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会社は8畳、家賃7万円 社長に聞いた一人出版社の魅力と覚悟


 一人で出版業を営む「一人出版社」が注目を集めている。芥川賞作家の故・赤染晶子さんのエッセー集『じゃむパンの日』を刊行したパームブックスや、万葉集をコミカルに現代語訳した『愛するよりも愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集(1)』を世に送り出した万葉社など、きらりと光る個性がヒットを生んでいる。『交通誘導員ヨレヨレ日記』をはじめとする「職業日記シリーズ」で知られる一人出版社「三五館シンシャ」を訪ね、社長の中野長武(おさむ)さん(47)に、一人出版社の魅力を聞いた。

 三五館シンシャは東京都千代田区のビルの一室にある。広さは8畳ほどで家賃は「7万円」という。室内には机とパソコン、いくつかの棚しか見当たらない。棚の上には、バイクで通勤するという中野さんのヘルメットがあった。勤務時間は「朝10時から夕方6時くらいまで」で、その間に著者とのやりとりや原稿のチェック、広告のレイアウト、経理処理などを一人でこなしていく。この日も度々電話が鳴り、その都度取材は中断した。

 「一人でやると誰に確認することも指示を出すこともない。何でも自分で決められる。さまざまな作業を一人でこなすのは気分転換にもなる」

    ■  ■

 中野さんが三五館シンシャを設立したのは2017年12月。その年の10月に当時勤めていた出版社「三五館」が倒れたため、一人で出版業を営むと決めた。就職氷河期世代で就職浪人の末に「入れてもらった」三五館という社名に愛着があり、名前を継いだ。「シンシャ」には「新社」の意味と「会社が潰れて迷惑をかけた人たちへのおわびと、それでも見守ってくれた人たちへの感謝」(深謝)を込めた。

 この頃、手元に800万円の貯金があり「5冊くらいは本を出せて、そのうち1冊当たれば会社を回していける」と考えたという。しかし流通の問題があった。一般的に出版物は日販やトーハンなど取次会社を介して全国の書店で販売されるが、取次口座の開設は容易ではない。そこで取り次ぎとの取引は、知人が勤める会社に代行してもらうことにした。

 「5冊目に出版した『買いものは投票なんだ』(藤原ひろのぶ著)がネット上で話題になって売れ、一息つけた。ただ会社を立ち上げた時もそれ以降も、不安は全くなかった。性格の問題だろうが、当たるイメージしかなかった」と振り返る。しかし「ぼくの成功のイメージは初版で5000部刷って、重版で2000部刷って、もう一回2000部刷って計9000部くらいというもので、その後の『職業日記シリーズ』の大ヒットは予想外だった」と話す。

 シリーズ第1弾の『交通誘導員ヨレヨレ日記』は19年に刊行された。著者からの持ち込み企画で「表面上はその仕事を知っているけど、裏側はどうなっているのかというおもしろさがある。人生をのぞき見るようなところも魅力」と感じて出版を決めた。「一人でやっているから、もし売れなくて失敗しても路頭に迷うのはぼく一人。失敗も成功も自分一人のものというのが性に合っている」

 『交通誘導員ヨレヨレ日記』はメディアで取り上げられ「あれよあれよという間に売れた」。シリーズ化を考えるにあたり「持ち込みだったことをアピールすれば、原稿が多く持ち込まれて、続けられるのではないか」とにらんで積極的にインタビューなどで発信したところ、目算通り持ち込みが増えた。シリーズは19冊、累計58万部を数える。

 とはいえ、取り組みが全てうまくいったわけではない。「だいたい2割成功、8割失敗のイメージ。ただ失敗も含めて自分で決めてやれるのが、とにかく楽しい」という。最近では、5万部超のヒットになっている経済アナリストの森永卓郎さんの著書『ザイム真理教 それは信者8000万人の巨大カルト』を宣伝するためにTシャツを作った。60着で20万円以上かかった。「普通の出版社なら会議で効果を疑問視されるかもしれない。しかし一人でやるからには、自分が楽しいと思うことを優先したい」

 もともと出版業界は印刷や製本などが分業化されていて「出版社は机と電話があれば誰でも始められる」と言われてきた。特に近年はパソコン上での編集作業が簡単になったことから、以前にも増して始めやすい環境にある。一人出版社で個性を発揮するチャンスといえる。しかし最盛期の1996年には2兆6000億円を超えていた出版物の推定販売金額は、22年は電子の約5000億円を合わせても1兆6000億円ほどと規模が小さくなっている(出版科学研究所調べ)。

 中野さんは「出版はもうけだけを考えたら、もうけにくい業界」と見る。しかし「自分は本が好きで、楽しいと思うことをしていたら今に至った。業界がどうなろうと、自分はこれからも一人で出版業を続ける。遊びや趣味が仕事になったようなものかもしれない」と一人出版社の魅力を語った。【長岡平助、写真も】

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