
タレント武田鉄矢(75)が2日、3月31日から始まったフジテレビ系新番組「サン!シャイン」(月~金曜午前8時14分)にスペシャルキャスターとして出演。武田鉄矢が伝えたいこと・教訓を「カンペ」で伝えていくコーナー「教えて サン!八先生」で突然、感極まって、感情を抑えきれず、涙を流す一幕があった。
この日のカンペは「テレビ今昔物語」。武田は「テレビのニュースどんどん難しくなります。お笑い番組、難しいですなあ。歌番組は何を歌ってんのかさっぱり分かんない」とスタジオに笑いを生んだ。さらに「テレビという現場をわたくし、職場にしておりますけど、実は半分ぐらい分かっていないんでございますね。ダイバーシティーってのは難しい言葉ありますけど、私は(東京・台場にある)フジテレビのことかと思っておりました」と順調にスタジオをわかしながら進行した。
武田は、昭和、平成、令和と生きてきて「ニュースを見ながら、私どもは手探りした」として、テレビのニュースのこれまでを振り返ってみると話題を展開。カンペに「1959年4月10日」と記し「これは日本中に未来がやってきた。未来とは何か、テレビでした」と続けた。この日付は上皇さまと上皇后さま、当時の皇太子殿下と正田美智子さんのご成婚パレードがテレビで生中継された日だ。
武田は当時を振り返り「わが家は、と申しますと、テレビは遠い未来の道具でした。父親が務めております鉄工所。月給はと申しますとですね、やっと1万円程度。母親がミシンを踏んで一生懸命繕い物していましたけど、2000~3000円の収入でありますから、6万、7万するテレビが買えるわけがない」と告白。それが「この父親が、1959年の2月くらいに、ぽつんと、『鉄矢』ていうから『なんね』『テレビば買うぞ』。うれしいんだけど買えるわけがない。父ちゃんの給料9000円くらいですから」。
武田は「酒飲んでる時は戦争の話ばかりする暗い父親でした。その父親がテレビを買うと言い出した」。その理由は、ご成婚パレードがテレビで中継されると聞いてのことだったという。母親はだまって針を動かしていたが、パレードの数日前、「わが家にテレビがやってきた。木箱に入っておりました。そのテレビが茶の間に置かれた、青白い光が暗い茶の間にすーっと。テレビを見た。何が写っていたか。東京の遠い街の風景が写っとる。わくわくしますな。憧れの映画スター、歌手の歌声、姿が見える。暗かった茶の間がぱーっと明るくなった」と語った。
ご成婚パレードの当日、工場も休みとなり、家族でテレビを見たという。武田は「母親はミシン踏みながら振り返り振り返りテレビ見とりましたよ」と言った瞬間、「いやぁ~」と声を裏返らせ、右手で鼻をこすり、「ごめんなさい、泣けてきちゃった」と顔をくしゃくしゃにさせた。さらに美智子さまのご実家からの出発シーンで「私は10歳のガキでしたけど、こんなきれいな人は見たことがなかった。なんてきれいな人だろうと」と続けたあたりで、抑えきれず、「ちょっと涙が出てきちゃった」とハンカチで涙を拭うと、スタジオからは「先生、しっかり」の声も飛んだ。
この映像を見ている父親は、この日は焼酎を飲まず「鉄矢」と呼んだので「なんね」と応えると、「日本はもしかすると、これからようなるかもしれんぞ」と語ったという。武田は、この日が「テレビと出会ったとても幸せな日でした」と語った。
中学になったころ、日本の景気が上向き始めたという。「テレビメディアや新聞メディアが何も言わない時に、私のおやじが未来を言い当てた。そんな風に思うんですよ」とし「それを誇りに思っている」とも話した。
武田は「テレビを作っていくということも難しい時代でありますが、しかし、テレビのニュースの画面の隅っこに、未来が写ることがあります」と語り、「どうぞ当番組、お付き合いをよろしくお願いします」と呼びかけた。