、御誦経ども申し上げさせたまふ」と、藤原道長が栄華の象徴として建立した法成寺の阿弥陀堂で催された盂蘭盆の記述があります。

他には、宇津保物語の「内侍のかみ」で、相撲の節会を準備する中、直前の盂蘭盆について、「『いかにぞ御盆ども例の数候ふや』。義則いふ。『御盆は早稲の米を仰せにつかはせ』…」と、供物について触れている記述があります。

蜻蛉日記は、当時最大の権力者となる藤原兼家の妻となった女性の、離れて行く夫への苦悩を主に記した回想日記ですが、三カ所で盆の記事があります。まず上巻で、応和2年(962)作者が27歳、結婚して9年目です。体調を回復しようと作者が寺に詣でる場面で、盆の準備に何やら見たことのない格好で物を背負って集まる庶民の姿を夫とともに見て和む場面です。

〈例もものする山寺へ登る。十五、六日になりぬれば、盆などするほどになりにけり。見れば、あやしき様に担ひ戴き、様々にいそぎつつ集まるを、諸共に見て、あはれがりも、笑ひもす。〉

次は中巻です。天禄元年(970)作者35歳で、別に住む夫の訪れの絶え間が長くなる日々、盆が間近になったころです。

〈七月十余日にもなりぬれば、世の人の騒ぐままに、盆のこと、年ごろは政所(まんどころ)にものしつるも、離れやしぬらんと、あはれ、亡き人も悲しうおぼすらんかし、しばし心みて、斎(とき)もせんかしと思ひ続くるに、涙のみ垂り暮らすに、例のごと調じて、文添ひてあり。 「亡(な)き人をこそおぼし忘れざりけれと、惜しからで悲しき物になん」と書きて、ものしけり。〉

政所は貴族の家の事務を扱う所で、以前はあった夫の政所からの盆の準備がないのかと、6年前に亡くなった作者の母も悲しんでいるだろうと思いつつ、供える食事(斎)の用意をしようと泣き暮らしていたら、以前のように盆の用意をして手紙も添えてあり、それに、亡き母をお忘れではなかったと思いつつ、今さら惜しくないにしてもお出でがなく悲しいと返事をしたとの内容です。

夫婦仲の冷えた様子、夫の配慮にも素直には喜べない作者の心があざやかに読み取れます。

最後は、下巻です。前の記事の三年後の38歳の時です。

〈七月十よ日になりて、客人(まろうど)帰りぬれば、なごりなうつれづれにて、盆のことの料など、様々に嘆く人々のいきざしを聞くも、あはれにもあり、安からずもあり。 四日、例のごと調じて、政所の送り文添へてあり。いつまでかうだにと、物は言はで思ふ。〉

作者方にしばらく滞在していた父方親族が去って、急に寂しくなった頃、間近な盆の供物などのことで嘆く周囲の吐息に不安を募らせていたが、四日にいつも通り夫の政所から、盆の用意に文を添えて送られてきて、しかし、これがいつまで続くかと作者は言葉に出さず思う、という内容です。

ここでは、上に掲げた時期以上に、夫・兼家との仲が疎遠さを増しているとわかります。長い年月に渡って毎年同じ時期に繰り返される行事だから、その時々の人物の状況が自然と反映されることになりました。


平安和歌の盂蘭盆

平安和歌での盂蘭盆は、次に掲げる枕草子の一章段に見える一首が知られるのみです。

〈右衛門の尉(じょう)なりける者の、えせなる男親を持たりて、人の見るに面伏せなりと苦しう思ひけるが、伊予の国より上るとて、浪に落とし入れけるを、「人の心ばかり、あさましかりけることなし」とあさましがるほどに、七月十五日、盆たてまつるとていそぐを見給ひて、道命阿闍梨(どうみょうあざり)、

わたつ海に親押し入れてこの主(ぬし)の 盆する見るぞあはれなりける。

とよみ給ひけんこそをかしけれ。〉

子による親殺しから始まる話で、すんなり読みにくい内容です。同じ話は後に続詞花和歌集、古本説話集・世継物語にも入れられていて、また、上に掲げた本文と字句に若干差がある枕草子の他の本の記述を含めて、大体の内容を筆者の理解でたどってみます。

右衛門府の三等官だった男が、自分の父を人並みにはひどく劣っていると恥じて、伊予(愛媛)から京への船旅で海に落として殺してしまったという。それを人は人間の心の低劣さとあきれていたが、何とその男が盆供養の準備をするのを僧侶で歌人の道命が見て歌を詠んだ。海に親を押し込んだ本人が盆供養をするのを見るとは痛ましいことだ、というもので、興味を惹かれることだ。

この話では、男が「右衛門の尉」と具体的で、人間の心の本質を「あさまし」と評するのももっともらしいにもかかわらず、親殺しへの処罰はまったくないという、現代では信じがたい内容です。あるいは出所不明の話から道命が和歌を詠んだに過ぎないのかもしれません。事柄を評価する和歌の「あはれ」や、章段末尾の「をかし」にも様々な理解がありそうです。

話の中心は外聞ばかりを重んじる子が親を殺しながら、盆供養をするという皮肉を語っています。しかし、ここの和歌は続詞花和歌集で「戯笑」という部立に入っています。辞書で「戯笑」とは、「戯れ笑うこと」「滑稽。諧謔。」とあり、親殺しとはあまりにかけ離れて感じられます。その違和感を解くヒントは盂蘭盆の語にあるのかもしれません。

京都五山の送り火 鳥居

京都五山の送り火 鳥居

盂蘭盆とは梵語のウランバナの音訳で、本来の意味は「倒懸」、つまり逆さ吊りのことで、餓鬼道に落ちた親の苦しむ様を表すとされます。この意を含めて道命の歌を解釈すると、子が親を頭から海に落とし込み、親は冥界でも逆さ吊りの苦を味わっているのを、件の子が救おうとするとは、あわれなことよ、となります。ここで逆さ吊りが二度重なったことに戯笑とされる理由があるのかと思います。しかし、笑いと言うには強い毒のあるニヒルな人間認識をも思わせられます。

先に紹介した蜻蛉日記の作者は道綱母と呼ばれる女性ですが、和歌を詠んだ道命は道綱の子、つまり蜻蛉日記作者の孫にあたります。

比叡山で僧としての修行を積み、晩年には大阪にある天王寺の別当という重職に就きました。読経の声が素晴らしく、説話世界では破戒僧ともされ、真偽はともかく和泉式部と通じたとも言われています。芥川龍之介が道命のことを、「道祖問答」という小説に書いています。僧侶としても歌人としても枠にとらわれない自由さがあり、和歌に諧謔性を求めたのも道命の特色です。そうした道命らしい和歌を家集から一例示してみます。

〈ところの、木の枝のやうにて一尺ばかりなるを、人のもとに

音にきく高麗もろこしは広くとも かかるところはあらじとぞ思ふ〉

これは、30センチを越す巨大な「ところ(野老=ヤマイモの一種)」を人に贈るのに付けた歌ですが、広さとしての「所」を懸けて、「高麗もろこし」の国土と比べ、その大きさを軽妙に強調して詠んでいます。しかし、題材がまったく異なるためでしょうか、「わたつみ……」のようなブラックユーモアのような面はありません。むしろ、道命らしさとは、伝統とか常識の縛りにとらわれない点で、「わたつみ……」の歌も、仏教教義をそのまま人間世界に当てはめるのではなく、彼なりの関心の持ち方で事柄を捉えて示しつつ、人間の心の最も底辺にある世界をあえて人々に意識させ、人間の本質への自覚を促しているということかもしれません。

盂蘭盆は、本来は亡くなった親族のための行事ですが、むしろ、それを迎える生者の心の有り様を照らし出すもののようです。死者に恥じることない生者であることが大事だと教えられる気がします。



参照文献

平安朝の年中行事 山中 裕 著 (塙書房)

荊楚歳時記  宗 懍 守屋 美都雄 訳注(平凡社 東洋文庫)

うつほ物語、栄花物語、枕草子(小学館 新編日本古典文学全集)

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