
北九州市で3カ所目となるワイナリー「ラベンダーファーム&ワイナリー」のワインがお目見えする。障害者が支援を受けながら働く就労継続支援A・B型施設の利用者らがブドウ栽培から醸造まで全ての過程に関わった。高品質なワインづくりと障害者の安定的な就労環境を目指した挑戦が、新たな展開を迎えている。
より収益性の高い事業を目指し
利用者の間野文子さん(48)が、除草や虫よけの皮はぎ、不要な芽や枝を摘み取る「芽かき」の作業に取り組む。青空が広がった4月30日、門司区吉志に広がる約1万3500平方メートルの畑に1200本のブドウの木。芽は木1本に4、5枝、1枝にブドウが2房しか残らないようにする。木1本につき2人で10分以上かかる地道な作業。だが栄養を集中させ、日当たりと風通しを良くして病害虫の発生を予防し、ブドウの質を高めるためには欠かせない。高い質のワインのため、実がなるまで何度も繰り返す。
間野さんはファームに来て2年。1日4時間の作業をしてきた。賃金も上がっており「ここに来て頑張った分、賃金が上がるのはうれしい。夏場の作業はつらいが、『来年もおいしいワインになって』と思い作業している」と笑顔を見せる。
ファームは障害者のグループホームなどを運営していた奥村清隆さん(74)が2020年に設立。これまで運営してきた施設利用者の就労先として就労継続支援A・B型施設を設立し、竹林整備事業などを手がけていた。利用者のやりがいと安定した生活に役立つよう、より収益性の高い事業をと考え、他都市の事例を参考にワイン醸造へ踏み出した。
だが、ブドウやワインに関しては素人。独学や県農林事務所の普及指導センターの助力を得て栽培を始めた21年は、木が病気になった。勝手が分からず、食用の巨峰と同じ農薬を使うなどしてしまったためだった。
そこで、22年は大手ワイン製造「メルシャン」に技術指導を仰いだ。メルシャンは、栽培・醸造・運営まで地域の新規設立ワイナリーを支援しており、奥村さんたちもこの年から、消毒の種類や頻度など栽培について何度も指導を受けた。
24年産は、若松区の「ワタリセファーム&ワイナリー」の施設を借りて醸造。4種類の赤と白、ロゼで計6種類2000本をボトル詰めした。関係者からは「初めてとは思えない完成度」と高い評価を得た。奥村さんは「木が6年、7年と成長すればもっともっと良い味が出る。ワインだるで長時間熟成するワインにも挑戦していきたい」と手応えを語る。
ファームは今年、門司区猿喰に赤・白ワインそれぞれ適温に対応するため二つの醸造室を約2000万円かけて整備する。25年産ワインではこれにより、ワインづくり全ての工程が、施設内でできるようになり、3000本の生産を目指す。
ブドウの木は現在、二つの畑で1665本。こちらも周辺の耕作放棄地を買い取りながら26年には2665本に増やす方針だ。畑の周辺に桜やレモンの木を植え、美しい畑のそばに古民家レストランを整備する構想も立てる。
「通常雇用し自立できる場に」
奥村さんは数年前、利用者の母親が亡くなる1週間前に病床を見舞ったことがある。母親は、奥村さんの手を取り「この子をお願いします」と手を離さなかった。
最低賃金以下の工賃での支援とするB型の利用者も、作業に慣れれば雇用契約を結んで最低賃金以上を支払うA型に移行できる。現在6人いる利用者をいずれは30人程度にしたいと考えている。だが、小規模ワイナリーには赤字経営が多いとの調査もあり、険しい道でもある。「就労支援施設ではなく、いずれ障害者を通常雇用し自立できる場にしたい。お母さんとの約束を果たすスタート地点に立った」と奥村さん。ワインは5月中旬から、市内の酒店に並んでいる。
北九州は「ワイン特区」
北九州市でワインを製造するのはラベンダーファームと平尾台ワインを醸造する「ドメーヌ・ル・ミヤキ」(小倉南区)、「ワタリセファーム&ワイナリー」(若松区)だ。
北九州市は2016年に果実酒の製造免許を得るために年間の最低製造数量が2000リットル(通常は6000リットル)に緩和される「ワイン特区」に認定され、新規参入がしやすい環境にある。
ワイン特区は全国に広がっており、24年12月末までに99区域が認定された。25年1月に飲料大手サントリーは国内のワイン醸造所が500を超えたとの推計を公表している。【山下智恵】