「Hulu U35クリエイターズ・チャレンジ」第1回グランプリの⽼⼭綾乃監督が手がけ、映画初主演となるアーティスト・川⾕絵⾳と⼥優・萩原みのりがダブル主演を務めている、Hulu初のオリジナル映画『ゼロの音』。現在Huluで独占配信中です。
物語は、病によって⾳楽の道を絶たれた⻘年が、憧れの⼈の死に直⾯ したことをきっかけに、たくさんの⼈々と出会い、⼈⽣を再⽣していくハートフルストーリー。「indigo la End」「ゲスの極み⼄⼥」「ジェニーハイ」など様々なバンドで、ボーカル・ギターを担当し⾳楽活動を⾏う川⾕さんが、チェリストの道を諦め、市役所の⽣活福祉課で 働く⻘年・⼤庭弦(おおば・げん)を演じ、市役所の同僚・上国料いと(かみこくりょう・いと)を、『花束みたいな恋をした』(21) 『街の上で』(21)など話題作への出演が相次ぎ、主演作『成れの果て』(21)などで繊細な演技⼒を⾼く評価される⼥優の萩原さんが演じています。
⽼⼭監督、川谷さん、萩原さんの3人に、作品の魅力、撮影の思い出などお話を伺いました。
──本作とても楽しく拝見させていただきました。素晴らしかったです。まず監督に、弦というキャラクターを川谷さんお願いしたいと思った理由をお聞きしたいです。
⽼⼭監督:私はもともと音楽が一切出来ない人間で、この作品作りをはじめてからチェロの教室に通いはじめたくらいなのですが、この弦というキャラクターを演じていただくのはアーティストさん、音楽で生計を立てている方が良いなと思っていました。私自身が弦という人物をつかみきれていない部分が、脚本の段階ではまだありました。数あるアーティストさんの中で、川谷さんはたくさんのバンドをやられていて、「何があっても音楽を辞めなそう、楽器を手放さなそう」だと思い、お手紙を書かせていただきました。
──楽器の中でもチェロを選んだというのは、どんな理由があるのですか?
⽼⼭監督:楽器に興味があって、楽器を題材にした作品を作りたいなと思った時に、チェロのかたちが人に近いと言われていたり、人の声に近い音域という部分に興味を持ちました。一番は、チェロを弾いている方の文章で「チェロを弾いていると、チェロに抱きしめられている感覚になる」というものを読んで、楽器に抱きしめられているというのはすごく素敵な表現で魅力的な楽器だなと思ったのが理由です。
──川谷さんの出演の決め手は監督からのお手紙だったそうですね。
川谷:手紙まで書いてくださるということはなかなか無いですし、監督の気持ちが伝わってきて。音楽を題材としたものですし、全く音楽が関係無いお話よりも親しみやすいなと思って出演させていただくことにしました。あとはチェロがテーマということも決め手の一つです。チェロの音色がもともと好きで、僕は曲に弦楽器の音色を入れることが多いのですが、チェロ奏者の方にアレンジをお願いすることも多くて。チェロをはじめてみたかったけど、なかなかハードルが高いので、このタイミングでやれることも嬉しかったです。去年バイオリンをはじめたので、そういう巡り合わせもありました。
──今もチェロは続けていらっしゃいますか?
川谷:やりたいんですけどね、なかなか忙しくて買えていなくて。でも頭の中にはいつもチェロの音色が鳴っていますね。この撮影の為にたくさん練習した音色が、悪い意味でノイローゼみたいに…(笑)。(『ゼロの音』の中で)最初のホールで弾いている曲、中盤で演奏する曲はずっと鳴っています。
⽼⼭監督:撮影に入る前に「冷や汗をかくくらい練習しています」とおっしゃっていて。弦はチェロが弾けるだけではなくて、元・天才チェリストという設定なので、さらに大変だったと思います。
川谷:チェリストとして見える様に、そこまでちゃんと見せられたらなと思っていたので、完成したシーンを観た時は少しほっとしました。
──いと役の萩原さんはいかがですか?
⽼⼭監督:目ですね。目が本当に綺麗で。『成れの果て』の予告編を観た時に「こんなにすごい目をしている方がいるんだ」と衝撃を受けて、それで萩原みのりさんのことを知りました。萩原さんが「いと」という、他者を包み込んでくれるような人物を演じたらどうなるんだろう、見てみたい!という気持ちがあってラブコールしました。
──いとさんの芯のある優しさというのが、萩原さんが演じることでさらに説得力が増していますよね。萩原さんはこの役柄をどの様にとらえられていましたか?
萩原:最初に意識していたことは、とにかく人を見ている気付ける人でいようということです。いとは自分自身が繊細だからこそ、周りのことによく気付ける人だと思ったんです。でも、だんだんと「いとは監督と似てる!?」と感じる事が重なって、、監督を観察して意識していました。いとは市役所の生活福祉課勤務ということでよくお辞儀をするのですが、監督のお辞儀の所作が、私が今まで見てきた中で一番綺麗で丁寧なんです。まさに「いとだ!」と思いましたね。
⽼⼭監督:仕事で謝ってばかりなので…(笑)。※監督はテレビ番組の制作にも携わっていた。
萩原:クランクインの前にお祓いをしていただいたのですが、皆の前に出てお辞儀をする監督の所作がとても目に焼き付いて。「これをやろう」と。いとはなるべく深くお辞儀をする様に、人が見えなくなるまで頭を上げない様に。相手に対しての敬意としてしっかりお辞儀をしようと意識していました。
⽼⼭監督:演技事務の方に「どうやら監督の所作を意識しているらしいよ」と教えてもらって、本当に恐れ多いのですが、光栄でした。
──お辞儀一つ一つにも心がこもっていて、いとには嘘の無い真っ直ぐさをとても感じました。
萩原:いとは他者と話している時、本当に心で思っていることを伝えようとしていると思うので、そういう部分を意識しました。あとは弦さんの前での居心地の良さです。いとは、相手のことを考えているからこそ先回りして話しますが、弦の前では気を抜いて話すことが出来て。気がついたら一番気を許せる存在になっている。その段階をどのくらいで表現していこうかな?というのは考えていました。でも、実際に撮影に入ったら本当に楽しくて、流れの中で演じていました。
川谷:現場が本当に良い人たちばかりで、僕は映画出演が初めてなのですが、親しみやすい、入り込みやすい雰囲気でした。映画ってたくさんの方が関わっているので、一人くらい嫌な人がいてもおかしくないと思うのですが、本当にいなくて。
萩原:川谷さん、ずっとそうおしゃってますよね(笑)。本当にみなさん良い方ばかりで。それに、この作品の撮影期間はよく眠れたんです。日中のシーンが多くて、夜のシーンがほとんど無かったので、爽やかな時間に撮影が終わっていました。夜まで撮影があるスケジュールが続くと、どうしても疲れがたまってくるので、イライラしてしまうこともあると思うのですが、この組はみんなちゃんと寝て、疲れをとって、翌朝「おはよう!」ではじまるので、とても充実した時間でした。
川谷:朝は早かったです。5時台に新宿集合とか。
萩原:そんなに朝早いのに、川谷さんはちゃんと家で朝ごはんを食べてからいらっしゃっていて、すごかったです。
川谷:スタッフさんに「500円まではコンビニで朝ごはんを買って良いですよ」って言われて、遠足みたいだなって(笑)。だったら家で作った方が良いかと思って。毎日俺の分の500円は浮いていたと思います。
──勝手なイメージで恐縮なのですが、アーティストさんって夜型の方が多いのかなと思っていました。
川谷:めちゃめちゃ夜型です。撮影に向けて朝型にしましたね。朝型に慣れてきたので、そのままいけるかなと思ったのですが、撮影が終わったら一瞬で夜型に戻りました。
──なかなか続けるのって難しいですよね(笑)。朝早くからの撮影だったということですが、多摩地域のロケ地や、住宅もとても素敵だなと思いました。
⽼⼭監督:私が専門学校に通っている時に住んでいた街が武蔵小金井で、地形的に坂が多い場所でした。弦といとが自転車で上り下りをする坂は小金井市にある坂で。上京してからずっと住んでいた場所だったので武蔵小金井は、第二の故郷というか、私がいつか大きな作品を撮れるようになったら、小金井市で撮影がしたいなと。
川谷:僕も武蔵小金井が第二の故郷なんです。上京してすぐに住んだ場所で。映画の中で自転車で下っているシーンの奥に見えている不動産屋で、母と一緒にアパートを探したので、めちゃくちゃ懐かしかったです。
──自転車のシーンはとても印象的で、冒頭で心をつかまれました。
川谷:完成した映像を見たら、すごい勢いで自転車を漕いでてウケましたね。全力で漕がないとあの坂を登れないので、不可抗力でそうなってしまったんです。自転車自体も久しぶりに乗ったので。
萩原:何テイクくらい行くかな?と思ったら2回で終わって見事でしたね。めちゃくちゃ必死に漕がないと登れないけれど、疲れを見せてはいけないキャラクターだったので、川谷さんは大変だったと思います。
──監督が撮影や編集をしていて「このシーンもらった」と思わず嬉しくなってしまう様な瞬間はありましたか?
⽼⼭監督:たくさんありました。楽器が似合う人っているじゃないですか。言葉では表現出来ない雰囲気というか。川谷さんがチェロを持っている姿を初めて見た瞬間に「やった!」と。いとについては、「いとはなぜ弦を追いかけるのか」という行動原理が私も書きながら理解しきれていなかったで、心配な部分がありました。でも萩原さんは引き出しをたくさん持っていらっしゃるので、私が立ち止まりそうになった時に「こういうニュアンスですか?」と聞いてくれて。お芝居の引き出しが多い萩原さんに助けていただいていました。
──お2人の特に好きなシーンをお聞きしたいです。
萩原:弦がチェロを弾いて真琴さんと話しをしているシーンは、現場ではななめ後ろからしか見れていなくて。話している弦さんの後ろ姿から気持ちを感じている好きな撮影だったのですが、完成した映像を観て、より好きになったシーンです。弦さんが一生懸命気持ちを伝えようとしていて、そういう人の姿ってとても素敵だと思うので。伝えようとしている様がきちんと画に映っていてとてもいいシーンだと思いました。
もうひとつ、私はラストシーンが脚本の段階からとても好きで、何かが変わったわけでは無いのだけど、心地良い時間が流れているというか。最初と最後があまり変わっていない作品が元々好きなんです。「この作品ってどんな作品ですか?」と聞かれた時に、はっきりと答えられない様な作品が好き。「説明出来ないから観てね」と言える作品ですね。弦といとの関係性もそういった良さがあって、すごくいいなあと思っています。「弦といとってどういう人?どういう関係?」と聞かれても「弦といとです」としか言えない魅力がありますよね。
川谷:表現が素晴らしいですね。上手いなあ、インタビュー。
萩原:あ、いじってる!(笑)。
川谷:長野でのシーンはほぼ(萩原さんと)別々だったので、女の子と走り回ったり、髪を乾かしているシーンは、すごくほっこりしました。すごく良いシーンですよね。
⽼⼭監督:お2人にはほとんど演出と言えるものはつけていなくて、川谷さんには「間をとってください」としか言っていないですし、萩原さんにはアイデアをいただいて採用させてもらってという感じだったので、本当にお2人の自然な空気が作品を作ってくれたのだと思います。
──何度でも観たくなる様な、優しくてあたたかくて心地よい作品ですよね。
⽼⼭監督:ニュース番組の制作をしていたので、街頭インタビューで街の皆さんの声を聞くことがよくありました。そういう時ってどうしても、見出しになるような、観た人の印象に残りやすいエピソードが選ばれることが多くて。社会の実情や、特に苦しい状況を取り上げることはテレビの役割の一つだと思うので、そのことは否定しないですし、むしろ肯定派です。でも、自分が一人の映像に関わる人間として、「すごく悲しい人」と「すごく嬉しい人」の間にいる、いわゆる“普通”と言われてしまう人たちのことを、映画だったら映せるのではないかと思いました。名前のついていない悩みや、気持ちを作品の中で描ける監督になりたいと思っているのですが、それがなかなか難しいですね。
──今の監督のお言葉を聞いてから、また『ゼロの音』を観たくなりましたし、ご覧になった後にもこのインタビュー記事を読んでいただけたら嬉しいなと思います。今日は素敵なお話をどうもありがとうございました!
撮影:オサダコウジ
Huluオリジナル映画『ゼロの音』独占配信中
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