オンコリス Research Memo(6):OBP-601は臨床試験の結果次第で、大型契約に発展する可能性も
2. センサブジン「OBP-601」
核酸系逆転写酵素阻害剤「OBP-601」は2020年6月に、トランスポゾンとの間で主に神経変性疾患の治療薬開発に関して、全世界における再許諾権付き独占的ライセンス契約を締結した。ライセンス契約の総額は3億米ドル以上(販売ロイヤリティ収入除く)となり、開発・製造・販売のコストはすべてトランスポゾンが負担する契約となっている。
「OBP-601」は、米ブラウン大学が実施した動物実験の結果、神経変性疾患に有効であるとのデータが得られたことにより、トランスポゾンとの契約につながっている。具体的には、「OBP-601」がレトロトランスポゾン※の逆転写と複製を抑制する効果があることと、脳内への高い移行性を示すことが確認された。レトロトランスポゾンのなかでもLINE-1(Long Interspersed Element)というゲノムが複製されると、生体内でインターフェロンなどの産生が局所で行われ、様々な神経変性を引き起こす。特に神経細胞を傷つけることにより神経変性疾患が発症し、症状が悪化すると考えられている。「OBP-601」には、逆転写や複製の抑制により、症状の進行を遅らせる効果が期待されている。「OBP-601」はHIV治療薬として開発を進めてきた経緯があるが、HIV患者がアルツハイマー病等の神経変性疾患の発症リスクが低い(=神経変性疾患に有効)という疫学調査があることから、トランスポゾンでは最終的に患者数の多いアルツハイマー病治療薬としての開発も視野に入れていると考えられる。
※ヒトのゲノムの約半分は「動く遺伝子」と呼ばれるトランスポゾンで構成されている。その大部分が「逆転写酵素」によってゲノムのほかの箇所へと転移するレトロトランスポゾンであり、ヒトゲノムの約8%を占めている。
トランスポゾンでは、神経変性疾患のなかでも未だ治療法が確立されていない希少疾患を対象に開発をスタートしている。具体的には、「進行性核上性麻痺(以下、PSP)※1」を対象とした前期第2相臨床試験を2021年11月より開始したほか、「筋萎縮性側索硬化症(以下、ALS)※2及び前頭側頭型認知症(以下、FTD)※3」を対象とした前期第2相臨床試験を2022年1月より欧米で開始している。予定症例数は各40例で安全性と忍容性を確認し、副次評価項目として四肢機能等の測定によるスコア評価などを行い有効性を確認する(試験期間は48週間)。プラセボを比較対象とした二重盲検試験となり、結果が良好であれば次のステップに進む。PSPの臨床試験については2022年8月17日付で42例の組入れが完了したことを発表しており、2023年後半にもトップラインデータが発表される見込みだ。一方、ALS及びFTDの臨床試験についても2023年3月7日付で被験者登録の組入れが完了した。2024年の早い段階でトップラインデータが判明する見込みだが、状況によっては2023年内に発表する可能性もあるようだ。
※1 進行性核上性麻痺(PSP: Progressive Supranuclear Palsy)は、脳の神経細胞が減少することにより、転びやすくなったり、しゃべりにくくなったりするなどの症状が見られる疾患。発症は40歳以降で、高齢者に多く発症する。
※2 筋萎縮性側索硬化症(ALS: Amyotrophic Lateral Sclerosis)は、脳の運動を司る神経が何らかの理由で障害を受け、徐々に機能しなくなることで、四肢や呼吸に必要な筋肉が痩せて力がなくなっていく進行性の疾患。
※3 前頭側頭型認知症(FTD:Frontotemporal Degeneration)は、主として初老期に発症し、大脳の前頭葉や側頭葉を中心とする神経細胞の変性・脱落により、人格変化や行動障害、失語症、認知機能障害、運動障害などが緩徐に進行する神経変性疾患。
患者数はPSP、FTD、ALSともに日本では1万人前後、世界で約3万~5万人となっており、いずれもオーファンドラッグ指定の対象となる。これら領域の開発に成功すれば次のステップとして世界の患者数が5千万人以上と格段に大きいアルツハイマー病がターゲットになると見られる。このため前期第2相臨床試験の結果が良ければ、「OBP-601」の注目度が高まり、トランスポゾンがメガファーマと再ライセンス契約を締結し、グローバル治験に進む可能性もある。そうなった場合には、同社はトランスポゾンが受け取る契約一時金の一定率をトランスポゾンから受領するほか、グローバル治験が決まった際にマイルストーン収入が得られることになる。なお、トランスポゾンでは3本目のパイプラインとして、遺伝性希少疾患で治療法が未だ確立されていないアイカルディ・ゴーティエ症候群(AGS)※を対象とした前期第2相臨床試験を欧州で登録を開始している(予定症例数16名、治験期間48週間)。
※AGSは遺伝性疾患で乳児期に発症する脳症。進行性の小頭症や痙縮、ジストニア姿勢、高度の精神発達遅滞がみられ、小児期に死亡するケースもある。
新型コロナウイルス感染症治療薬は優先順位を下げ、資金をかけずに開発を継続する方針
3. 新型コロナウイルス感染症治療薬「OBP-2011」
同社は鹿児島大学との共同研究の中で、新型コロナウイルス感染症の原因ウイルスであるSARS-CoV-2に対して強い増殖抑制効果を有する低分子化合物を複数特定し、2020年6月に同研究成果に基づいて鹿児島大学が出願中の抗SARS-CoV-2薬の特許譲受に関する契約を締結し、開発に着手した。
2021年3月に複数の候補化合物の中からヌクレオカプシド※阻害剤「OBP-2011」を開発品とすることを決定し、経口剤として無症状から軽症患者を対象とした治療薬の開発を進めてきが、動物実験(ハムスターモデル)の結果、「OBP-2011」がウイルス量を減少させる効果を持つことは確認されたものの、投与量が多量に必要であることが判明し、薬剤を効率的に体内に吸収させるための投与手段の見直し(経鼻投与等)が課題として浮上した。
※ヌクレオカプシドとは、ウイルスのゲノム(DNAあるいはRNA)とゲノムを包むタンパク質(カプシド)の総称。
また、作用機序の詳細な解明も今後、製薬会社と共同開発を進めていくうえで必要とされており、2022年3月に国立感染症研究所と共同研究契約を締結し、作用機序の解明に取り組んでいる。鹿児島大学では複数の標的タンパク質を発見しており、徐々に作用機序の解明が進む見通しだ。ただ、新型コロナウイルス治療薬としては既に先行品が発売され緊急性が薄れてきたと同社では考えており、財務状況なども考えて一旦優先順位を引き下げ、資金をかけずに開発を継続する方針を決定した。当面は鹿児島大学及び国立感染症研究所で、作用機序の解明と標的タンパク質の特定を進めていく。また、コロナウイルス以外のRNAウイルス(インフルエンザ、エボラ出血熱等)についても効果があるかどうか研究する方針である。RNAウイルス全般に効果があることが確認されれば、将来に未知のRNAウイルスによってパンデミックが生じた際に、治療薬として役立つ時が来る可能性があるためだ。
(執筆:フィスコ客員アナリスト 佐藤 譲)
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