
1番打者として阪神の首位快走をけん引する近本光司外野手(30)の個性は“愛棒”に出ている。阪神の旬な話題を掘り下げる日刊スポーツの随時企画「虎を深掘り。」の25年シーズン第8回は、6月7日のオリックス戦(甲子園)で球団日本人最速の861試合で1000安打を達成した近本選手のバットの秘密。大学時代からモデルを変えない打ち出の小づちは、驚きの長距離打者タイプだった。【取材・構成=柏原誠】
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近本はファウルのあと、打撃を終えたあと、必ずバットについた打球痕を確認する。その姿はバットと会話しているかのようだ。
重心が先端に寄り、手元は細く、先にいくほど太い。イチロー・モデルのように先端は丸みがなく、平らに切っている。171センチと小柄な近本のバットにしては意外にも思えるが「長距離打者」が使うタイプだ。
大学時代からバットを提供する株式会社ヤナセインターナショナル(以下ヤナセ)担当者の北村裕さん(50)は「うちが作っているバットの中ではかなり先端が重い。あのバットを扱えているのがすごい。感じ方は十人十色ですが、彼の場合は、体の動きと先端バランスのバットがバチッと合っているんじゃないでしょうか」と目を丸くする。
ヤナセとの出会いは運命的だった。淡路島の幼なじみで、神港学園(兵庫)で通算107本塁打を放った山本大貴さん(30)が、JR西日本で同社のバットを使用。関学大2年だった近本が投手から野手に転向すると聞き、「友人が野手になるから」とつないでくれた。握った瞬間、フィーリングがばっちり合ったという。山本さんは、ほどなく引退。180センチの大型スラッガーから、ヤナセ社製を受け継ぐ形になった。
小柄で俊足の選手は、操作性の高いバットを選ぶ傾向があるが、長打力も備える近本はそうではない。構えた時にヘッドを投手側に倒しているのは大きな特徴。ヘッドの重みをしっかり感じながら振りにいくスタイルだ。大阪ガス時代は「5番」も打った。長距離タイプのバットを長く持って、長打を連発していた。
重量は890~900グラム。現在はこぶし1つ分短く持つため、長さは当初の84・5センチから86センチに伸びた。だが、形状は最初に渡されてから全く変わっていない。別タイプを試したことはあっても、すぐに元の形に戻した。フォーム改良にはどこまでも貪欲だが、バットには一本筋を通すあたりが、打撃の職人らしい。
今年4月に日米でブームとなったトルピード(魚雷)バットにも全くの無関心。同バットは手元重心のため、打法と合わないことも一因だが、そもそもシーズン中にそんなチャレンジをする気がない。
その打撃技術を語る上で、芸術的な内角打ちは欠かせない。見送ればボールの内角高めでも、うまく芯を合わせてフェアゾーンに運ぶ。トップバランスでは難しい操作のはずだが、折ることもほとんどない。そんな厳しい球をためらわず打ちにいく理由を聞くと、「タイミングが合っていたから」とサラリと答える。
試合のベンチ裏には必ず、黒いプラスチック製の10本収容可能なバットケースを持ち込む。ヤナセの創業者で22年に72歳で亡くなった柳瀬隆臣さんに、プロ入りのお祝いでプレゼントされた特製品だ。柳瀬さんが米国製のライフル収納ケースを見て、契約するオリックス福田周平と近本のために作製。バットとともに“珍品”のケースも7年間、大事に使用してきた。
プロ7年目、6月7日のオリックス戦で、球団日本人最速の861試合で1000安打を達成した。近本は「自分に合うバットなんて、そう何本もないです」と言う。もはや体の一部。長い旅路をともにする、まさに相棒だ。【柏原誠】