TYPE-MOONの起源といえる作品『月姫』のリメイク『月姫 –A piece of blue glass moon-』がとうとうリリースされた。その内容は、待ちわびた時間に見合うものだったか? リメイク前の『月姫』にも触れつつ、レビューしたい。
TYPE-MOONのルーツ『月姫』
『月姫 –A piece of blue glass moon-』は、TYPE-MOONからリリースされた新作ビジュアルノベル。TYPE-MOONといえば、まず『Fate』シリーズを思い浮かべる人がほとんどだろう。しかし、そのルーツを考えるとむしろ、TYPE-MOONといえば『月姫』だ。
というのも、現在は有限会社ノーツのゲームブランドとして存在しているTYPE-MOONが、まだ同人サークルだったころの中軸的存在としてリリースしていた作品こそが『月姫』。そんな『月姫』を古くからのファンはリメイク発表からずっと待ち続けて、とうとう発売されたという経緯から、まさに「待望の一作」というにふさわしい作品なのだ。
より奥深く、より満足感高く生まれ変わった『月姫』
(画像はPC版『月姫』リメイク前のもの)
同人サークル時代のTYPE-MOONが『月姫』をリリースしたのは2000年。リメイクまでに20年以上も経過したことになる。『MELTY BLOOD』シリーズなど『月姫』の関連作品は存在するが、法人化以降、TYPE-MOONは『Fate』シリーズを中心にリリースしているので、『月姫』シリーズを知らない、プレイしたことがないという人がいてもまったくおかしくはない。
そもそも遊ぼうと思ったところで、『月姫』は遊ぶのが難しい。というのも、同人ソフトとしてリリースされているため、市販ソフトのように気軽に購入できない。さらに、ネットオークションなどで探すと、リメイク前の『月姫』シリーズが詰まったパッケージ『月箱』は数万円のプレミア価格となっている。せっかく見つけたところで余裕がなければ、購入には踏み切れないだろう。
その上、20年の年月はコンピューターをアップデートしてしまった。『月姫』をプレイする場合、CD-ROMドライブがついていなければならない。さらに、ドライブがあったとしても、OSの状況によってはCD再生時に不具合が出ることもある。そういう意味では、『月姫』未プレイユーザーのみならず、『月姫』を保有しているという人にとっても、今回のリメイクは待望だと言える。
ちなみに、筆者は『月箱』を保有している。そして、今回PCで動かしてみたところ、幸運にもまったく問題なく動作してくれた。そこでこの記事では、まずリメイク前の『月姫』と『月姫 –A piece of blue glass moon-』を比較する形で紹介していきたい。
(画像はPC版『月姫』リメイク前パッケージ)
ボリュームアップ! より奥深くなった物語
リメイク前の『月姫』と『月姫 –A piece of blue glass moon-』の違いで最も大きなところは、ボリュームだろう。リメイク前の『月姫』は、物語が5つのルートに分岐するという構造だった。アルクェイド、シエル、秋葉、琥珀、翡翠という5人のヒロインに対し、それぞれルートが割り当てられているという形。
これに対し『月姫 –A piece of blue glass moon-』はルート数が2つ。アルクェイドルートとシエルルートのみとなっている。なお、このことは発売前から明かされていた。
5ルートあったものが2ルートになった以上、ボリュームは減っているということになるが、実際にはそうではない。1ルートあたりのボリュームがアップしているためだ。ただ、1ルートがボリュームアップしたと聞いて、素直に喜べないという人もいるだろう。なぜなら、「間延び」「水増し」の可能性という問題が新たに生じるから。筆者も本作購入前、この点を最も心配していた。
(画像はPC版『月姫』リメイク前のもの)
ビジュアルノベルに限らず、小説でも映画でも、およそストーリー性を持つものは、ボリュームに比例して満足度がアップするわけではない。それは、基本的には「起承転結」という一連の流れを持って楽しさを作り出すものだからだ。たとえば、連載コミックだとストーリーの完結までに数年以上を要することも珍しくない。それは連載のパーツとなる一話の中でも「起承転結」を組み込んだ構成になっているため、最終回を迎えてなくても各話ごとに満足度を味わえる。
逆に、どんなにボリュームがあったところで「起承転結」の形が作られていなければ、ストーリーが中途半端な状態になってしまい、満足感は味わえない。それどころか、ボリュームが増えることで、満足感が薄まってしまうことすらあるだろう。これがいわゆる「間延び」「水増し」問題だ。だが、本作においてそんな心配は杞憂だった。
(画像はPC版『月姫』リメイク前のもの)
本作では、キャラクターの心情表現が深く、濃く掘り下げられている。それは文章の変更だけではない。ビジュアル演出も併せて掘り下げられている。たとえば、リメイク前の『月姫』ではほぼ文章の力に頼っていた演出にビジュアル演出を細かく追加。まず表情やポーズのパターンが増加されたことでキャラクターの感情がよりわかりやすくなっている。さらに、エフェクトが大幅に追加されたことで、視覚的にもド派手で爽快に。その上、描かれている状況がどんな状況なのかが、より具体的に把握できるようになった。
とりわけ感心してしまうのは、遠近を感じさせる表現のアプローチ面だろう。これは本作に限らず、『Fate/stay night』の時点から採用されている表現だが、TYPE-MOON作品ではキャラクターの全身が描かれる。通常、本作のようなノベルゲームやアドベンチャーゲームでは、「スチル」と呼ばれる1枚絵の演出シーンを除いてキャラクターの全身が描かれることはない。
一般的なノベルゲーム/アドベンチャーゲームでは、「立ち絵」と呼ばれるキャラクターグラフィックを、背景グラフィックの上に重ねて見せるという演出がとられる。たいていバストアップか、腰までくらいの範囲を描くのが「立ち絵」の特徴。名称は「立ち絵」だが、足の部分は画面の外なのだ。
「立ち絵」×「背景」という演出の大きなメリットのひとつが、画像枚数が節約できるということ。人物が背景に立っているイラストをごく普通に描く場合、立っている場所によって人物のサイズを変化させなければならない。遠くにいれば小さく、近くにいれば大きく。要するに遠近を意識して描く必要があるのだ。
さらに、人物の位置によっては微妙な角度がかかることがあるため、基本的には背景ごとに人物を描くことになる。逆にいうと、遠近を意識しないのであれば、背景ごとに人物を描く必要はない。このため、「立ち絵」×「背景」という演出は、どんな「背景」であっても「立ち絵」を使いまわすことができ、画像枚数を節約できるというわけだ。
(画像はPC版『月姫』リメイク前のもの)
しかし、TYPE-MOON作品では「立ち絵」であっても、キャラクターの全身が描かれることがある。当然、足元も。このことによって本作を含めたTYPE-MOON作品は、高い臨場感を獲得している。「立ち絵」×「背景」という形のみで演出をすると、どうしても舞台演劇のような世界が書き割りになっている背景のような印象を与えてしまうのだが、本作にはそれがない。ちゃんとそこに世界があるような感覚なのだ。
(画像はPC版『月姫』リメイク前のもの)
こうした演出によって本作は、キャラクターの心情がより強力に伝わってくる。それすなわち、より強力に感情移入ができる。それにより我々の感情が動かされていく。
筆者は、ストーリーにおいて「おもしろさ」と「感情の動き」はイコールだと考えている。たとえば、主人公がバトルで敵を倒した。この文章だけだと、何のおもしろさもない。ただもし読者にとってこの敵が、ハラワタが煮えくり返るほどムカつく相手だ……と感じられるような存在だとしたらどうだろう?
当然、主人公がバトルで相手を倒したときによりスカッとする。時代劇やバトルモノ、アクション映画などでおもしろさを感じさせる基本構造がこれだ。ムカつくク○野郎として敵を描くことで、観客の感情を刺激すること自体が、おもしろさへと繋がる。つまり、感情を動かせる作品はおもしろい。そして本作もそういう作品なのだ。
本作のストーリーは、ルートが終わるまで「起承転結」が完結しない。しかし、キャラクターの心情が深く描かれ、強く感情移入してしまうことで、頻繁に感情が刺激し、揺さぶらされる。たとえば冒頭、主人公の志貴がある人物からメガネを受け取るシーン。このシーンは、文章的にはリメイク前と大きく変わらない。しかし、リメイク後のほうが志貴やある人物の心情がより強く伝わり、思わず涙がにじんでしまった。
また、キャラクターの心情がより伝わりやすくなったことで、変わったことも。筆者はリメイク前の『月姫』において秋葉がさほど好きなキャラクターではなかったが、『月姫 –A piece of blue glass moon-』をプレイした結果、グッと来てしまったのだ。どのくらいかというと、秋葉ルートを含む後編を早くプレイしたいと思ってしまったほど。
こんな風に、各シーンにおいて感情が強く刺激し、揺さぶられるため、たとえリメイク前の『月姫』をプレイしていたとしても、本作に「間延び」や「水増し」という感覚を持つことはないだろう。むしろ、プレイ中に先の展開が見たくて手が離せないと感じるのではないだろうか。
TYPEMOON真骨頂のアツさ! 伝奇バトルモノとして傑作
ここまでリメイク前の『月姫』と『月姫 –A piece of blue glass moon-』を比較しながら見てきたが、ここからは比較ではなく、本作の持つ魅力について見ていきたい。ただ、本作のようなビジュアルノベル作品の魅力のコアは、ストーリーそのもの。なので、魅力を紹介することがネタバレに繋がり、魅力を損なうという事態を引き起こす可能性がある。
それは筆者の本意ではないので、極力ネタバレを避ける形で紹介しよう。
主人公、遠野志貴は、七年前の事故によって生死の境をさまよった結果、モノの壊れやすい部分が線として見える特殊な「眼」を持つことになる。この事件をきっかけに遠縁の家へと預けられていた志貴だったが、父親の死をきっかけに実家へと呼び戻されることに。
同じころ、本作の舞台となる街・総耶では、全身の血を抜き取られて殺されるという凄惨な吸血鬼の仕業としか思えない連続殺人事件が発生していた。とある出来事がきっかけで、志貴はこの事件に巻き込まれることになる。以上が示す通り、本作のストーリーとしてのジャンルはホラーテイストの伝奇モノだ。
伝奇モノとは、「幻想的、空想的な話」を扱ったジャンルのこと。こう書くと、ファンタジーもSFも全部伝奇モノじゃないかという話になってしまうので、より現在流通する一般的な形に近づけるなら、「伝説や伝承、神話などに見られる幻想的な存在と、現実的な舞台設定を絡めた物語」となる。
なので、たとえば「冬木市」という現代日本の都市に、「サーバント」という形で伝説や伝承、神話などに見られる幻想的な存在が登場する『Fate/stay night』は伝奇モノ。そして『月姫 –A piece of blue glass moon-』は、「総耶」という現代日本の都市に「吸血鬼」という幻想的な存在が登場する伝奇モノだ。
「吸血鬼」といえば、ゴシックホラーを代表するキャラクターが示す通り、本作は伝奇モノといってもホラーテイストを含んでいる。もともと伝奇モノの原点は中国の小説なので、ホラーテイストとは相性がいい。テイストと書いてはいるが、「なんとなくホラーっぽい」レベルではなく、表現的にはかなりガチ。
なにせ本作の年齢区分は「Z」。18歳未満購入不可という区分で、これは『バイオハザード』の「Zバージョン」と同じ表現を期待して本作を購入する人がいてもおかしくない、そんな区分は、実際ゴア表現もきっちり表現されていて、「Z」の区分に偽りはない。
とはいえ、思わず悲鳴があがってしまうような、「純粋なホラー的恐怖」を感じさせるようなシチュエーションは少ないので、「ホラー作品」を期待してプレイすると違和感を覚えるだろう。あくまで本作は「ホラーテイストの伝奇モノ」だ。
筆者が「ホラーテイストの伝奇モノ」として本作を見た時、魅力を感じるのは「吸血鬼」の設定だ。「伝説や伝承、神話などに見られる幻想的な存在と、現実的な舞台設定とを絡めた物語」が「伝奇モノ」だと書いたが、本作はベースとなっている伝説上の「吸血鬼」の特徴・能力を上手に解体し、現代的な存在へと落とし込んでいる。ゴシックホラーをモダンホラーとして再構成してみせるその見せ方は、「伝奇モノ」の醍醐味をたっぷり味わわせてくれた。
また、本作がTYPE-MOON作品ということも忘れてはいけない。TYPE-MOON作品の魅力は色々あれど、筆者はやはり「熱さ」を挙げたい。「萌え」よりも「燃え」。「元祖」TYPE-MOON作品のリメイクであり、「最新」TYPE-MOON作品である本作にはもちろん「熱い」のだ。
少年がヒロインと出会い、成長しながら異形と戦うというシチュエーションは、『Fate/stay night』の原型を思わせる「熱さ」を内包している。
その「熱さ」を、本作の心情描写がより高めている。「熱い」シーンでは、もちろんキャラクターたちの心の熱量も高い。そんなキャラクターの心の熱量が、強力な心情描写によってダイレクトに伝わってくる。筆者は小説やビジュアルノベルを読んでいる際、興奮すると読書スピードが上がっていき、時間を忘れてしまうのだが、本作のバトルシーンがまさにそうだった。これは熱い。これぞTYPE-MOON作品だ!
わかりやすさと奥深さ! ビジュアルノベルならではの魅力が味わえる一作
ストーリーを味わうだけなら、世の中には小説やコミック、アニメというメディアも存在がある。『月姫』やTYPE-MOONというブランドに魅力を感じない人にとっては、あえてビジュアルノベルという形式に手を出すという意味がわからないかもしれない。
そんな人に、ビジュアルノベルには「ならでは」の独自の魅力があるということを紹介して、本稿の締めとしたい。では「ならでは」の魅力とは何か? それは、わかりやすさと奥深さの両立だ。
たとえば、細やかな心理描写を行うのであれば、小説がベストだ。キャラクターが心の中で思っていることを文章という形でダイレクトに、かつ魅力的に示すことができる。同じことをアニメや実写映画で直接行ってしまうと、画面の絵柄が変わらない状況で延々と独白する……そんなシーンになってしまい、必ずしも魅力的とは言い難い。
一方、小説は状況のイメージを読者の想像力に頼るため、読者の想像力を超えたビジュアル面でのインパクトはそう実現できない。そこはやはり、コミックやアニメといったビジュアル系のメディアだ。また、ビジュアルが使えると、どんな形のものがどの位置にあるかという空間情報を視覚的にわかりやすく示すことができる。
この細かな心理描写とわかりやすい状況描写という2つの要素を両立しているのが、ビジュアルノベルだ。とりわけ本作は、「文字で伝えるべき表現」と「ビジュアル演出で伝えるべき表現」を巧みに使い分けることで、作品とビジュアルノベルの魅力を最大限引き出していると思う。この点において、ビジュアルノベルとして本作を味わう価値があると言えるだろう。
一点、惜しむらくは(購入前に分かっていたことだけども)5ルートのうち、2ルートしか含まれていないという点。かえすがえすも、残り3ルートを含む後編のリリースが待ち遠しい。またまた待つことになるのが残念だ。ただ、本作の内容は「待った甲斐があった」と言えるものだったと思う。なので、後編を楽しみに待ちたい。
余談だが2021年9月末には本作を原作とした対戦格闘ゲーム『MELTY BLOOD: TYPE LUMINA』がリリースされる。しばらくはこの魅力的な世界観に浸っていられる。そのことが、とてもうれしい。
文/田中一広