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公的年金のうち遺族年金(遺族基礎年金、遺族厚生年金など)や、障害年金(障害基礎年金、障害厚生年金など)は、金額にかかわらず非課税になります。一方で老齢基礎年金や老齢厚生年金などの、原則65歳から受給できる老齢年金は、一定の金額を超えると所得税が課税されるのです。
現在は老齢厚生年金の支給開始を段階的に、60歳から65歳に引き上げしているため、生年月日によっては62~64歳から老齢厚生年金を受給できる方がいます。65歳になる前に受給できる老齢厚生年金は、特別支給の老齢厚生年金と呼ばれており、こちらも一定の金額を超えると所得税が課税されるのです。
ただ基本的には自分で納税するのではなく、日本年金機構などが老齢年金を支給する前に、所得税を源泉徴収して代わりに納税します。また「年金受給者の確定申告不要制度」があるため、確定申告(所得税を計算して税務署に申告し、その金額を納税または還付請求する手続き)は不要の場合が多いのです。
しかし次のような3つの理由により、約10年前よりも確定申告が必要な年金受給者が多くなっているので、本当に不要なのかを確認した方が良いのです。
「年金受給者の確定申告不要制度」の2つの要件
次のような2つの要件を満たすと、確定申告が不要になる「年金受給者の確定申告不要制度」は、2011年に開始された制度なので、約10年の歴史があります。
(A)1~12月までの公的年金等の合計(確定給付企業年金などの企業年金も含む)が400万円以下であり、その公的年金等の全部が源泉徴収の対象になる
(B)公的年金等に係る雑所得以外の所得が、年間(1~12月)で20万円以下になる
公的年金は新年度が始まる4月になると、賃金や物価の変動率を元にして金額を改定するため、基本的には年度ごとに金額が変わるのです。
厚生労働省の発表によると、2025年4月から支給される2025年度の公的年金は、前年度よりも1.9%の増額であり、かつ増額改定は3年連続になります。こういった増額改定が続くと将来的には、(A)を満たせないケースが増える可能性がありますが、当面は(B)に注意した方が良いのです。
理由1:最低賃金の引き上げ
(B)の公的年金等に係る雑所得以外の所得とは、例えば生命保険の満期保険金や解約返戻金などを、生命保険会社から受け取った時に生じる一時所得です。
これらは不定期に生じますが、勤務先から給与を受け取った時に生じる給与所得は、定期的に生じる場合が多いと思います。年間の給与所得を計算する時は1~12月の給与の合計から、会社員の必要経費にあたる給与所得控除を差し引きます。
また給与所得控除の最低保障額は55万円になるため、次のように1~12月の給与の合計が75万円以下なら、年間の給与所得は20万円以下になります。
75万円-55万円=20万円
一方で1~12月の給与の合計が例えば76万円になると、次のように年間の給与所得は21万円になるため、(B)を満たせなくなります。
76万円-55万円=21万円
近年は物価上昇などの影響により、最低賃金(使用者が労働者に支払わなければならない賃金の最低額)の大幅な引き上げが続いているのです。
例えば2024年10月以降に適用される最低賃金は、全国平均で過去最大の51円という引き上げが実施されたため、全国平均の最低賃金は1,055円(時給)になりました。これにより短時間の勤務でも、1~12月の給与の合計が75万円を超えるケースが増えたので、約10年前よりも確定申告が必要な年金受給者が多くなったのです。
理由2:60歳以上の就業率の上昇
総務省が発表している労働力調査によると、2023年(括弧内は2013年)の60歳以上の就業率は、次のような結果になっています。
60~64歳:74%(58.9%)
65~69歳:52%(38.7%)
70~74歳:34%(23.3%)
75歳以上:11.4%(8.2%)
いずれの年代でも就業率はかなり上昇しており、70歳未満では過半数に達しています。
また短時間の勤務でも上記のように、「年金受給者の確定申告不要制度」の(B)を満たすのが難しいため、約10年前よりも確定申告が必要な年金受給者が多くなったのです。
理由3:公的年金等控除の据え置き
老齢年金に課税される所得税を算出する時は、1~12月の老齢年金の合計から公的年金等控除を差し引きます。また公的年金等控除の最低保障額は、65歳未満は60万円、65歳以上は110万円です。
1~12月の老齢年金の合計が少ないため、公的年金等控除の最低保障額を超えない時は、老齢年金に所得税は課税されません。これに加えて給与に課税される所得税の過不足が、勤務先の年末調整で精算されている場合、1~12月の給与の合計が75万円を超えても確定申告は不要になります。
そうなると公的年金等控除が引き上げされ、1~12月の老齢年金の合計が公的年金等控除の最低保障額を超えなければ、確定申告は不要になる場合が多いのです。しかし公的年金は3年連続で増額改定なのに、公的年金等控除は据え置きが続いているので、約10年前よりも確定申告が必要な年金受給者が多くなったのです。
年収の壁の引き上げは確定申告にも影響を与える
年間の給与所得の具体的な金額は、年末調整の後などに勤務先から渡される「給与所得者の源泉徴収票」の、「給与所得控除後の金額」という欄に記載されています。これを見て確定申告が必要と判断した場合、マイナンバーカードを持っている方は特に、書類に記入して提出するよりも、スマホなどに入力してe-Taxで提出するのです。
その理由としては「給与所得の源泉徴収票」を、スマホのカメラで撮影すると、その中の給与所得などが自動入力されるため、慣れると手書きよりも早く終わるからです。書類を提出するために税務署まで行く必要がない点や、高騰する郵便代を節約できる点なども、e-Taxのメリットではないかと思います。
なお与党は年収103万円の壁を123万円に引き上げするため、給与所得控除の最低保障額を55万円から、65万円に改正する案を示しています。これが実現すると1~12月の給与の合計が85万円以下なら、次のように年間の給与所得は20万円以下になります。
85万円-65万円=20万円
つまり1~12月の給与の合計が75万円を超えても、85万円以下なら確定申告は不要になるのです。
このように年収の壁の引き上げは給与の手取りだけでなく、確定申告を実施するか否かの判断にも影響を与えるのです。
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