
2025年4月23日
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)
ポイント
■ ヒトは、対峙する相手がヒトではなくアバターの顔表情の時の方がリスクを取りやすくなることが明らかに
■ 上記のリスク選択は、脳内の扁桃体の活動に依存することを見出した
■ アバターを介したコミュニケーションがもたらす利点と注意点を示す新たな視点を提供
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー)、理事長:徳田英幸)未来ICT研究所 脳情報通信融合研究センター(CiNet)の田中敏子主任研究員及び春野雅彦室長の研究グループは、アバターを介したコミュニケーションがヒトの意思決定に与える影響を調べ、対峙する相手の顔表情(賞賛、軽蔑など)がアバターで提示された場合の方が、ヒトで提示される場合よりもリスクを取りやすくなることが明らかになりました。そして、このリスク選択の変化は、対峙する相手がどんな顔表情になるか“曖昧であること”が、アバターの場合にはより好意的に評価されることで生じることがわかりました。さらに、fMRIデータの解析から、“曖昧であること”に対する評価は、脳の扁桃体の活動に依存することを見出しました。
本研究成果は、仮想空間や拡張現実など、アバターを用いた社会的コミュニケーションが私たちの意思決定にどのような影響を及ぼすのかを理解する上で重要な知見であり、アバターを介したコミュニケーションがもたらす利点と注意点を示す新たな視点を提供します。
本研究成果は、2025年4月23日午前3:00(日本時間)に、生物分野の重要研究を掲載する米国の科学誌「PLOS Biology」に掲載されました。
背景
近年、オンライン会議や接客など、仮想空間におけるアバターを介したコミュニケーションが急速に広がっています。しかし、こうしたアバターが私たちの心の動きや意思決定にどう影響するのかについての研究は、まだ始まったばかりです。特に、コミュニケーション相手の顔表情がアバターで表示された場合に、ヒトの行動がどのように変化するのかについては、これまで十分に検討されていませんでした。例えば、オンライン会議で自分の意見を述べるとき(図1参照)や、バーチャル店舗で買い物をする際など、アバターを相手とする場面は日常的に増えつつあります。こうした場面において、アバターの表情が私たちのリスクを伴う判断にどう影響するのかを明らかにすることは、極めて重要です。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202504187623-O1-h6k70nxY】
図1 オンライン会議で意見を述べる時に上司の顔がそのまま表示されるかアバターで表示されるかで意見の言いやすさが変わる例
今回の成果
本研究では、参加者に「リスク判断に関する課題」を行ってもらうfMRI実験を実施しました。この課題で参加者は、各試行において以下の二つの選択肢から好ましいと思う方を選びます。
・「確実」な選択肢…確実に少額が得られる(例: 100%で80円)
・「不確実」な選択肢…確率によって高額が得られる(例: 33%で300円、つまり成功すると300円、失敗すると0円)
参加者には、課題前に、参加者と同性の“観察者”と対面で面談してもらいました。そして、参加者が「不確実」な選択をした際に、“観察者”は画面越しに以下のような表情を返します。
・成功時には「賞賛の表情」
・失敗時には「軽蔑の表情」
このとき、“観察者”の表情は、実際の顔(ヒト条件)またはアバター化された顔(アバター条件)で提示され、6~13試行ごとに切り替えられました(図2左参照)。
実験の結果、アバター条件の方がヒト条件よりも参加者のリスク選択が増加することがわかりました。特に「不確実」な選択肢が少しだけ有利な状況(図2右で期待値の差が40、60の時)で顕著でした。
また、このリスク選択の変化は、表情フィードバックが賞賛顔になるか軽蔑顔になるか“曖昧であること”が、アバター条件だとより好意的に評価されることで生じていることがわかりました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202504187623-O4-2cm0pYO7】
図2 (左)リスク判断に関する課題: 参加者は2種類の選択肢(確実/不確実)のうち一つをボタン押しで選択する。課題中は観察者の顔がカメラ越しに表示され、行動を観察された状態で選択を行う。不確実選択をした場合には結果(win/no win)とともに観察者の表情(賞賛と軽蔑)が示される。観察者の顔は6~13試行ごとに顔表示とアバター表示とで切り替わる。確実な選択をした場合は報酬を得て次の試行に進む。選択肢の報酬額、確率は試行ごとに変化する(ただし片方は必ず100%)。
(右)アバター条件におけるリスク選択の増加: アバター条件(赤)とヒト条件(青)を分けて参加者の平均の不確実選択率を示した。横軸は選択肢間の報酬の期待値の差で、右に行くほど不確実選択をした方が期待報酬が大きい。期待値の差が中程度、つまり、不確実選択の方が少しだけ有利な場合はアバター条件の方が不確実選択が多い。
さらにfMRIデータの解析から、“曖昧であること”に対する評価は、脳の扁桃体の活動に依存することを見出しました(図3参照)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202504187623-O3-z0hl2eh8】
図3 “曖昧であること”に対する評価を表現する扁桃体活動
今後の展望
本研究は、アバターを介したコミュニケーションがヒトのリスク選択に影響を及ぼすこと、そしてその変化の背景には扁桃体の働きが関与していることを示しました。今後は、異性のアバターや年齢差、個人の性格特性との関係、さらにはリスク選択以外の意思決定課題における影響についても、系統的に調査を進めていく予定です。
また、今回の知見をもとに、教育や対人支援といった現場でアバターを活用して意思決定を支援する方法や、アバターを利用する際の留意点について、今後さらに検討を深めていく予定です。
掲載論文
著者名: Toshiko Tanaka, Masahiko Haruno
掲載論文名: Feedback from an avatar facilitates risk-taking by modulating the amygdala response to feedback uncertainty
掲載誌: PLOS Biology
DOI: 10.1371/journal.pbio.3003122
URL: https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3003122
なお、本研究の一部は、JST ムーンショット型研究開発事業「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」研究領域における研究課題「誰もが自在に活躍できるアバター共生社会の実現」、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「生体マルチセンシングシステムの究明と活用技術の創出」研究領域における研究課題「サイバー社会における多重世界予測符号化の解明」(研究代表者: 春野雅彦)、科学研究費補助金 学術変革領域研究(A)「行動変容を早発する脳ダイナミクスの解読と操作が拓く多元生物学」の一環として行われました。
今回実施したすべての実験は、NICTの倫理委員会の承認を得ており、実験参加者には実験内容を事前説明の上、参加への同意を取っています。また、背景のセクションに用いたイメージ図はMicrosoft Copilotで作成したものを改変して使用しました。