
第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品を果たした『アスファルト・シティ』が大ヒット上映中です。アート、カルチャー、ファッション、そのすべてにおいて世界の最先端を誇る街、ニューヨーク。だが、人々の夢と憧れを集めて輝くこの街は、犯罪と暴力に支配されたエリア、ハーレムという闇も抱えている。そんな真昼の太陽の下でも一人歩きを止められるハーレムを、縦横無尽に駆け回る者たちがいる。出動命令を受けるやいなや、命を救うために飛び出して行く救急救命隊員だ。彼らを待ち受けるのは、ギャングの抗争、ドラッグを巡る銃撃戦、オーバードーズ、DV、言語の通じない人々の争い──日本に暮らす我々の想像を寄せ付けない、まさにこの世の〈地獄〉と呼ぶべきハーレムの救急医療現場。その知られざる〈リアル〉に肉迫する、緊迫の没入型スリラーとなっています。
腕利きのベテラン救急救命隊員の主人公ラットを演じるのは、『ミスティック・リバー』『ミルク』で2度アカデミー賞主演男優賞を受賞した、名優ショーン・ペン。ラットの相棒となるもう一人の主人公・新人隊員のクロスには、『X-MEN』シリーズ、『レディ・プレイヤー1』のタイ・シェリダン。さらに、『ファンタスティック・ビースト』シリーズのキャサリン・ウォーターストーン、『ラストデイズ』のマイケル・ピット、元プロボクサーのマイク・タイソンら個性派キャストがハーレムの街で力強く生き抜く人々を演じます。
監督は、カンヌ国際映画祭の「ある視点部門」に出品された『ジョニー・マッド・ドッグ』や『暁に祈れ』など、バイオレンスをテーマに社会と人間のダークサイドに真正面から斬り込む容赦なき作家魂で高く評価されるジャン=ステファーヌ・ソヴェールさん。作品のこだわりについてお話を伺いました。

――本作素晴らしかったです。ストーリーはもちろん、赤と青のコントラストなど映像の演出が凄かったですが、原作の小説からどの様に映像化しようと考えたのでしょうか。
カラーに注目してもらって、ありがとうございます。実際に、2年間救急車に乗って、密着取材をして映画撮影の準備をしたんですけれども、その時に感じたことを映像に取り入れています。夜に取材することが多かったのですけれど、夜に救急車に乗っている時に光や色が印象的でした。音もそうですね。以前実験映画を撮った時に、サイレンにすごくクローズアップした映像を撮って、非常に面白いものが撮れたんです。今回もそのサイレンの光、色の非現実性っていうのに注目してみました。
――実際に救急車に乗っていたというのは驚きました。
実際に強烈な体験をしました。元救急救命士の経験を持つ作家シャノン・バークによる実話に基づく小説がベースになっていますけれど、その原作は90年代が舞台なので、今のニューヨークの救急車の現実を知りたかったんです。私は自身は救急救命士ではないので、人の命を助けたり、医療行為をするわけではないのですが、同乗することで作品作りに必要な経験をさせてもらいました。
7月4日の獄立記念日に、知り合いの救急救命隊から電話がかかってきて、「今日は祝日ということで何かが起きると思う。同乗したらどうか」と連絡をもらいました。それで救急車に待機していたら、ガンショットの撃ち合いの通報が入って、僕もストレッチャーを運ぶ手伝いをしていました。その後もずっとパンパンパンパンという音が鳴り響いていて、それが7月4日の花火なのかと思っていたら「まだガンショットが続いているんだよ」と言われて、また車の中に隠れて。その打ち合いに遭遇した体験というのが、映画の最初のシーンに活かされています。
――監督ご自身に危険なこともたくさんあったのではないでしょうか。
もちろん私は守られた範囲内にいたので、命の危険がある様な目には合わなかったです。ニューヨークの現実、ニューヨークのはらわたの部分をしっかり掴みたいと思って密着取材を出来たことは一番重要だったと思います。フィクションで描かれている救急現場の人々は往々にしてヒーローであり、いかにも簡単にやっている様に見えますが、現実というのは全てが難しくて、全てが重いんですね。人の体を運ぶのも重いし、ストレッチャーも重いし、あまり良い住宅環境では無い場所が多いので階段を使わないといけない。彼らの毎日は難しく重い、苦しいことなんですね。その現実を掴みたかった。

――私が今生きている世界からすると大変すぎる状況が描かれていますが、壮絶な環境の中で命を軽くは扱っていないというか、未来も感じられるような部分もありました。現場で取材をしていて、そういった希望が見える瞬間みたいなものがあったのでしょうか。
希望を見出せるというこのは人間の力だと思うんですね。システムが壊れていても、あらゆるコンディション悪くても、環境が厳しくても、何かしら希望を見つけて生きていけるというのが、私たち人間の力だと思うんです。私のデビュー作はコロンビアを舞台にしたドキュメンタリーだったですけれど、内戦状態のコロンビアで子供たちが力強く生きていく。信じられないような難しい状況でも生きていく力を見つけていけるというのが人間なのだと思います。
――今ドキュメンタリーのお話をしていただきましたが、前作の『暁に祈れ』(2018)も事実を基にしていて、本作もそうですね。監督はその現実に起きたことを作品にすることを大切にしているのでしょうか。
私はリアルを描くということが好きなんですね。時には忘れられている現実とか、人々が目を逸らしたいような、見たくないような現実を思い起こさせてくれる作品が好きなのです。子ども兵士の話、タイの刑務所の話もそうですし、人生における戦いを描きたいと思います。すごく暴力的なコンテキストの中で、その人物たちがどう生き残るのか、どう脱出するのかを描くことが好きなのです。本作もそうですね。
――今日は素敵なお話をありがとうございました。今日監督が、日本のブランドであるハードコアチョコレートの『暁に祈れ』のTシャツを着てくださっていて嬉しいです。
そうなんだよ!コメントをもらってとても嬉しいよ。日本の皆さんは、この映画からこういうことを感じて欲しいなと作った作品を、しっかり受け止めてくれるのでありがたいのです。社会に向けている視点や考え方が私と共通するものがあると思いますし、映画を通して皆さんと語り合いたいテーマを見い出してくれる。本当に私にとって日本というのは特別な国です。なので今日もこのTシャツを着てきました。

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