しばらく雨が続くうっとうしい陽気が続きます。5月末に「6月の詩歌 ──昼寝がしたくなる梅雨の季節」をご紹介しましたが、湿気のせいか、気温のせいか、なんとなく全身がけだるいこの時季は、つい昼寝をしたくなりますし、そういえば電車やバスの車中でも、心地好い睡魔にさそわれこっくりこっくり船をこいでいる人をよくみかけますね。
今回はそんな季節の、お昼寝と夢を題材にした落語をご紹介しましょう。
「おまえ、おこっちゃいけないよ」と話した夢の内容とは?
ある店の若旦那が奥でウトウトと昼寝をしています。
女房が風邪でもひくといけません、と体を気遣って若旦那起こすと、若旦那は「なんで起こしたんだ、布団でもかけてくれればいいじゃないか。もう少しというところだったのに…」とご機嫌斜め。
女房が「なんか面白い夢で見ていたんでしょう。聞かせてください」というので、「おまえ、おこっちゃいけないよ」とクギを指して、夢の話を女房にします。
── 向島に用足しにいったら、夕立にあった。お得意様のお家で雨宿りをさせてもらうと、美しい女主人が出てきて、勧められてお酒も出る、ご馳走も出る。お酒に弱い若旦那は、たちまち酔ってしまって気分が悪くなってしまいます。布団を敷いてもらうと、何と!その女主人が布団に入ってきた!……そこで起こされちまったんだよ!──
若旦那が昼寝中に見たのは美しい女主人。夫婦ゲンカの顛末は?
これが若旦那の見た夢の話だったのです。他愛がありません。
ところが女房は、「普段からそんなことがあるといいな、と思っているんでしょう」と夢にやきもちを焼き、しまいには怒り出して、ケンカになってしまいます。
仲裁に入った大旦那(若旦那のお父さん)に女房がたのみこみます。それは、若旦那の見た夢の中に行って、「そんなふしだらなことをして……」とその女主人に意見してやってください、という無理な注文なのでした。
「淡島様の上の句」を読むと、他人の夢のなかに入れる?
そこで、女房が「淡島様の上の句を読み上げて寝ると、他人の夢のなかに入ることができると聞きました」といいだします。江戸時代にそんなおまじないがあったようです。
淡島様の上の句とは「われたのむ 人の悩みの なごめずば 世にあはしまの 神といはれじ」という古い歌の前半のこと。歌の意味は、「私を頼む人の悩みを慰めることができないのなら、世間に淡島様などと言われたりはしない(だから私に任せておきなさい)」といった意味でしょう。
淡島様は、和歌山県の淡嶋神社(和歌山市加太)を総本山とする淡嶋神のこと。安産祈願、婦人病治療などに霊験(れいげん)があり、あらゆる女性の悩みごとを聞いてくれる、という信仰があったようです。東京の浅草寺にも淡島神をまつったお堂が現存しています。
さて、噺に戻りましょう。
おまじないのおかげか、大旦那は首尾よく夢の女主人に会うことができました。
「倅(せがれ)が先ほどは失礼しまして…」という大旦那に女主人は「まあまあお上がりください」というわけで、早速お酒があるまわれることになるのですが、お湯がわいていないので、おかんをつけることができません。
「冷やでもよろしいですか」
「いえ私は冷やは飲まないことにしています」
そこで、大旦那は女房に起こされてしまいます。
目がさめた大旦那は「ああ、冷やでもよかった…」というのが、この噺の落ち。
バカバカしいような夢の話と女性の嫉妬が組み合わされて、よく練られた話です。先代の桂文楽が得意としていました。
── うっとうしい雨がしとしと降る中、お昼寝して風邪など引かないよう、気をつけましょう。