広津崇亮氏
2024年9月21日、ドバイで開催されたIHW Global Leaders Awardsで、がんリスク検査「N-NOSE」が世界的に大きな影響を与える技術を開発・実施した組織を表彰する、『世界的診断技術賞』を受賞した。
株式会社HIROTSUバイオサイエンス
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広津崇亮氏
がんは依然として、世界中で人類の生命を脅かす「最も恐ろしい病」の一つとされている。そして、生存率を左右する鍵は、早期発見と早期治療である。しかし、がん検診は一般的にハードルが高く、身体的にも経済的にも大きな負担を伴う。より簡便な検査方法を模索することが、世界の医学界の共通の課題となっている。
こうしたなか、日本では基礎科学から生まれ、生物の能力を活用した全く新しい検査技術――「線虫がん検査(N-NOSE)」が注目を集めている。この度、本誌は、この技術を開発した「線虫がん検査」の第一人者である、株式会社HIROTSUバイオサイエンスの創業者であり、代表取締役で理学博士の広津崇亮氏にインタビューを行った。
■生物の能力で難題に挑み、世界に貢献
―― 画期的ながん検査技術として、N-NOSEの社会的認知度や応用範囲が急速に広がっています。N-NOSEの発明者として、研究開発の経緯について詳しく教えていただけますか。
広津 このアイデアを思いついてから、もう10年が経ちます。私はもともと基礎研究を専門とする生物学者で、博士号取得後は一貫して線虫の嗅覚システムの研究に取り組んできました。人間の嗅覚メカニズムの解明が主な目的でしたので、当初はその成果をがん検査に応用することなど全く考えていませんでした。しかし、大学で自分の研究室を持ったことをきっかけに、研究支援を得るためにも、線虫の嗅覚能力を現実の課題解決に活かせないかと考えるようになったのです。
実は、線虫が極めて優れた嗅覚を持つことは、研究者の間では以前から知られていました。その嗅覚は、犬に匹敵するほどの感度があります。にもかかわらず、それを実用化しようという発想を誰ももたなかったのです。そこで「がんなどの病気の検出に使えないだろうか?」と思ったのです。
がんの早期発見は、多くの人が必要性を感じている一方で、実際には簡単ではありません。どれだけの人が定期的に胃カメラや腸内視鏡検査などを受けたいと思っているか分かりませんが、負担の少ない検査があれば、最初の一歩を踏み出す人が増えるはずです。
N-NOSEは、尿を検体とする検査です。繰り返し検査が可能で、しかも自宅で採取ができますし、病院に行く必要もなく、医療資源を無駄にすることがありません。さらに、日本ではすでに郵便局と提携し、検体をご提出いただけるようになりました。最短2週間で検査結果が得られます。医療機関外で気軽に利用できるがんスクリーニング検査は、世界的にも非常に価値のある選択肢だと考えています。
また、東京大学との共同研究で、N-NOSEはがんの再発検出においても、既存の方法よりも早い段階で反応を示すという結果が得られています。この研究成果は2024年12月に発表されました。がん治療を受け、再発のリスクを抱えた患者さんにとって、手軽にできて、既存の検査より再発を早く発見できるN-NOSEは、新たな選択肢になり得ます。
■一次スクリーニング検査に最も適した検査法
―― 現在、がん検診の多くは機器に依存しており、多くの研究者は精度の向上やAIの導入など、既存の枠組みの中で改善を図っています。先生の研究は、まったく異なるアプローチに見受けられます。発想の根本的な転換と言えるのではないでしょうか。
広津 おっしゃる通りです。がんを早期に発見するために、すべての人に高額で負担の大きい精密検査を受けていただくのは、現実的ではありません。それには、合理的な段階的スクリーニング検査体制が必要です。つまり、最初に一次スクリーニングを行い、その後に再検査、そして最後に精密検査を行う流れです。その中で、N-NOSEこそが一次スクリーニング検査に最も適した検査法と位置付けています。
精度を高めたり、AIを活用することは、既存の考えの延長線上にあるものです。そうした漸進的な改善では、がん検査の分野で真のブレイクスルーを起こすことはできないのではないかと思います。また、精度を追い求めればコストも跳ね上がり、普及が困難になり、結果的に、多くの人に恩恵が行き渡らなくなります。
その点、線虫の実用化には多くの利点があります。第一に、コストが極めて低いこと。孵化から投入までにかかる時間は、わずか4日です。第二に、訓練が不要であること。線虫はがんの匂いに引き寄せられる習性をもっています。第三に、個体差がほとんどないこと。線虫はすべてがクローン個体であるため、安定した反応が得られます。これは産業利用の重要な前提条件です。第四に、長期冷凍保存が可能であること。20年間冷凍しても、解凍して使用することができます。
N-NOSEは、効果とコストの両面で優れているため、がんの一次スクリーニング検査法の選択肢の条件を満たしていると言えます。
■N-NOSEはステージ0のすい臓がんも検出可能
―― すい臓がんは、あらゆるがんの中でも最も早期発見が難しいがんとされています。博士のチームは、すい臓がんの匂いにのみ特異的な反応を示す「特殊線虫」の作製に成功されたとうかがいました。これは、N-NOSEががん検査の新たなスタンダードになりつつあるということでしょうか。
広津 おっしゃる通り、すい臓がんは今日最も発見が困難ながんのひとつです。初期段階ではほとんど症状がなく、他の臓器に隠れているため、従来の画像診断では見つけることが難しいとされています。そのため、すい臓がんの早期発見は、革命的と言われてきました。
われわれは大阪大学との共同研究で、N-NOSEがすい臓がんの初期段階であるステージ0とステージ1を高い精度で検出できることを確認しました。現時点で、このレベルの精度をもつ技術は、他にはほぼ存在しないと考えています。
この成果は、N-NOSEを起点とした特定がん種向け検査戦略の出発点でもあります。すでに肝がんに特化した検査も実用化しており、さらに多くのがん種へと対象を広げているところです。
加えて、私たちはN-NOSEにAI技術を導入しています。人では見分けがつかない線虫の反応を、AIが画像データから高精度に判別します。さらに、AIと遺伝子操作を組み合わせることで、20種類以上のがん種に対応可能な検出システムの構築を目指しています。
この構想が実現すれば、ほんの一滴の尿から、がんのスクリーニングと種類の予測まで行えるようになります。しかも、低コストで高効率です。そうなれば、がん検査の常識を根底から覆すことになるでしょう。その未来に向けて、私たちは挑戦を続けています。
2024年9月21日、ドバイで開催されたIHW Global Leaders Awardsで、がんリスク検査「N-NOSE」が世界的に大きな影響を与える技術を開発・実施した組織を表彰する、『世界的診断技術賞』を受賞した。
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2024年9月21日、ドバイで開催されたIHW Global Leaders Awardsで、がんリスク検査「N-NOSE」が世界的に大きな影響を与える技術を開発・実施した組織を表彰する、『世界的診断技術賞』を受賞した。
■14億人の早期スクリーニングに挑む
―― 中国は人口規模が大きく、医療資源には地域格差があります。N-NOSEのような、低コストかつ高精度のがん検査技術は、中国の医療ニーズに合っていると思われます。N-NOSEの中国市場への展開は考えていらっしゃいますか。また、「健康中国2030」計画にどのような貢献ができるとお考えでしょうか。
広津 はい。私自身、中国は最もN-NOSEの普及が待たれる国のひとつと考えています。中国では平均寿命が年々延びていますが、今後予想されるがん患者の増加に対して、発症後の治療中心の医療体制では対応しきれなくなるおそれがあります。すべての人が検診を受けられるようにするには、誰もが受入れられる検査法が必要です。N-NOSEはさらなるコストダウンが期待でき、中国の国情にマッチしていると思います。
中国市場に参入するには、まず国の認可を得ることが第一関門となります。そのため、現地で協力可能な大学や医療機関を見つけ、臨床試験などを共に進めていく必要があります。
認可が下りれば、次のステップは、いかに速やかに実装に繋げるかです。それには、中国の大手企業と提携し、合弁会社の設立やライセンス供与などの形で協力を進めていきたいと考えています。特定の企業が独占するのではなく、多方面からの参画が求められます。そうすることで技術はより早く普及し、社会に真に恩恵をもたらすことができます。
何より重要なのはスピードです。がん検査の最大の意義は早期発見にあり、それが遅れてしまっては、技術的価値も失われてしまいます。
私が初めて中国を訪れたのは30年前のことですが、その後もたびたび学術交流で訪中しています。そのたびに感じるのが、人びとの熱意、スピード、行動力です。その前向きな姿勢に、いつも励まされています。こうした土壌であれば、N-NOSEはきっとすぐに根を張り、普及していくことでしょう。
■科学技術と人情で結んだ30年のご縁
―― この30年で中国は大きく変化しましたが、博士のキャリアも驚くような展開を遂げられました。振り返ってみて、それはある種のご縁だったのでしょうか。中国で印象に残っている出来事があれば教えていただけますか。
広津 私が初めて中国で訪れたのは、江蘇省の連雲港でした。現地の方々はとても親切で誠実で、いい人たちだなという好印象を持ちました。最近再び中国を訪れましたが、特に上海などは、日本の一部地域よりも発展し大きく変貌していました。しかし、それ以上に印象的だったのは、社会がどれほど発展しても、中国の人びとの人情味は30年前と変わらず、より親しみを感じました。
正直に言えば、30年前には、将来、がん検査技術の開発者として中国に戻ってくることなど、まったく想像もしていませんでした。中国の研究者との交流を通じて、中国は研究環境が充実していて、優秀な研究者がどんどん増えていると感じています。このような現場の皆さんと力を合わせて、N-NOSEの技術を中国で普及できればと願っています。こうした日中の協力による取り組みが、国際的な科学技術協力の模範事例になれば、素晴らしいことです。