
Jリーグのクラブは、さまざまな社会課題とも向き合っている。試合当日の試合会場では、さまざまなイベントや取り組みが行われていることを知っているようで知らなかった。あらためてそんなことを実感した。
5月6日のゴールデンウイーク最終日。明治安田J1第15節・東京ヴェルディ対横浜FC戦。あいにくの雨だったが、東京・味の素スタジアムでは試合開始の3時間前、主催者の東京Vが「Green Heart Roomサッカー教室」を実施していた。
「グリーン・ハート・ルーム」とは、ヴェルディがスタジアムに独自に設置している「センサリールーム」のこと。
そのセンサリールームとは?
それは聴覚や視覚など感覚過敏の症状がある人、その家族が安心して過ごせる空間、部屋のことを言う。
ヴェルディでは自閉症や感覚過敏の人だけではなく、さまざまな障がいや疾患、何かしらの事情でスタジアムに行くことに心理的なハードルを感じている家族のために「グリーン・ハート・ルーム」を味の素スタジアムに設置。2021年から開始し、年間数試合のペースで実施している。
ただ、サニタリールームを設置するには多くの費用がかかる。そこで協賛企業だけでなく、一般公募でサッカー教室に参加してもらい、その参加費を使うことで「グリーン・ハート・ルーム」の設置に充てている。
イベントのリーダーとなっていたのが東京Vの障がい者スポーツ専門コーチ、中村一昭さんだ。
「昨年オランダに行ってスポーツと障がいの現場を見たことで、発想の転換に気づきました。市民が協力することで新たな取り組みができるのではと考え、今回の教室につながりました」
130人ほどの募集枠はすぐ埋まり、幼稚園児から小学生が参加した。この参加費を使って2家族を招待することになった。ゴール裏のスペースを使っての教室終了後、スタンド下の屋内スペースへ場所を移し、簡単な贈呈セレモニーが行われた。
教室に参加した子供たちの前に招待された2家族が向き合い、目録のパネルが手渡された。そこに狙いがある。
「低年齢の頃から社会貢献を意識することに意味があります。そして実際に(家族と)対面することで認め合える」と中村さんは言う。
これらはオランダへの視察で学びを得た。欧州には障がい者がスポーツを楽しむ場や選択肢が多くあるという。スポーツコンシェルジュという役割を務める人もおり、環境や情報を与えてくれるという。そして何より、ボランティアの精神が強いのだという。
インクルーシブ社会へ日本もより進んでいくため、低年齢から状況や立場の異なる者同士が触れ合い、互いを意識しておくことが大事だという。ヴェルディ自体、日頃から地域活動として障がい者施設とも連携し、さまざまなスポーツ教室の場を提供。日本一インクルーシブなクラブを目指している。
「グリーン・ハート・ルーム」はその名の通り、ヴェルディカラーに彩られた部屋だった。さまざまな工夫が凝らされ、自宅のリビングで過ごすかのような配慮の利いた空間だった。もともと「緑」は安らぎやリラックス効果を与える。担当社は事前に家族からヒアリングし、より楽しめる備品もそろえているのだという。
周囲に気兼ねなく室内で気軽に過ごせる上に、透明扉の向こう側では迫力あるプロの試合が行われている。付き添う家族は部屋の外に設置された席で熱気を感じることもできる。まさに忘れられない「スペシャルな一日」となる。
中村さんは「障がいのある人も、(付き添いの)ホスピスの人もそうですし、なかなか家から出られない人とか、いろんな方が利用になられます。このグリーン・ハート・ルームを利用することで、何かのきっかけにしていただけたらと考えています」。
真の総合型スポーツクラブとは、健常者に限らず、さまざまな状況・立場の人が寄り合い、スポーツを通してそれぞれを認め合うことだろう。そんな優しさあふれるクラブでありたいと、ヴェルディは地域社会に寄り添っている。【佐藤隆志】(ニッカンスポーツコム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)