第37回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞(日刊スポーツ新聞社主催、石原音楽出版社協賛)の各賞が、先月27日の配信番組および28日付の紙面で発表されました。動画や紙面でお届けできなかった受賞者、受賞作関係者のインタビューでの喜びの声を、あらためてお届けします。
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「もうお祭り騒ぎですよ」。助演男優賞の藤竜也(83)藤は優しい笑みを浮かべつつ、2024年をそう振り返った。「『大いなる不在』に始まり、『大いなる不在』で終わる感じ」と総括した。
昨年のサン・セバスチャン映画賞(スペイン)コンペティション部門で、日本人初のシルバー・シェル賞(最優秀俳優賞)に輝くなど、国内外でその名演が評価された。だが、「石原裕次郎」の名を冠した映画賞での受賞は特別。「ちょっと考えられない」と目を細めた。
石原さんを「63年のキャリアの中で、たった1人憧憬(しょうけい)の念を抱いた人物です」とし、「石原さんがお元気でいたら、どういうことをおっしゃるのか。『タツ』って呼んでくれるのかな」と言葉をかみしめた。
62年、日活作品でデビュー。その駆け出しだった頃の暮れに、若手俳優たちが石原さんの自宅に呼ばれた。「当時、殺陣を研究する会があって、私もそこに末席で呼んでいただきました」。だが、憧れの存在が故に「なんかそれが逆に出て、けんかしたくなっちゃったんです」とほほ笑んだ。「石原さんはそれを受け止めてくれて。やっぱり器の大きな人でした」。翌日、撮影所で平謝りしたが、「なんかそれ以来、近くに寄せていただいたといいますか」とエピソードを明かした。
その後、石原さんから「おいタツ、ガールフレンドの1人や2人はいるんだろう? どういう人なんだ?」と声をかけられた。この時、現在の妻である芦川いづみさんとの交際がスタートしていたが、芦川は当時、日活の看板女優。「います」と答えたが「学生です」とうそを返した。「それがどうにも引っかかって。4~5日してから訪ねて、本当のことを話しました」。
当時の藤はまだ大部屋俳優。「やっぱり、会社としても納得できないだろうなと思っていたんです」。そこで一肌脱いだのが石原さんだった。「『よしタツ、俺に任せておけ!』ということで、何も文句を言わせないようにしてくださった。結婚式にはタキシードを送ってくださってね。本当に恩人です」とエピソードを明かした。
認知症の父を演じた「大いなる不在」(近浦啓監督)での役作りは、「何もしていない」という。「今回は降りてきたっていうか、入って来て拝借されたって言いますかね。ですから、本当に何もしてません。珍しいケースで、実際に初めてです」とし、「年中こうだったら楽ですけど」。ロケは、認知症を患った関係者の父親が住んでいた家で行っており、「そしたら、お父さんが私に入って来ちゃった」といたずらっぽく笑った。
サン・セバスチャン映画際では「映画よ、ありがとう」と述べた。「映画はチーム。1人ではできない。俳優は生かされてなんとか形ができるものですから、いい入れ物に入らないといい花は咲かせられない」とし、「いい映画の中に存在してないと褒めてもらえないわけですから、いい映画に声をかけてもらってうれしいですね」。あの言葉には、そんな思いが込められていた。
だが、タイトルについては「意味が分かりません」という。「今までの作品で最後まで分からなかったのは、この『大いなる不在』と『アカルイミライ』ですね」と笑った。
「私のようなどんくさいのが、よくもまあ、こうやっていさせていただいたなと思います」と長い俳優人生を振り返りつつ、「この言葉がぴったり」と“無事これ名馬”の格言を口にした。「私はサラブレッドじゃなくてね。でも、そこが良かったんでしょうね」。名俳優にして謙虚さを持ち合わせる藤は「大いなる“存在”」だった。【川田和博】
◆藤竜也(ふじ・たつや)本名・伊藤龍也。1941年(昭16)8月27日、中国・北京生まれ。66年渡哲也さん主演映画「嵐を呼ぶ男」で存在感を見せ、70年代の日活のアクション映画「野良猫ロック」シリーズで活躍。76年、故大島渚監督「愛のコリーダ」で第1回報知映画賞主演男優賞受賞。「大追跡」やNHK連続テレビ小説「おかえりモネ」などテレビドラマにも多数出演。
◆大いなる不在 卓(森山未來)は、小さい頃に自分と母を捨てた父(藤)が警察に捕まったという連絡を受ける。久々に再会した父は認知症で別人のようになり、父が再婚した義理の母直美は行方不明になっていた。卓は次第に父の人生をたどっていく。