
女子サッカー選手としてコノミヤ・スペランツァ大阪高槻(現スペランツァ大阪)やオーストラリアなどで活躍した大島香歩さん(34)が「悩んでいる人、大歓迎」の新事業を始めた。23年にオーストラリアのNPLWリーグ優勝を飾って現役引退。25年3月に地元愛知の幼なじみで、総合プロデュース事業会社出身の内田光侶(ぴろ)さんと2人で「PROUDERS合同会社」を立ち上げた。
選手やアーティストの現役から引退後の一気通貫プロデュース、チームのブランディング、留学仲介などに取り組むが、肝は対象がトップ層(選手、チーム)に限られないことという。テーマとして掲げる「自己喪失を抱えている人が、最高に誇りに想えるストーリーを描けるように」と願う思いに迫った。【取材・構成=松本航】
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一般的に想像する「エージェント」「マネジメント」とは、少しイメージが違う。
3月。合同会社を立ち上げたばかりの大島さんが、ほほ笑んだ。
「私の経験を生かしたい。サッカーを通して悩んでいる方、海外へ挑戦したくても勇気が出ない方、今を生き詰まっている全ての方が大歓迎です。女子サッカーであれば、例えば世の中に取り上げられるニュースにワールドカップ(W杯)優勝があります。みんなは人が成し遂げた結果を見るけれど、その前に努力があります。1人1人と一緒に、過程の部分を築いていきたい。『自己喪失を抱えている人が、最高に誇りに想えるストーリー』を描けるための、プロデューサーをイメージしています。サッカーでいえば“ピッチに立つ11人以外の人”とも一緒に歩んでいきたいです」
そこには、選手としての自身の歩みが重なる。
父の影響でサッカーを始めたのは小学3年生。高校まではクラブチームに所属していた。
「中学生までは『楽しい』『うまくなりたい』という気持ちでサッカーをしていました。クラブチームに勢いがあったので、高校もサッカー部ではなく、そのまま続けました。一方、高校選手権に出られなかったのが心残りで、進路先に大阪体育大学を選びました」
関西の強豪では出場機会を得られない時期も長かったが、同期に支えられた。卒業後も「サッカーを続けたい」と考え、日本女子サッカーリーグ3部チャレンジリーグ昇格を目指していたNGU名古屋FCレディースへ入団。2017年にはコノミヤ・スペランツァ大阪高槻へと移籍した。
「環境を変えて、挑戦したい気持ちがありました。名古屋では地元の選手が多く集まっていましたが、高槻は全国各地の選手たち。初めてのことも多かったです」
前年まで、元なでしこジャパンFW丸山桂里奈らが所属。そんなチームで出会った3人が、人生を変えるきっかけになった。米国人のテッサ・アンドゥハルとアリー・ウィズナー、カナダ人のブリタニー・アンブローズ。初めて外国籍選手とチームメートになった。
「京都に3人と私で旅行に行ったりして、英語も独自で勉強し始めました。当時の私は周りの目を気にして『勝たなきゃいけない』『やらなきゃいけない』という気持ちが強かった。失敗を引きずる私に、よく『香歩は香歩でいいじゃん』と言ってくれました。サッカーが嫌いになって『もう辞めたい』とも思っていましたが、3人が『1回、海外に行ってみたら?』と声をかけてくれました」
高槻での2シーズンを経て、2019年にチェコへ渡った。ロコモティーバ・ブルノでプロ選手として戦った。
「価値観がガラッと変わりました。日本にいた時は“サッカーの中に人生”があった。海外に行ったら“人生の中にサッカー”がありました」
DFとしては1歩先を予測してプレーし、攻撃につながるパスを出す強みを思い出した。
「『自分の見せ場、得意なところはここだよ』というのを存分に表現できる。それを互いに理解するサッカーでした。小中学生の時に、純粋に、楽しく、サッカーをしていた気持ちを思い出すことができました」
チェコには1シーズン在籍。日本への一時帰国を経て、新型コロナウイルスの世界的感染が迫っていた2020年2月にオーストラリアへと渡った。
ブリスベンにあるイースタンサバーブスでのキャリアが始まった。
「オーストラリアでは『ちょっと挑戦してみたいな』と思って、アルバイトを始めてみました」
午前6時から午後2時までカフェで働き始めた。多国籍なスタッフや客とふれあい、考え方は変わっていった。5時間後の夜7時に始まる練習までの時間は読書、散策、現地の日本人の子どもたちへのサッカースクールなど、自分の興味があることに使った。練習は1時間半ほどだった。
“人生の中にサッカー”がある生活を送り、4季目の2023年に目標のNPLWリーグ優勝を達成した。
「節目が急に来たようでした。最後のシーズンも自分の中には波があり、そこで踏ん張りながらの優勝でした。日本から応援していた家族に優勝を報告した時、口数の少ない父から人生で初めて『おめでとう! よく頑張ったね』と言ってもらえました。その時、一気に肩の力が抜けて、涙が止まりませんでした。きっと相当うれしかったんでしょうね。本当にやり残したことがない気持ちになり、とても自分を誇れるようになりました。それで現役引退を決めました」
セカンドキャリアを考える少し前には、1人の同志と再会していた。地元愛知で幼なじみだった内田さんで、母同士が知り合い。互いの道に進んでからはSNSだけでつながっている関係だった。現役ラストシーズン前に名古屋駅で再会し「サッカーをしている“点”と、サッカーをしていない“点”をつなぎたい」と思いを明かしていた。
ブランディングコンサルティングが専門分野の内田さんの発案もあり、2023年に国内の女子サッカー選手120人以上にアンケートを取った。全体の90%近くが海外に興味を持っているデータを目の当たりにした。
「自分の人生は、最終的に決めるのも自分ですし、その人生を作るのも自分です。現在オーストラリアへの留学事業を開始していますが、人生のきっかけづくりになれば…という思いからです。私たちはグラウンドを舞台、選手をアーティストだと思っています。選手が、舞台でどう自分を表現するかが大事。その表現をお客さんが見に来るイメージです。では、その1人1人は、どんな人物か。1人1人がグラウンド内外で『自分をどう表現するか』ということに携わっていきたいです」
立ち上げた会社では、個人だけでなく、チームのプロデュースも考えている。
「新しくチームを立ち上げたい方で、ノウハウがない方もいる。今後、そこを一緒にブランディングしていくサービスも考えています。個人でもチームでも『世界に出てみたいけれど、どうしたらいいか分からない』『サッカーをしたいけれど、場所がない』『卒業してしまうと、今までと環境が変わる』といった悩みがあると思います。悩んでいる人は大歓迎で、居場所やキャリアを、長く、一緒につくっていきたい。求められていることに対して、私たちは競技のこと、それ以外のことを問わずに、寄り添えるようにしていきたいです」
海外へ興味を抱く人は多くいても、実際に挑戦するのは「一部の限られたトップ選手だけ」というイメージがあるかもしれない。
チームの立ち上げや運営に興味があっても、そのハードルは高いと感じるかもしれない。
自己喪失を抱えていたり、悩んだりしている人と、ともに歩んでいく会社を目指す。
1人の元女子サッカー選手と、その幼なじみが手を取り合い、たどり着きたい未来とは。
「100年後に“自分を最高に誇りに想えている人”が、どれだけいるか。目標は100年後にあります」
◆大島香歩(おおしま・かほ)1990年(平2)11月12日、愛知・江南市生まれ。小学3年生でサッカーを始める。東海学園高-大阪体育大。卒業後はNGU名古屋FCレディース(現ラブリッジ名古屋)、コノミヤ・スペランツァ大阪高槻(現スペランツァ大阪)を経て、チェコ、オーストラリアでプレー。センターバックやボランチを担った。23年に現役引退し、25年3月に「PROUDERS合同会社」設立。最高経営責任者CEO。