
<巨人0-3阪神>◇16日◇東京ドーム
ミスターの教えを胸に、特別な試合での敗戦にも上を向いた。今季最多4万2403人の観客が詰めかけた「長嶋茂雄終身名誉監督追悼試合」で首位阪神に完敗。それでも、左肘靱帯(じんたい)損傷で離脱していた岡本和真内野手(29)が「4番三塁」で1軍復帰するなど、今後へ向けて明るい話題もある。6月3日に89歳で亡くなった長嶋茂雄さんへ弔い星こそ届けることはできなかったが、阿部慎之助監督(46)は「素晴らしい1日だった」と前を向いた。
◇ ◇ ◇
「すごく喜んでいます!」。昨夏だった。セコム社の担当者は、その報告に胸をなで下ろし、高揚感に浸った。長嶋さんがそのCM案を歓迎してくれたと、事務所つてに聞いた。前日に提案したばかりだった。
同社のアンバサダーを35年間務めてきた長嶋さん。今年、新たにそのポジションに大谷翔平が加わった。コーポレート広報部の梶谷忠さんは「巨人を超えて愛された方。いまチーム問わずに応援される、スーパースター像に合致する存在は大谷さんしかいない」と起用理由を説明する。
共演するCMを作りたい-。資料をあさり、60年前、長嶋さんにドジャースからオファーがあったと知った。いま米国で大活躍する男を投手に、米国から熱望された男を打者に、時を超えた「夢の対決」。その案を伝えたのが昨夏。ミスターは誰よりも喜んでくれた。
2人は以前から一緒に食事するなど親交があった。セコム社のHPで続けたコラム「月刊 長嶋茂雄」の最終回も、二刀流への期待にあふれる。17年11月、日本ハムから大リーグ挑戦を決め、移籍先が決まる直前だった。候補球団として推したのがドジャース。DH制なしのナ・リーグ(当時)では二刀流継続は難しいとの見方もある中、「一刀流に流されてしまうのでしょうか? そうとは限りません」と断言。「選手の1人1人が選択の幅を持っている」チームと評した。
CMはCGで当時の姿を再現したが、長嶋さんらしいこだわりがあった。オファーがあった20代後半の写真を基にすると「少し怖く見えてしまうかな」。険しい顔ではなく、現役後半の柔らかい表情をと望んだ。梶谷さんは「第一にするファンにどう見えるか。その姿勢はこの時も同じでした」と感銘を受けた。
CM発表から約3カ月後、球界の太陽はこの世を去った。それから数日後、大谷は「野球への情熱というものを、現役の僕らが次の世代につないでいければいい」と使命感を語った。3月15日、ドジャースと巨人のプレシーズンゲームが行われた東京ドームで会ったのが2人の最後になった。
「大谷選手、これからも多くの野球ファンの希望であり続けてください」。CM共演にあたり、長嶋さんが送ったメッセージの最後は、そう締められている。「セコム、してますか?」。CMで重なった声のように、スーパースターの系譜は受け継がれていく。【阿部健吾】