starthome-logo 無料ゲーム
starthome-logo

世界初!コムギとトウモロコシの雑種植物の創生


1.概要

 コムギとトウモロコシは世界の主要作物ですが、異なる亜科に属していることから交雑することができず、それらが持つ優良遺伝資源を相互に利用することは出来ませんでした。

 東京都立大学大学院理学研究科の恩田伸乃佳(大学院生)、佐藤綾研究員、Nowroz Farzana(大学院生)、岡本龍史教授、インドネシア大学のTety Maryenti助教(当時東京都立大学大学院生)、カラバ大学のOffiong Ukpong Edet准教授(当時鳥取大学乾燥地研究センター研究員)、鳥取大学国際乾燥地研究教育機構/乾燥地研究センター/染色体工学研究センターの石井孝佳准教授、および神戸大学大学院農学研究科の妻鹿良亮准教授(2025年7月まで山口大学准教授)は、コムギ−トウモロコシ間の交雑不全1を乗り越え、世界で初めてコムギとトウモロコシの交雑植物の作出に成功しました。

 今回の研究では、コムギおよびトウモロコシの花から単離した配偶子(卵細胞と精細胞)を用いて多様なコムギ−トウモロコシ交雑受精卵を作出し、それらを発生させることでコムギ−トウモロコシ雑種植物の創出に成功しました(図1A)。さらに当該交雑植物のゲノム配列と組成を決定したところ、トウモロコシコムギは、コムギゲノムに加えて、コムギとトウモロコシのミトコンドリアゲノムを持つ細胞質雑種2コムギ(Cybridコムギ)であることが示されました(図1B)。この結果は、コムギとトウモロコシの遺伝子資源の相互利用に向けた大きな一歩であり、また、新たな育種技術としても期待されます。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202508193740-O6-ZVw2wv2q

 

2.ポイント

・顕微授精法3を用いることによって、コムギとトウモロコシの生殖的隔離を打破することが可能になった。

・顕微授精法により作出したトウモロコシ−コムギ交雑植物(トウモロコシコムギ、ZeaWheat)のゲノム配列・組成の解析に成功した。

・トウモロコシコムギは核ゲノムとしてコムギゲノムを、ミトコンドリアゲノムとしてコムギゲノムに加えてトウモロコシゲノムを持つことが示された。

・C4光合成植物4であるトウモロコシのミトコンドリアDNAをC3光合成植物4であるコムギに導入することに成功した。

・ミトコンドリアは乾燥、低温、病原菌感染などの環境変化・ストレスを察知するセンサーとして機能しており、トウモロコシコムギはコムギが有していない新奇形質を獲得している可能性が高い。

 

3.研究の背景

 三大穀物5であるコムギ、トウモロコシ、イネは世界の穀物生産の約9割を占めていますが、その理由として、これら作物の農業上の遺伝的特性が他の植物に比べて特に秀でていることが挙げられます。しかしながら、これら3種の作物はすべてイネ科植物ですが、異なる亜科に属していることから交雑が非常に困難であり、それらが持つ優れた遺伝資源を相互に利用することは出来ませんでした。一方で、近年の気候変動や人口増加に目を向けると、乾燥・高温化によりコムギの輸出大国であったオーストラリアがコムギ輸入国に転じ、また、中進国・発展途上国などでは人口増・食生活変化によって穀物需要が著しく増加しており、人類の食料生産はこれまでにない危機に直面しているといっても過言ではありません。それゆえ、コムギ、トウモロコシ、イネなどの間の交雑不全を乗り越え、新たな交雑植物を作出する技術の確立が求められていました。特に、トウモロコシはC4型光合成を行うことから高い乾燥耐性や高温耐性をもち、また旺盛なバイオマス産生能を持っています。これらの形質をC3型光合成植物であるコムギに導入することがとても重要です(図2)。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202508193740-O7-78u47TM0

 

 私達のグループでは、2021年に顕微授精法を用いることによりコムギ−イネ間の交雑不全を克服し、イネコムギ(OryzaWheat)の作出に成功しました(参考:https://www.tmu.ac.jp/news/topics/31308.html、および、 https://www.youtube.com/watch?v=DuEwYC6p-KI)。今回は、図2および図3に示すように世界で初めてトウモロコシのミトコンドリアDNAをコムギに導入し、コムギ−トウモロコシ交雑植物(トウモロコシコムギ)の作出に成功しました。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202508193740-O8-y9IAHGiL

 

4.研究の詳細

 「トウモロコシ卵細胞、コムギ卵細胞、コムギ精細胞」および「トウモロコシ卵細胞、トウモロコシ精細胞、コムギ卵細胞、コムギ精細胞」を融合させた交雑受精卵を発生・再分化させることで、9系統のトウモロコシコムギ植物体を作出することに成功し、種子を得ることもできました(図4)。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202508193740-O9-Q3Sw081j

 

 これらの植物体から調製したゲノムDNAの塩基配列決定(ゲノム解析)を行った後、トウモロコシおよびコムギのゲノム配列情報を参照してトウモロコシコムギのゲノム配列の組成を調べたところ、解析した9系統すべておいて、コムギの核・細胞質ゲノム配列に加えて、トウモロコシミトコンドリアのゲノム配列が保持されていることが示されました(図5)。さらに、トウモロコシとコムギのミトコンドリア特異的なFISHプローブを作成し、トウモロコシコムギ細胞に対してFISH解析6を行ったところ、トウモロコシミトコンドリア、コムギミトコンドリア、および融合ミトコンドリアが細胞内に観察されました(図6)。加えて、トウモロコシコムギが持つトウモロコシミトコンドリアゲノムの有性生殖による次世代(F2世代)への伝達をゲノムPCRにより確認したところ、トウモロコシミトコンドリア領域が安定的に世代を超えて伝達されていることも確認されました。

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202508193740-O10-JSOV8ArW

 

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202508193740-O11-QDbrbtHG

 

5.研究の意義と波及効果

 本研究により、これまで不可能であったコムギとトウモロコシの雑種作成が可能となりました。さらに当該交雑植物のゲノム解析により、トウモロコシコムギは核ゲノムとしてはコムギゲノムを、ミトコンドリアゲノムとしてはコムギに加えてトウモロコシゲノムを持つこと、すなわち、トウモロコシコムギはトウモロコシのミトコンドリアを持つ新たなコムギ(細胞質雑種コムギ・Cybridコムギ)であることが明らかにされました。また、導入されたトウモロコシのミトコンドリアは有性生殖を経て次世代に安定的に伝達されていました。これらの成果は、世界で初めてコムギにC4型光合成植物であるトウモロコシの遺伝子資源を導入できたことを示したものです。

 植物ではミトコンドリアなどが環境変化に対するセンサーとして働いている可能性が強く示唆されており、乾燥、高温、低温、病原菌などの非生物的および生物学的ストレスに対する適応・耐性能はミトコンドリアを含む細胞質の機能に依存しています。さらには、このことから、トウモロコシのミトコンドリアを有するトウモロコシコムギは、コムギが有していない新たな形質(新奇形質)を獲得している可能性が高いと考えられ、現在トウモロコシコムギの形質評価が鋭意進められています。

 今回、コムギとトウモロコシの遺伝資源の相互利用が可能であることが示され、新たな優良形質を持つ新作物の作出に繋がるプラットフォームとなることが期待されます。また、顕微授精法は配偶子の単離が可能な植物種に適応可能であることから、コムギ、トウモロコシ、イネにとどまらず、パールミレット、ソルガム、サトウキビなどの多くの有用植物間の雑種植物の作出も視野に入ってきます。現在、我々の研究グループでは、パールミレットコムギやソルガムコムギの作出を進めています。

 

6.論文情報

<タイトル>

Inter-subfamily cybrid plants between wheat and maize, Zeawheat: Production via an in vitro fertilization system, genome composition, and photosynthetic type

<著者名>

Nonoka Onda, Aya Satoh, Nowroz Farzana, Tety Maryenti, Offiong Ukpong Edet, Ryosuke Mega, Takayoshi Ishii, Takashi Okamoto

<雑誌名>

Journal of Experimental Botany

<DOI>

DOI:10.1093/jxb/eraf354

 

7.補足説明

[1] 交雑不全

種が異なると交配を行っても受精が生じない、交雑受精卵が正常に発生しない、あるいは片親のゲノム脱落が生じることで交雑個体が得られないこと。特に亜科間および属間雑種などの遠縁の種間の交配(交雑)においては、ほとんど場合で交雑不全が生じる。

 

[2] 細胞質雑種(Cybrid)

ミトコンドリアとプラスチドは独自のゲノムを保持する細胞質オルガネラである。細胞質雑種とは異種のミトコンドリアおよび/またはプラスチドを保持している状態のことである。Cytoplasmic hybrid (Cybrid)ともいう。

 

[3] 顕微授精(IVF)法

植物の花器官から卵細胞と精細胞をそれぞれ単離し、それら配偶子を電気的に融合させて受精卵を作出する手法。In vitro fertilization (IVF) 法ともいう。作出した受精卵を培養することで、植物体にまで発生・再分化させることができる。

 

[4] C3光合成植物とC4光合成植物

C3光合成植物における光合成時の最初のCO2固定産物は3炭素化合物であるホスホグリセリン酸である。一方、C4光合成植物は、C4ジカルボン酸回路というCO2濃縮機構を利用して、光合成の効率を高めており、C4植物はC3植物よりも高温や乾燥に強く、光合成速度も高い傾向がある。

 

[5]三大穀物

コムギ、イネおよびトウモロコシの3種のイネ科作物を指す。世界の穀物生産の94%をこれら3種の作物が占めている(2018年 FAO報告)。

 

[6] FISH解析法

Fluorescence in situ hybridization法の略称。蛍光物質をつけたプローブ(標的とするゲノム配列と相補的な塩基配列を有するDNA配列)を標的細胞中の染色体と結合させ、蛍光顕微鏡下で目的の染色体部位を可視化する手法。

 

    Loading...
    アクセスランキング
    game_banner
    Starthome

    StartHomeカテゴリー

    Copyright 2025
    ©KINGSOFT JAPAN INC. ALL RIGHTS RESERVED.