
80年代後半の夏、闘病中の父と、仕事に追われる母と暮らす11歳の少女・フキの物語。第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、世界の脚光を浴びた 『ルノワール』が、6月20日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開中です。
本作は、長編初監督作品『PLAN 75』(22)が第75回カンヌ国際映画祭でカメラドール特別表彰に輝き、同年のアカデミー賞®日本代表として選出、更に世界各国の映画祭で監督賞や作品賞にノミネートされるなど、恐るべき評価を集めた早川千絵監督待望の最新作。
フキの母・詩子役を演じた石田ひかりさん、父・圭司役のリリー・フランキーさん、早川千絵監督にお話を伺いました。
[STORY] 1980年代後半のある夏。11歳のフキは、両親と3人で郊外の家に暮らしている。ときには大人たちを戸惑わせるほどの豊かな感受性をもつ彼女は、得意の想像力を膨らませながら、自由気ままに過ごしていた。ときどき垣間見る大人の世界は、複雑な感情が絡み合い、どこか滑稽で刺激的。闘病中の父と、仕事に追われる母の間にはいつしか大きな溝が生まれていき、フキの日常も否応なしに揺らいでいく――。

――素晴らしい映画をありがとうございました。監督は石田ひかりさんとリリー・フランキーさんの出演を切望されていたそうですが、撮影していて「自分が思った以上のシーンが撮れた」と感じた瞬間はありましたか?
早川千絵監督(以下、早川):全部です。もう、本当に全部ですね。
リリー・フランキー(以下、リリー):ありがとうございます。でも僕は脚本が本当に素晴らしかったなと思っていて。撮影中から「良い映画になるだろうな」と感じていました。子供ながらの残酷さ、頓着さ、危うさがすごく詰め込まれていて。監督の優しさの中にある、天然で独特の“トゲ”みたいなものが、思春期を描くことにマッチしているのかなと思います。それでいて鑑賞後の気持ちが重くなくて、それは監督が上品な方だから、品良く仕上がるんだなって。
石田ひかり(以下、石田):『PLAN 75』を拝見した時から、「いつか必ずご一緒したい!」と思っていたので、こうして2作目でオファーをいただけるとは夢にも思っていませんでした。本作の撮影の時も、「これはもしかしたら、すごいことが起こっているんじゃないか」という予感のような、確信のような気持ちはありました。完成した映画は、私の期待も想像も遥かに上回る作品で、本当に素晴らしいと思いましたし、その中にいられたことを心から幸せに思います。

――80年代が舞台の物語ですが、監督ご自身の経験や、当時を思い出して脚本を書いた部分もあるのでしょうか?
早川:小学生ぐらいの時から映画を作りたいと思っていたので、「こういうシーンを撮りたい」「この光景を残したい」と感じていたものがたくさんあって、本作でたくさん吐き出していった所があります。もちろん忘れちゃったことがいっぱいあるので、もったいないなと思いつつ、残っていた記憶や感情がこの映画に入っています。
――自分の話で恐縮なのですが、フキが友達と原爆のアニメーションを観ていて、友達が失神しちゃうシーンを観て、私も同じ経験をしたことがあるのでビックリしたんです。私は中学生でしたが。
早川:そうだったんですね。それはビックリ。授業で、ですか?
――そうです。すごく集中して観ていて気付いたら…という。特定のモデルがいるわけでは無いのに、たくさんの方に「こういう時があったな」と思わせる作品であることが素晴らしいなと思いました。
石田:舞台が1980年代ということの説明があるわけではないのに、ちゃんと伝わっているんですよね。
リリー:先ほど記者さんがおっしゃった様に、何か自分の子供時代とリンクしたり、想起させる様な、最大公約数を描いているわけではないのにそう感じる不思議なパワーがありますよね。映画の中で僕が演じたフキの父親は死にますが、フキは泣かないんですよね。これがエンタメに振り切った作品だったらわんわん泣くかもしれないけれど、この感じ、なんかわかるなと。その死に対する反応のリアリティが凄いなと思いました。先ほども取材で“死生観”というワードが出てきたのですが、死生観というのは年を取れば取るほど感じるものなので、子供なんてそんなものだろうと。
他にも、フキが父親と手を繋いで土手を歩いていて、前から同級生が来た時にパッと手を離す。同級生の父親よりも年上なんだろうし、病気で杖もついてるし、フキは気後れしたんだろうなと思うんだけど、その時の手の離し方が絶妙で。
石田:分かります。誰にでも身に覚えがあるような、後ろめたい瞬間を描いていますよね。ちょっとお友達に意地悪したくなったり、人の家の引き出しを勝手に覗いちゃったり。
リリー:そうそう、監督が人の家の引き出しを開けちゃうタイプだったなんて意外でした(笑)。
早川:あれは私の実体験では無いのです(笑)。
――占いや超能力の描写もふんだんに出てきますが、それも時代のムードを演出していますよね。
早川:あの時代って、そういった番組がすごく多くて。私も子供の頃好きで観ていたのですが、本当かどうか分からないのに、なぜか信じたくなる様な魔力があったんですよね。心のどこかで「これが本当だったらいいな、魔法があったらいいな」と信じたかったのかもしれないなと思いました。あと、ああいう番組が普通に地上波で流れていた時代の無邪気さも。今だったら批判の嵐だと思うんですね。不思議な番組がたくさんあったなあという郷愁でもあります。
――健康食品ビジネスなど、悪意のある側面でも出てきますね。
早川:今でも存在していると思うのですが、重い病気に罹ってしまって一般的な治療から見放された時に、それでも道を求めてしまう、怪しいものにもすがってしまうというのは人間の切ない姿ですよね。フキの父親も普段だったら、そういうものを信じないタイプだと思うんです。
リリー:怪しい気功教室に大金を使ってしまったことで妻と大喧嘩になるじゃないですか。映画を観た時に思ったんだけど、結局食卓で家族3人で話しているのって、あのシーンだけなんですよね。あの家族らしい光景の中で、お母さんのヒステリック具合が素晴らしくて。ずっと“低温”で怒っている、嫌な怒り方をする妻なんですよ。その表現が(石田さんが)素晴らしくて。
石田:ありがとうございます(笑)。わたし、ずーっと機嫌が悪いんですよね。
早川:あの食卓での喧嘩シーンを撮っている時が、一番苦しくなっちゃって。お2 人が完璧に演じてくださっているが故にです。子供の頃って親が喧嘩していることがすごく嫌ですよね。その時の嫌な気持ちとか、色々な感情が引き出されるお2人の迫力でした。
リリー:監督は俳優に「声を張ってください」というタイプの人じゃないんだけど、お母さんがフキに「気持ち悪い」って言った瞬間に父が「子供にそんなこと言うな」と怒る所だけは「もう少し声を荒げてください」と言われたんです。もうちょっと怒りをあらわにして欲しいと。完成した映画を観てその意味が分かりました。

石田:私は監督にはいつも「とにかく抑えてください」、「もうちょっと抑えてください」と言われていて。割と感情を発散する芝居をしてしまうことが多いので、とても難しかったですが、とても勉強になりました。
リリー:その抑え方がまた素晴らしいの。いい感じになっている男性の奥さんが家に来るシーンとかも、言葉では表現出来ない嫌な空気が流れていて。それを演じる中島(歩)さんも色男なのに気持ち悪くて最高で(笑)。
石田:喫煙所での出会いのシーンも好きです。何かあるわけじゃないのですが、絶対この後何か起こるという予感にあふれている空間で。

――フキがお母さんの恋心を無くそうとおまじないをするシーンもいじらしいですよね。
早川:「お母さんとこの人、何かあるな」と感じている所とか、伝言ダイヤルで男女が求め合っている声を聞いたり、大人の“欲”の世界が垣間見える中で、100%分かってはいないけれど、その世界に触れたがっている。そんな姿を描きたいと思いました。
リリー:性の芽生えに関する描写がすごく秀逸だと思いますね。フキは11歳の中でも少し幼稚な部分もあり、でもものすごく鋭い目をする時もある。人の顔をじっと見つめるシーンも「子供ってそうだよなあ」と思わされて。
河合(優実)さん演じる女性の長台詞が5ページくらいあったので「この“ギターソロ”どうやって撮るんだろう」と思っていたのですが、河合さんが懇々と独白している後で、フキが超ウロウロしているんですよ。それも最高でした。
早川:フキはあの女性に催眠術をかけることにしか興味が無いので、切実な独白を聞いても興味が無かったらフラフラしちゃうだろうなって。子供ってそうだよなと思って撮ったシーンです。
リリー:あらゆるシーンで匂い立つ映画ですし、何気ない映像がすごく美しかったりもして。さっき、ひかりさんとも言っていたけど、もっと観たい。3時間バージョンで観たかった。
石田:最初は2時間40分くらいあったんですよね?それも観たかった!
早川:そうなんです。色々な調整もあり最終的に122分になりました。
リリー:本当にこんな映画に関わることが出来て幸せです。
――素敵な映画、素敵なお話をありがとうございました!



撮影:たむらとも
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