コロナ対策としての「移動の自由」の制限【実業之日本フォーラム】
感染症の歴史では、国家が隔離や入院を強制して人の「移動の自由」を制限することは珍しいことではなかった。しかし近年は差別や偏見を助長するおそれがあることから、そうした制限は「禁じ手」とみなされてきた。にもかかわらず、なぜコロナ対策では「移動の自由」を制限する政策が選択されてきたのか。それは新型コロナの感染者が無症状(asymptomatic)や発症前(pre-symptomatic)であっても他の人へ感染させるという、新型コロナウイルスに特有の伝播様式のためである。ウイルスにさらされて(曝露)発症するまでの潜伏期は1−14日と幅があり、5日程度(オミクロン株は2−3日)で発症することが多い。症状としては発熱や咳などがよく見られる。感染可能期間は発症2日前から発症後7−10日間程度(厚労省「COVID-19診療の手引き」)。つまり発症前であっても、静かに、ステルスで他の人に感染させてしまう。同じコロナウイルスでもSARSでは発熱や呼吸器症状が発症してから他の人への感染が起きていたため、発症者の入院と接触者追跡により感染の封じ込めが期待できた。しかしステルスで感染が広がる新型コロナの封じ込めは、ほぼ不可能である。そこで人と人との接触機会を強制的に減らすことで感染を制御するため、人の「移動の自由」を制限する対策が実施されてきた。
また、新型コロナ感染者が重症化や死亡する割合を見てみると、壮年層や若年層は低く、高齢者がきわだって高い。つまり世代間で脅威認識に差が生じやすい。目に見えないものを恐れることは難しい。新型コロナに感染した壮年層や若年層が発症しないまま気づかず、あるいは軽症のままマスクなしでの会話、狭い空間での共同生活などを続け、その人々からウイルスが家庭や高齢者施設、病院に入り込み、高齢者の命を奪う。隠れた感染連鎖はいわば時限爆弾として人から人へと伝播し、高齢者や基礎疾患をもつ人々が重症化し、クラスターが発生し、突然、感染爆発が表面化する。「波」のはじまりでは、こうした事例が繰り返し発生してきた。
それでも2021年秋の第5波では、多くの感染者が発生したものの、感染者の死亡率は、春の第4波に比べれば低かった。菅政権が強力に推進したワクチン接種により、高齢者の多くが免疫を獲得できていたことが一因と見られている。ワクチンの重症化と感染を予防する効果が、このときは十分に発揮されていた。
しかし2021年11月になって、オミクロン株が新たな脅威として出現した。南アフリカからの第一報では、世界で猛威を振るったデルタ株よりさらに伝播力が強い可能性が示唆され、またワクチンや自然感染により獲得した免疫を逃避しうる変異も認められた。免疫を逃避するということは、一度感染した人も再感染する可能性があり、ワクチンのみならず、第5波で多くの軽症者を救った抗体カクテル療法も歯が立たないことを意味する。実際にオミクロン株感染者ではワクチン接種完了者でのブレークスルー感染が多数、発生している。この新たな危機に対し、各国はふたたび、厳格な国境管理という「移動の自由」を制限する施策を打った。
日本では、岸田政権がG7諸国のなかでも厳格な水際対策により、1か月の時間を稼いだ。岸田政権が去年11月に発表した「次の感染拡大に向けた取組の全体像」の骨格は、医療提供体制の強化、ワクチン追加接種、飲める治療薬の3本柱であった。病床とともに軽症者向けの宿泊療養施設も確保数を増やした。しかしワクチンの追加接種はG7各国のなかでも遅れが目立つ。はたして厳格な国境管理で稼いだ時間を活かし、第6波に向けた備えを起動し、稼働させられるか。あるいは緊急事態宣言により、ふたたび国内でも「移動の自由」を制限することになってしまうのか。これから真価が問われることになる。
相良祥之
一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)主任研究員。国連・外務省・ITベンチャーで国際政治や危機管理の実務に携わり、2020年から現職。研究分野は国際公共政策、国際紛争、新型コロナ対策やワクチン外交など健康安全保障、経済安全保障、制裁、サイバー、新興技術。2020年前半の日本のコロナ対応を検証した「コロナ民間臨調」で事務局をつとめ、報告書では国境管理(水際対策)、官邸、治療薬・ワクチンに関する章で共著者。慶應義塾大学法学部卒、東京大学公共政策大学院修了。
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