性の目覚めとカニバリズムをリンクさせた長編デビュー作『RAW 少女のめざめ』で世界に衝撃を与えたフランスのジュリア・デュクルノー監督。
世界が認めた才能が放つ待望の長編2作目はさらにとんでもない映画だ。
昨年のカンヌ国際映画祭はこの映画最高賞のパルムドールを授けたが、審査員を務める著名な映画人たちの驚きと興奮も目に浮かんできそうだ。
とにかくこんな映画はこれまで観たことがない。
幼い時に遭った交通事故に起因する手術で頭蓋骨にチタンプレートを埋め込まれた少女アレクシア。
彼女は、その日を境に自動車に対して異常なまでに執着し何と性欲すら抱くようになり、他方で他者に対して抑えが効かない暴力衝動に駆られるようになる。
罪を重ねて追われる立場になったアレクシアは、自分の正体を偽り、10年前に息子が行方不明となった消防士ヴィンセントのもとにその息子として巧みに転がり込む。
二人の緊迫感に満ちた不思議な共同生活の中で、アレクシアの身体に生じた異変が徐々に進行していく。
暴力に彩られた衝撃的な前半から後半はガラッと雰囲気を変え、物語の行き着く先が全く予測できない。
金属の異物を頭に埋め込まれたアレクシアは、明らかに反社会的な存在で、彼女自身が社会にとっての異物のようでもある。
そんな彼女が他者に対して金属の冷たさをもって暴力的に振る舞い続ける中で、次第にその身に帯びていく暖かみ。
その問答無用の変化が、善悪の基準や理屈では到底測れない凄みをもって迫ってくる。
観ている方としてはただ圧倒されて自分がどこかに知らないところに連れ去らていくような感覚を味わうことになるかもしれない。
自分はアレクシアを断罪したいような理性も次第に隅に追いやられ、ただクラクラと目眩にも似た困惑と動揺を覚えた。
「こんな傍若無人な展開は本当にしっかりどこかに着地できるのか?」といった疑問を差し挟む隙もない。
それほど物語は観る者を強い力でグイグイと引っ張っていく。
この映画はアレクシアと一緒にいろんなものを壊していく。
既成のジェンダー観、性道徳、他者との距離感、親子像から生命の継承についてのイメージに至るまで。
映画は彼女の極端な行動を通していろんな問題意識をデフォルメしているようにも感じる。
あくまで暗喩としてだが、人は他人や自分を絶えず殺しながら初めて新しい生命を産み落とすのかもしれない。
誰しもが本来的に社会にとって衝撃的な異物であって、さらに新たな異物を生み出す可能性を持った存在なのかもしれない。
デュクルノー監督は、生易しい仲間や家族の連帯を描くことを完全に拒否して、徹底的に個を描くことを貫いた。
暴力的で排他的で刹那的な個。
そんな個と個が交わる場面は、たまたま不幸にもなれば幸せにもなる場合があるというだけで全ては成り行きにすぎない、とでも言いたげだ。
ただ、監督は、八方塞がりの絶望的な状況の中にわざとらしい希望の光を照らしてみせるのではなく、異物を異物として見せ続けたまま、言いようのない神話のような感動の地点にまで観客を運んでいく。
それは美化された感動とは別の、この問題だらけの汚れた世界で生きていくこと自体をありのままに見せることの中に含まれる強烈で純度の高い感動だ。
間違いなく監督の才能は異能、映画界では異物だろう。
ひときわ異彩を放つこの映画は、何だか頭を殴り続けられてるうちにいつの間にか抱きしめられていたような気持ちにさせてくれた。(決してDVのような話ではありません)
個人的に、現状、今年1の問題作かつ傑作と勝手に認定しよう。
『TITANE/チタン』
■監督:ジュリア・デュクルノー
■出演:ヴァンサン・ランドン、アガト・ルセル
© KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINEMA – VOO 2020
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