
44歳で作家デビューした一雫ライオン氏(51)の最新作「流氷の果て」(講談社)が話題だ。発売当日にはSNS上で、全国の書店員のコメントが飛び交い、発売からわずか2カ月ほどだが、すでに映画化の話も舞い込んでいるという。460ページの大作だが、情景的、叙情的描写で読み始めるとすぐに“一雫ワールド”に引き込まれ、読書欲をかき立てる。作品に込めた思いなどを聞いた。【川田和博】
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インタビュー会場に着くと、全身を黒で統一した“愛用”というユニクロ姿で迎えてくれた。作家とは思えない腰の低さと人なつっこさが第一印象だった。
同作は1985年の大みそかに発生したバス事故の生存者となった少年と少女の波瀾(はらん)万丈の15年を描いたミステリー作品だが、本人はミステリーとして書いていないという。
「ただ単に、出てくる人間をしっかり書きたいと思っていた。人間をしっかり書いた結果、我々の普段の人間関係がミステリーだから…。15年一緒にいる妻が、本当は心の中でどう思ってるのかなんて、分からない。恋人と夫婦が一番ミステリーだと思っていますから(笑い)」
帯には“エモーショナルミステリー”とある。同書は単なるミステリーにとどまらず、恋愛、社会風刺など、さまざまな要素を内包している。そして圧倒的な描写力で、登場人物から実在する俳優の姿さえも想像させる。
「基本的に、小説は全部エンターテインメントだと思っているんです。だから、読んでくださって『この俳優さんが思い浮かぶ』とか言ってくださると、すごくうれしいです」
すぐにでも映画化されそうな気配さえ感じた。実際に担当編集者は、とある映画会社のプロデューサーからの接触を明かした。
「好きな映画を作られている方だったので、進めばいいなと思っています。でも、私からはどうすることもできないので、待つだけです」
同作の設定は85年からの15年間。自身が多感な青春時代を過ごした期間だ。
「中学生になった時、行儀良くは生きてこなかったので、割と夜の街にも行っていた。社会人じゃないからバブルは分からなかったけど、その匂いは感じていました。でもそれが19歳のころに『あっ、崩れたな』と感じた」
そんな中、後に時代を大きく変えることになる携帯電話やインターネットが登場する。
「悲劇のバス事故で全てを失った2人がいろんなことに巻き込まれながら、たった1つの口約束をかなえるために、お互いが罪を重ねながら生きていくというときに、2025年ではまやかせないと思った。それができる時代というのが、良かったのか悪かったかは置いといて、端に追いやられた人間でもなんとか生き抜いていける環境、生き抜かせてくれる場所があったのがあの時代でした」
だからこそ、その時代にこだわった。
「今は一度線路から外れてしまうともう戻る場所がなかったり、一度間違いを犯してしまうと、もう先に進みにくい感じになっていると思っているので。古き良きと言ったらおじさんのたわ言になりますけど、そこの時代を1回書いてみたかった」
◆一雫(ひとしずく)ライオン 1973年(昭48)東京都生まれ。明治大学政治経済学部二部中退。俳優としての活動を経て、35歳時に演劇ユニット「東京深夜舞台」を結成後、脚本家として映画「TAP 完全なる飼育」「パラレルワールド・ラブストーリー」などを担当。17年「ダー・天使」(集英社)で小説家デビュー。3作目「二人の〓(口ヘンに虚の旧字体)」(幻冬舎)がベストセラーに。