厳しい冷え込みが続く中、今年も『忠臣蔵』を見聞きする季節になりました。12月14日は赤穂義士の討入りの日。義士らの中には俳人も多く、のちに俳句を組み込んだ忠臣蔵ものの物語も作られたほどです。義士たちと俳句の、意外なエピソードを探ってみましょう。
「義士会」は冬の季語、では「義士祭」は?
元禄十五(1703)年12月14日。大石内蔵助ら赤穂義士四十七人が、江戸本所松坂町の吉良上野介邸を襲い、主君浅野長矩の仇を報いた日です。後にその挙を偲ぶ会が「義士会」の名で催され、今日まで続けられています。「義士会」「義士討入の日」「吉良忌」は冬の季語。さまざまに、討ち入りに思いを馳せた句が詠まれてきました。
・討入の日の徳利を置きにけり 岸本尚毅
・義士の日の炎ひとふきでは消えず 平野貴
・吉良方も偲ぶ日なかや討入忌 平川雅也
播州赤穂浅野家の菩提所であった泉岳寺には主君浅野長矩と赤穂義士が眠り、12月14日は赤穂義士祭が行われます。泉岳寺では義士祭は年に2回あり、ほかは4月にも開催され、遺品の展示もあり賑わいます。そのせいなのか、実は「義士祭(ぎしさい・ぎしまつり)」は春の季語なんです。ちょっと不思議ですね。歳時記によっては、「義士祭」まで冬の季語にしているケースもあるようですが、義士たちを偲ぶ思いが詠まれていることは、どの句にも共通します。
・義士祭の渦中にゐたり火消衆 北澤瑞史
・義士祭の太鼓玩具として打たる 岸 風三楼
・義士祭の煙しみたる群動く 福島 胖
あした待たるるこの宝船――都会派、大高源吾
元禄十五年12月13日、つまり討ち入りの前日、赤穂義士の中のひとり大高源吾が両国橋の上で、俳句の師匠宝井其角(たからいきかく)に出会う。煤竹売りに変装して吉良邸の様子を伺っていた源吾に其角が、
「年の瀬や水の流れも人の身も」
という一句を示すと、
「あした待たるるその宝船」
と返して討ち入りを暗示した。そんなエピソードが歌舞伎『松浦の太鼓』に登場しますが、実はこの話はフィクションだったようです。もっとも、実在した宝井其角は、松尾芭蕉の高弟。元禄七年の芭蕉の没後、江戸で洒落風といわれる、独自の都会的なセンスをもった一派を発展させていました。
大高源吾は、俳号を「子葉」といい、義士の中の俳人として最も有名な人物。実際には其角ではなく、当時の江戸俳壇で、其角とは別の一派を成していた水間沾徳(みずませんとく)の弟子でした。源吾は、主君内匠頭の参勤交代をサポートし、江戸と赤穂を何度も往復。その間の俳諧紀行日記まで記していたようで、都会派のセンスを持っていたのでしょう。また、討ち入り計画を急進化させた堀部安兵衛らと緊密に連絡を取り、大石内蔵助の決心を促したという、プロジェクトマネージャーとしての器も備えていました。
そんな源吾が、子葉として残した句。
・山を抜く力も折れて松の雪
討ち入りの一週間ほど前の作。仇討ちの本懐を遂げたのちの心境を、雪の松に託しています。
・梅でのむ茶屋もあるべし死出の山
元禄十六年2月4日、切腹の日の、正真正銘の辞世の句です。「冥土にあるという死出の山には、梅を見ながら酒を飲む茶屋もあるであろう」と。享年三十二。「あした待たるるその宝船」を巡る其角との虚構を、さもありなんと納得させる人物でした。
赤穂義士の俳人たち
赤穂義士のうち、俳号を持つ者は「十指に余る」とされたそうです。子葉のほかの人物と俳号(以下「」内)も、一部ご紹介しましょう。
大石内蔵助 「可笑」
冨森助右衛門 「春帆」
神崎与五郎 「竹平」
萱(茅)野三平 「涓泉」
茅野和助 「禿峰」
吉田忠左衛門 「白砂」
間十次郎 「如柳」
浅野家がまだ平穏な時代に、子葉・大高源吾がリーダーとなり、『元禄播赤歌仙』と銘打つ句会を開いた、楽し気な記録も残っています。
歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」の早野勘平のモデルとなった萱野三平は、実際には義士に加わろうとしたが父に反対され、二十八歳の若さで自刃した人物。涓泉(けんせん)と号して、やはり討ち入りなど思いも及ばなかったであろう時期に、瑞々しい句を残しています。
・ちる花や先(まづ)前帯や発菩提
・勝尾寺の庇間寒し茨(ばら)の花
・春の野や何につられてうはのそら
元禄の「かぶき者」の空気を存分に吸った俳人義士は豊かな感受性に恵まれ、俳諧の分野で自己表現していました。活気に満ちていた赤穂藩の、討ち入り前の風雅な世界。その背景は、その後の彼らの運命に、どう影響したのでしょうか。俳句の視点から観る忠臣蔵の物語も、奥深いものがありますね。
引用及び参考文献:
野口 武彦(著)『忠臣蔵まで――「喧嘩」から見た日本人』(講談社)
野口 武彦(著)『花の忠臣蔵』(講談社)
復本 一郎(著) 『俳句忠臣蔵』(新潮社)
阿部 達二 (著)『江戸川柳で読む忠臣蔵』(文芸春秋)
『カラー版 新日本大歳時記 冬』(講談社)
『第三版 俳句歳時記 春の部』(角川書店)