
<センバツ高校野球:東海大札幌7-6日本航空石川>◇23日◇2回戦
日本航空石川の横田彩弥マネジャー(3年)が記録員として甲子園で初めてベンチ入りした。
同校特有のキャビンアテンダント風の制服を着用。ベンチ最前列でスコアブックをつけながら戦況を見つめ、ファインプレーには何度もガッツポーズした。「みんなと一緒に戦えて、うれしかったし、楽しかった。また夏に戻ってきたいと思わせてくれる場所でした」と両目を赤くした。
兄大輝さんが19年夏に高岡商(富山)で控え捕手として甲子園出場。自分も「マネジャーで日本一になりたい」と富山から越境した。63人いる部員で唯一の女性で、マネジャーも1人だけ。学校は昨年1月の能登半島地震で被災した。大半の生徒が東京に移転し、能登で生活する女子生徒は自分1人になった。ただでさえ、煩雑な作業も多く、多忙な日々。地震以来、生活環境も激変し、メンタル的にも負荷がかかっている。
「ご飯は選手と3食一緒なんですけど、寮の部屋に戻ると私1人だけで、寂しいです。この1年はつらい時期も多くて、よく泣いていました。センバツに出られて報われましたけど、やっぱり勝って、支えてくれた人に恩返しがしたかった。送り出してくれた親にも申し訳ないです」
校舎などに倒壊のおそれがあるとして、生徒の能登復帰計画は白紙になり、野球部も大会後は東京で活動することが決まった。再び生活環境が変わる。マネジャーの重要性は増す。この1年の厳しい経験を生かして、最後の夏へ力を蓄えるつもりだ。