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「ゾンビ×時代劇」の新機軸で注目を集めるWOWOW「連続ドラマW I,KILL(アイキル)」(日曜午後10時、全6話)が18日、配信スタートした。松竹京都撮影所とのタッグで実現した映像世界、ゾンビコーディネーターを起用した本格的なホラー描写は“ゾンビ途上国”の定説を打ち破るものとして早くも話題だ。「唯一無二の作品性」で世界に発信していく挑戦を聞いた。【梅田恵子】
★死者のはかなさ
関ケ原の戦いから35年後の世界に突然現れた人食いの化け物「群凶」と、対峙(たいじ)する人間たちの生きざまを描く。血のつながらない娘を守るために立ち向かう元忍びのお凛(木村文乃)と、自分が“半群凶”になった理由を知るため旅に出た剣の達人、士郎(田中樹)を軸に、「生きる」という普遍のテーマを問いかけていく。
海外発祥のゾンビと時代劇の組み合わせは、海外で多くの受賞歴を持つヤングポール監督のアイデアから始まった。WOWOWチーフプロデューサー山田雅樹氏(44)は「ありそうでなかったテーマ。どんな化学反応が起こるのかわくわくしました。唯一無二のゾンビ時代劇を作って、世界に発信していこうという目標が立ち上がった」と話す。
世界水準のゾンビコンテンツを作るため、松竹京都撮影所にコラボを打診したところ、「新しいオリジナルドラマに挑戦したい」と全面協力を得た。数々の時代劇でおなじみの街並みがボロボロの不気味さをたたえ、「必殺仕事人」の中村主水邸は血みどろに。山田さんは「京都撮影所をフル活用するとこんなこともできるのかと驚きました。撮影所を知り尽くした職人のスタッフさんたちも『今までこんな使い方をしたことがないので新鮮』と、いろいろアイデアを出してくれたのは画期的」とする。
「ちゃんとした時代劇だけでなく、ちゃんとしたゾンビもやりたい」と、映画からCMまで幅広いフィールドで活躍するゾンビコーディネーター川松尚良さんにゾンビ演出を依頼。「時代劇の京都撮影所でエキストラにゾンビ指導している川松さんの様子は新鮮でした。クオリティーをぜひ見てほしいです」。
現在、世界のゾンビマーケットは「走るゾンビ」「高速ゾンビ」「集団ゾンビ」の迫力で一ジャンルを築いた韓国の“Kゾンビ”が席巻するが、本作はクラシカルな「走らないゾンビ」で独自色を出した。「日本の時代劇やホラーの情緒は、アドレナリンが湧くKゾンビとは異なるもの。死者のはかなさが感じられるような、日本らしいゾンビを追求しました」。
★怖さの中にかなしさ
忍者、力士、芸者、飛脚など、日本ならではのアイコンをモチーフにしたゾンビたちも、怖さの中にかなしさがある。「1回死んでよみがえるというコンセプトを大切にし、どこかに生前の能力、記憶が残っている。1話で力士だったゾンビが張り手をしますが、群凶になったみじめさ、哀愁などの情緒は、今までのゾンビサスペンスにはなかったものだと思います」。
関ケ原から35年の設定だが、「家族の愛、生と死など、根本的なものは変わらない」。価値観が次々と転換し、紛争が絶えない現代の不安も、えたいの知れないゾンビに重なる。「人が生き抜くとはどういうことなのかを問いかけたい」。
真田広之が主演、プロデュースした「SHOGUN 将軍」が、米ゴールデングローブ賞テレビドラマ部門で4冠に輝き、日本の時代劇が注目を集めているタイミングも追い風。「本作も、時代劇の聖地で日本らしさとクオリティーにこだわり抜いたので、海外マーケットもねらっていきたい」と話している。
◆WOWOW「連続ドラマW I,KILL(アイキル)」 関ケ原の戦いから35年後の日本に現れた、人を襲い、人を食う化け物「群凶」。幕府はひそかに討伐軍を派遣し、その存在を隠蔽(いんぺい)していた。訪れた村で群凶に襲われた元忍びのお凜(木村文乃)は、血のつながらない娘を守るため壮絶な旅を始める。ある日、人の意識を持ったまま群凶になってしまった士郎(田中樹)と出会う。木村と田中のダブル主演。監督ヤングポール、服部大二、脚本港岳彦ほか。
■ゾンビコーディネーター川松尚良さんに聞く
-ゾンビコーディネーターは具体的にどんなお仕事をするのでしょうか
川松 まず「ゾンビってなに」「何が怖くて不安なのか」をスタッフ、出演者に周知すること。目線の合わなさ、不自然な動き、生きている人間なら絶対にしない表情。それを「人型」のものがしてしまっている悲しさや、食われたら自分も向こう側に行ってしまうという怖さ。それを表現するための演技、特殊メーク、カット割りなどを周知していくことです。
-今回オファーを受けて
川松 ゾンビのコンセプト作りから関わらせてもらえるのは実はまれなことなので、ふんどし締め直しました(笑い)。「群凶」というネーミングを聞いた時は燃えましたね。音も文字もゾンビをうまくとらえていて、作り手のセンスと本気度が表れている。時代劇なのに外国語の「ゾンビ」のままとか、日本はまだその水準で作っている作品が多いんですよ。監督が「ゾンビの完成度は6割でいい」みたいな。
-それが日本のゾンビものの現実なんですね
川松 シンプルにゾンビをなめているんだと思います(笑い)。実際、日本のコンテンツの中でゾンビはずっと雑魚キャラ扱いなんです。ゲームでも最初の方に出てくるだけで、中ボス以降はクリーチャー。「6割の完成度でいい」のスタンスでは韓国のKゾンビに勝てないし、観客も期待しなくなってしまう。
-ゾンビの動きはどう演出をつけているのですか
川松 ゾンビのお芝居って曲芸に近い。腕の角度がどれくらいだと死体に見えるのか、指の何本目が曲がっているといびつに見えるのか。目でモノを追わないのも大事なポイントです。
-人間側のキャストに求められる演技は
川松 初めてゾンビと遭遇した時、いきなりゾンビと思わないでくださいと伝えています。ゾンビを知らないので、人型のものがこっちに来たらまず人間と思うはずなんですよ。怖いものに遭遇した時、ワンテンポずらすことができる俳優さんはホラー向き。登場人物に先にリアクションされちゃうと、観客は先を越されてさめちゃうので。
-京都撮影所とのコラボはいかがでしたか
川松 最高でした。いろいろぶっ壊しちゃって大丈夫じゃなかったかもしれませんが(笑い)、職人さんたちが見たこともないアイデアを次々と出してくださった。衣装も、着古した衣装がこんなにゾンビとマッチするとは。現代もののゾンビでも難しいところなので留飲が下がりました。
-世界的に見て、日本のゾンビ作品の水準は
川松 「アイアムアヒーロー」みたいなすごくいい作品と、そうでない作品の差がまだ大きいんですよね。ゾンビを愛して、ちゃんと作っている作品の少なさでいうと、まだゾンビ途上国かと思います。
-ゾンビを通して伝えたいことは
川松 「家族を大事にして生きていこう」ということ。親も兄弟もいつかは亡くなるし、普通にコミュニケーションをとれなくなる時が来るかもしれない。ゾンビは、それがものすごく早い段階で来ちゃったもののメタファーなんです。大切な人がこうなったらどうしようもなく怖いし、悲しい。そこを重ねられるのがゾンビの良さなので。
◆川松尚良(かわまつ・なお)1979年生まれ、神奈川県出身。ホラー監督。監督作に「我が名は理玖」「丑刻ニ参ル」など。清水崇監督「恐怖の村」シリーズで助監督としてホラー描写を担当。ゾンビコーディネーターの肩書で映画、ドラマ、CMに多数参加。