<宇宙からみた気象現象シリーズ第三弾>日本国内でもその被害状況が大きく報道された、2016年10月にカリブ海域を襲ったハリケーン「マシュー(MATTHEW)」についてリポートします。全球降水観測計画(GPM)主衛星の観測がとらえた、当時のハリケーンの威力を解説するとともに、気象衛星の観測技術を使った、世界的な防災・減災への取り組みをお伝えします。
●過去10年間で最大級の強さと被害をもたらしたハリケーン・マシュー
2016年は、日本でも台風による大きな爪あとが残る年となりましたが、日本だけでなく北大西洋やカリブ海の地域でも、台風と同じ熱帯低気圧であるハリケーンによる大きな被害が発生した年でした。10月初旬を中心に猛威を振るったハリケーン「マシュー(MATTHEW)」は、いったいどれほどの勢力だったのでしょうか。
9月29日に発生したマシューは、同月30日に、ハリケーンの強さをあらわす『シンプソン・スケール』で最大の“カテゴリー5”まで発達しました。カテゴリー5は、1分間の平均風速が70m/sで、日本で言う台風の強さとしては最も強い“猛烈な台風”とほぼ同じ階級と言えます。カテゴリー5まで発達したハリケーンとしては、2007年の「フェリックス(Felix)」以来でした。各地で「過去10年において最大級のハリケーン」と報じられ、当時のアメリカ大統領・オバマ氏が非常事態宣言を発令したことも多くの方の記憶に残っているでしょう。マシューは最大勢力まで発達した後、10月4日にはカテゴリー4の勢力でハイチに上陸、7日にフロリダ州に接近しました。その被害は甚大で、ハイチでは540人以上、米国南東部では40人以上が死亡したと報じられました。
さらに世界気象機関(WMO)は、『2016年の気候変動に関する報告(暫定)』の中で、「2016年の最も致命的な出来事は“ハリケーン・マシュー”であった。一年を通じて、極端な気象現象が全世界で社会の経済的損失をもたらした。」と、マシューがもたらした被害の甚大さを伝えるとともに、地球温暖化との関係性も示唆しました。(WMO, プレスリリース「Provisional WMO Statement on the Status of the Global Climate in 2016」より, 現地時刻2016年11月14日発表)
●対流圏界面まで発達していた!?DPRがとらえたマシューの脅威
GPM主衛星に搭載された二周波降水レーダ(DPR)による降水の3D分布図で、ハイチに上陸する前の10月2日のマシューのようすを見てみましょう。これは、左が北、右が南で、ハリケーンの東側半分の観測データです。なお、左側に見えているのが、ハイチがあるイスパニョーラ島です。
ハリケーンの東縁付近の鉛直構造をみると、積乱雲がいくつも並んでいるようすがわかります。その中で特に赤くなっている積乱雲の雲頂が高度約17kmまで達しており、この地域で非常に強い雨を降らせていたことがわかります。実はこの17kmは、この辺りの“対流圏界面”とほぼ同じ高さです。つまりこの時、積乱雲は、発達限界である圏界面付近まで達していたということになります。通常、ハリケーンの眼の壁雲が対流圏界面付近まで達することはありますが、その周りのスパイラルバンド(らせん状の雲)はそれよりも低くなることが一般的です。当時、特にハリケーンの中心の東側で、貿易風と南からの風が収束していたために、かなり積乱雲が発達しやすい状態になっていたと考えられます。
そしてアメリカのNASAは、当時10月3日の時点で、DPRの観測結果から「観測されたハリケーン・マシューの強水域が、ハイチなどに豪雨を引き起こす可能性がある」として、警告を行いました。(NASA, ハリケーンと熱帯低気圧のミッション「NASA Sees Hurricane Matthew Producing Dangerous Rainfall」より)
●地上のレーダで見えない海上のハリケーンを宇宙から
アメリカの気象庁にあたるアメリカ国立気象局(NWS)では、ドップラー・レーダによる雨の観測網を整備しています。アメリカ国内だけではなくキューバなどにも配置をしているのですが、レーダは地上に設置するため、観測範囲に限界があり、ハリケーンが存在する北大西洋やカリブ海全域をカバーすることはできません。
そこで、レーダ観測ができない地域をカバーするための技術としても、気象衛星が大きく活躍しています。複数の気象衛星の情報を組み合わせることで、ほぼ全球の降水分布を観測することができます。今回のマシューに関しても、ハイチに接近する前はNWSのドップラー・レーダの観測範囲外でしたが、この「衛星全球降水マップ(GSMaP)」と呼ばれる技術が、発生期間を通じてしっかりと雨のようすをとらえていました。ハリケーン・マシューにより、残念ながら多くの被害が発生してしまいましたが、こうした観測技術がなければ、被害は更に拡大していたことでしょう。
先にもお伝えしたとおり、昨年2016年は、エルニーニョに加えて地球温暖化の影響が重なり、世界各地で極端な気象現象が多く発生した年でした。今後も、ハリケーンや台風などによってもたらされる気象災害は、世界のどこで起こるかわかりません。最先端の観測技術によって、世界的に防災・減災につなげるための取り組みが、今、始まっています。