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〔要旨〕
- イスラエルとハマスの衝突:イスラエルとハマスの衝突は世界に衝撃を与え、地政学的リスクを世界の中で注目されるトピックとして最前面に押し出した
- 「ドットプロット」懸念:FOMCが発表した9月の 「ドットプロット」は、FRBが金利を「より長期に、より高く」維持するのではとの懸念を引き起こした
- かすむ「スーパーゴールデンウィーク」:例年なら観光支出に弾みがつく中国の「スーパーゴールデンウィーク」は、良好だが期待ほどではない結果となり、中国の不均衡な経済回復を浮き彫りにした
イスラエルとハマスの衝突で考えられる2つの道
市場は「より長期に、より高くなる」との懸念に反応
ユーロ圏と中国の経済データはまちまち
注目の日程
先週私が本レポートを書いていた時は、米国が政府機関の閉鎖を回避できたことに、皆がほっと安堵の息をついていた頃でした。しかし今や、そうした状況ははるか過去の出来事のように感じられます。イスラエルとハマスの衝突は世界に衝撃を与え、地政学的リスクを世界の中で注目されるトピックとして最前面に押し出しました。
イスラエルとハマスの衝突で考えられる2つの道
週末、ハマスがイスラエルに奇襲攻撃を仕掛け、民間人を殺害し人質を取りました。これはイスラエルとサウジアラビアの和平計画が進行中であることへの反応と見られます。イスラエルは戦争状態を宣言し、ガザへの大規模な侵攻を準備しているようです。イスラエルとサウジアラビアの和平合意の一部は、イスラエルがパレスチナに譲歩することの前提条件となっていました。現在の状況でこれは実現しそうになく、和平合意が頓挫する可能性を示唆しています。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、ハマスの攻撃にイランが関与していたと報じました。これが確認されれば、他の国々が紛争に巻き込まれる恐れもあります。
この危機が今後どのように展開するかについては様々な可能性がありますが、端的にわかりやすくするため、私は市場関係者が考慮すべき2つの可能性を提示したいと思います:それは 1)事態がこれ以上広がらないか、2)他国が紛争に加わるか、です。
- 事態がこれ以上広がらない場合は、今後あり得る展開について、歴史的な観点から見た2014年のガザ侵攻が参考になります。この紛争は非常に短期のもの(2014年7-8月に展開)で、小売売上高に一時的なマイナスの影響を与えましたが、それも紛争終結後に回復しました。このシナリオでは、中東の地政学的リスクが高まった際によくあるように、原油価格が緩やかに上昇する可能性が高いでしょう。また投資家が「セーフヘイブン」資産クラスへの選好をやや強めるため、金価格が幾分上昇し、米国債利回りが若干低下することも予想されます。このようなシナリオでは、ガザ紛争のさなか、また紛争後に見られた株式市場のパフォーマンスからみて、私は、米国株や世界の株式に短期の影響以上の大幅な悪影響が及ぼされることはないだろうと予想します。
- もし事態が波及し、他の国々が紛争に加わるようなことになれば、影響ははるかに深刻となり、1973年のヨム・キプール戦争(第4次中東戦争)に似たものとなる可能性があります。イランの原油生産への監視の目が厳しくなれば、重大な「リスクオフ」環境となるでしょう。ここ数カ月、イランの原油生産量は大幅に増加していましたが、OPECプラスの減産による価格圧力の緩和につながったことから、米国その他の国の政府は見て見ぬふりをしてきました。しかしこれを続けることはできなくなるでしょうし、そうなれば原油価格にはさらに大幅な上昇圧力がかかるでしょう。またイランがこの衝突に直接関与することになれば、ホルムズ海峡に近いことから、湾岸諸国の輸出の流れに影響する可能性があります。
投資家が「セーフヘイブン」資産クラスに群がるため、金価格と米国債価格は最初のシナリオよりも大幅に上昇するでしょう。このシナリオでは、世界や米国の株式への売りが起きても驚きません。
中東情勢によってインフレが大幅に上昇した場合、国債利回りは上昇する可能性がありますが、世界のインフレに大きな影響を与える可能性は低いと思われます。そもそも、原油の実質価格はすでに高騰しており、現行の3倍の水準になるとは考えにくいと思われます(ヨム・キプール戦争前の1973年、WTI原油は現在の価格で1バレル28ドルほどでした1)。世界経済の原油依存度は当時よりはるかに低下しており、原油価格の上昇がインフレに与える影響も、それに応じて小さくなることが示唆されます。
市場は「より長期に、より高くなる」との懸念に反応
その他には、長期債利回りの更なる上昇も投資家の心配の種となっています。米連邦公開市場委員会(FOMC)が発表した9月の「ドットプロット」は、米連邦準備制度理事会(FRB)が金利を「より長期に、より高く」維持するのではとの懸念を引き起こし、長期の債券利回りに上昇圧力をかけました。予想を上回る結果となった最近の米経済データも利回り上昇圧力に拍車をかけ、結果として株式への下押し圧力となりました。
しかし、以前にも申し上げたように、市場はドットプロットとデータに過剰反応しているように見えます。その理由は、以下のとおりです:
- FRBのドットプロットの予測能力は、非常に不正確である可能性があること。以前にも申し上げたように、2021年12月のドットプロットは、2022年末のFF金利の中央値を0.9%と予想していました。しかし実際には、2022年末のFF金利は4.4%となりました。
- ディスインフレのシナリオが続いていること。米国の経済指標はかなり好調であるものの、ディスインフレのシナリオを裏付けるデータは引き続き見られています。例えば9月の米雇用統計は、非農業部門雇用者数が予想を大幅に上回り(33万6,000人の雇用創出)、前向きなサプライズとなりました2。8月の非農業部門雇用者数も大きく上方修正されました。しかし平均時給は、前月比0.2%増、前年同月比4.2%増と振るいませんでした。(ちなみにこれとの比較で、カナダの9月雇用統計も予想を大幅に上回る雇用増加を示しました。しかし米国とは異なり、平均時給は前年同月比5.3%増、前月比5.2%増の大幅な上昇となりました3。)米供給管理協会による非製造業景況指数は、雇用指数を含めて低下し、ADP雇用統計も大きく弱含んだ数値となりました。そして余剰貯蓄が枯渇し、金融引き締め政策のラグ効果が顕在化するにつれて、米国経済はここから減速していく可能性が高いでしょう。
- 銅/金レシオが、金利がピークに近づいている可能性を示唆していること。歴史的に見て、米10年物国債利回りと銅/金レシオ(銅価格(産業需要に牽引される)を金価格(「セーフヘイブン」資産と見なされる)で割った経済指標)の間には強い相関があります。金利と銅/金レシオは連動して上昇、下降する傾向にあります。しかし最近、乖離が見られるようになりました。今後の経済成長が弱まるとの見通しに基づくと思われますが、銅/金レシオが概して低下しているのに対し、金利は急騰しています。この傾向は、金利が間もなくピークに近づくことを示唆しているのかもしれません。
- 利回りは引き締め終了後、急速に低下する傾向があること。最近の歴史を振り返ってみると、米10年物国債利回りは通常、引き締めサイクル終了後、速やかに低下していることに留意することが重要です。歴史的には、米10年物国債利回りが上昇しても、それが長くは続かないと予想されます。私たちは、4.5%から5.0%超への債券利回りの上昇は、一時的な現象だと予想しています。
- 高金利が米国債の償還コストを圧迫していること。利回り上昇のほとんど論じられていない側面として、米連邦政府予算への影響があります。債務償還コストは劇的に上昇しており、歳出の中でも非常に大きな費目になっています。FOMCは明らかにこのことを認識しており、経済への影響を考えると、この状態が長期に渡って続くことを望んではいないでしょう。経済学者のラインハートとロゴフによる、債務が経済成長に与える影響についてつぶさに見た研究結果(当然、債務水準が高いほど経済成長への下押し圧力が強くなる)がありますが、私に言わせればこの研究は、経済への圧力という点で同じぐらい重要な問題と考えられる金利上昇の影響に、十分注意を払ったものではありません。過去10年間の債務増加は、金利が非常に低かったことにより、それほど深刻な影響とはなりませんでした。それが今や、真にストレスの源となりつつあります。
最後に、先週サンフランシスコ連銀のデイリー総裁が発表したコメントが、私にとっての安心材料となったことをお伝えしておきます。彼女は、米10年物国債利回りの上昇がFRBの仕事を肩代わりしている現実を認め、FRBが今や、よりハト派的になってもよいことを示唆しました。「金融市場は既にその方向へ動いており、市場自身がその仕事を成したため、我々がこれ以上の行動を起こす必要は小さくなっている。我々はこれ以上やる必要はない4。」
ユーロ圏と中国の経済データはまちまち
投資家は、中央銀行によって引き起こされた世界的な景気減速を前に、様々な経済圏の健全性についても懸念しています:
- ユーロ圏:ユーロ圏の9月の失業率は改善しましたが、購買担当者景気指数(PMI)はまちまちでした。S&Pグローバル製造業PMIは43.4と、8月の43.5からわずかに低下し、15ヵ月連続で縮小領域に入りました。S&Pグローバルサービス業PMIは48.7で、8月の47.9から上昇しましたが、依然として縮小領域にあります5 。
- 中国:例年なら観光支出に弾みがつく「ゴールデンウィーク」の大型化(スーパーゴールデンウィーク)により観光客は大幅に増加しましたが、期待されたほどではありませんでした6。これは中国の不均衡な経済回復を浮き彫りにしています。更に世界銀行は、債務水準の上昇と不動産セクターの逆風を理由に、2024年の中国の成長率予測を4.8%から4.4%に引き下げました7 。
注目の日程
今後について、今週最も注目のデータは、米国の消費者物価指数(CPI)、ドイツの鉱工業生産、ドイツのCPIとなります。また、今週追って発表されるFOMC議事要旨にも注目したいと思います。
公表日 | 指標または金融政策決定会合 | 内容 |
---|---|---|
10月9日 | ドイツ鉱工業生産 | 鉱工業部門の健全性を示す |
10月11日 | FOMC 9月議事要旨 | FOMCの意思決定プロセスに ついて更なる手がかりを与える |
10月11日 | ドイツCPI | インフレの動向を示す |
10月12日 | 米国CPI | インフレの動向を示す |
(執筆協力:ブライアン・レヴィット、ポール・ジャクソン)
- 1.出所:Global Financial Data、Refinitiv Datastream、インベスコ Global Market Strategy Office
- 2.出所:米労働統計局、2023年10月6日
- 3.出所:カナダ統計局、2023年10月6日
- 4.出所:ロイター、“Fed officials largely sanguine about rise in US bond yields”、2023年10月5日
- 5.出所:S&Pグローバル/HCOB PMI調査、2023年10月2日及び4日
- 6.出所:CNBC、“China’s domestic tourism is finally back to pre-pandemic levels”、2023年10月9日
- 7.出所:ウォール・ストリート・ジャーナル、“China’s Economy Likely to Slow in 2024 as Headwinds Persist, World Bank Says”、2023年10月2日
クリスティーナ フーパー
チーフ・グローバル・マーケット・ストラテジスト
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