
東北をさらに熱く-。今年から社会人野球チームに就任した新監督を2回にわたって紹介する。第1回は、本年度から本格始動したマルハン北日本カンパニー(宮城)を指揮する元ヤクルトの館山昌平監督(44)。現役時代は投手として通算85勝を挙げ、度重なるけがや手術を乗り越えて復帰したことから「不死鳥」と呼ばれた。現役引退後は楽天2軍投手コーチなどで指導歴もあり、新天地では3年後の全国4強、5年後の全国優勝を目指す。【取材・構成=木村有優】
杜(もり)の都、仙台市にあらたな社会人野球チームが誕生した。初代指揮官の館山監督は並々ならぬ思いを抱えていた。選手は22歳が21人、25歳が2人の計23人で構成。ほとんどが新卒選手で年齢層は若い。監督を含め、社会人野球初挑戦のルーキー集団が社名を背負い戦う。
「もともと少ない人数でやることは決まっていましたし、投手も全員が投げられる状態にあるわけではありません。ただ、今の選手は大学時代にほとんど出場がなかったり、そういう選手が多い中で、試合に出るだけで相当な勉強になっていると思います。あとはプロを目指していたけど指名がかからなかったとか、他の社会人チームのセレクションに落ちてしまったとか、そんな思いの選手ばかりなので、とにかく試合をできる喜びをかみしめていると思います」
導かれるように思い出の地からスタートを切った。徳島、宮崎キャンプを経て、指揮官としての初陣となった先月30日の社会人・大学野球対抗戦は、石巻市民球場で行われた。館山監督が“現役”として最後のマウンドに立った深い思い入れのある球場で、プロ野球選手から社会人野球監督となって帰ってきた。
「現役時代、最後の試合は5回途中だったんですけど、『セカンドベースに当たって、内野安打で最後のバッターが終わったな』なんてすごく懐かしい気持ちになりました。6年たって、今度は社会人野球の監督としてここからスタートできたのはすごく感慨深いですし、引退してからも東北にゆかりを感じていました。東北に関係する選手も多いですから、いろんな方に知ってもらいたいと思います」
少人数でもエンターテインメントを-。限られた環境で次世代に続く野球をつくりあげる。現在は決まった練習場所はない。今後は室内練習場などの新施設を利用していく予定だが、自前のグラウンドを所有はせずに、全国を目指すつもりだ。これには野球人口減少問題と社会人野球ならではの狙いがあった。
「やはり彼らのやらなくてはいけないことは社業との両立ですので、グラウンドで駆け回るよりも、限られた環境で両方の結果を出す。このコンセプトを理解したうえで(監督を)引き受けました。あとは野球人口が減っている中で『18人集めて試合をしましょう』というのが難しい状況になっているので、少人数でもエンターテインメントとして取り組めることができれば、それも1つ、新しい形を作れるんじゃないかなという思いもあります。形にとらわれず、選手らもそうですが、彼らの次に続く世代に『野球は楽しい』と思ってもらえるようなものをつくりたいです」
戦士たちは社名ロゴにちなんだ真っ赤な戦闘服に身を包みスタートを切った。今後待ち受ける困難にも、「不死鳥」の異名を取った館山監督のように何度でも起き上がり、闘志を燃やして羽ばたき続けていく。
◆館山昌平(たてやま・しょうへい)1981年(昭56)3月17日、神奈川県厚木市生まれ。日大藤沢、日大を経て02年ドラフト3巡目でヤクルト入団。09年には16勝を挙げ最多勝。3度のトミー・ジョン手術を含む10度の手術を受けるも、復帰して勝利を挙げたことから「不死鳥」と呼ばれた。19年に現役引退。楽天2軍投手コーチ、ルートインBCリーグ福島レッドホープス投手チーフコーチを経て、マルハン北日本カンパニーの初代監督に就任。現役時代の通算成績は279試合85勝68敗10セーブ。