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下村氏、政倫審で森氏の関与言及せず 不和・痛烈批判どこへ?


 14日の衆院政治倫理審査会(政倫審)に出席した下村博文元文部科学相は、自民党安倍派に影響力を持つ森喜朗元首相との不仲で知られる。森氏は安倍派のパーティー券収入のキックバック(還流)の真相解明に向けた「キーマン」とみられているだけに、野党は森氏の関与をただしたが、下村氏は正面から答えようとせず、森氏を批判した過去の発言と矛盾する説明を繰り返した。

 立憲民主党の寺田学氏が政倫審で取り上げたのは、下村氏が2023年8月末に安倍派の会長代理から外れ、無役になった経緯だった。この時の「下村外し」は森氏の意向に沿った人事とされる。

 森氏は同年8月上旬に地元紙・北国新聞のインタビューで、下村氏から「何とか私を(安倍派の)会長に」と頼まれたと暴露。その上で「(下村氏が)『今までのご無礼をお許しください』と土下座までするので、『君は私に無礼を働いたのか。その自覚があるのなら私は絶対に許さない。帰ってくれ』と言った」などとし、下村氏への評価の低さを隠さなかった。

 これに下村氏は猛反発。9月のインターネット番組で「全く事実と違う。あいさつに行ったが土下座はない」と否定し、安倍派の人事について「(森氏に)ここまで邪魔されるとは思わなかった」と憤った。「人事をやるならもう一度国会議員になってはどうか」と批判を強めた。

 さらに「私は端的に言って森さんから嫌われている」と明かし、文科相時代に新国立競技場の建て替え計画を巡って森氏と衝突したことを理由に挙げた。総工費が膨らんだ当時の計画を撤回した結果、森氏が招致に関わった19年ラグビー・ワールドカップ日本大会に建て替えが間に合わなかったといい、「それ以来(森氏に)恨まれている」と語っていた。

 一方、この日の政倫審では寺田氏が一連の経緯に触れ、「(下村氏は23年9月に)人事のことを言うならもう一度国会議員になってやればいいと吐露している。森氏は人事のみならず、派閥運営に大きな影響力を持っていたのではないか」とただした。

 しかし、下村氏は「そのことについては私自身は承知していない」と述べるにとどめた。森氏の影響力を批判していたことと矛盾する発言だ。

 寺田氏は「自身としてもそれ(森氏の影響力)を感じたからこそ、(ネット番組で)あのようなことを言われたと思う」と指摘。派閥運営の実態を重ねて尋ねたが、下村氏は「(還流が)どこでどんな形で決まったかは、私自身は全く分からない」とかみ合わない答弁に終始した。

 質問に正面から答えようとしない下村氏に対し、寺田氏は「森さんのことをうかがいたい。かなり影響力が強かったのではないか。違いますか」と語気を強めたが、下村氏は「全く承知していない」と繰り返した。

 結局、下村氏が森氏の名前を口に出したのは、寺田氏が企業・団体献金の規制が強化された1999年当時の派閥会長名を終盤で尋ねた時だけだった。下村氏は「99年は森氏の時になるでしょうか」とだけ答弁した。【田中裕之】

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