『愚行録』『蜜蜂と遠雷』で国内外より注目される石川慶監督の待望の新作映画『Arc アーク』。世界的作家ケン・リュウの傑作短篇小説「円弧(アーク)」(ハヤカワ文庫刊)を原作に、息をのむほど斬新な永遠の命のシチュエーションと、行間に流れる死生観を引き継ぎながら、映像作品へと鮮やかに転生させています。
一人の女性の17歳から100歳以上を生き抜く「リナ」という難役を演じ切ったのは女優の芳根京子さん。人類にとって全てが初めてとなる永遠の命の世界を描いた、驚嘆と不思議に彩られた壮大なるエンターテインメント作品が誕生しました。
芳根京子さんに本作での役作りや、印象的なシーン、ご自身の演技論などお話を伺いました。
――本作大変楽しく拝見させていただきました。「見た目が30歳のままで、中身が歳をとっていく」という、表面と内面が違ってくる難しい役柄だったと思います。どう表現しようと思いましたか?
芳根:18歳から30歳への変化は想像がつくけれど、それより上の年齢になると想像がつかなくて。撮影に入る前に石川監督と色々とお話したのですが、「話しても何にも出てこないね」ってなって。「じゃあ、向こうへ行ってから考えましょう」っていう感じで香川へロケに向かいました。頭で考えたりするよりも、「現場で作っていった」という感覚が強くて。その中で、石川監督に言われて「なるほどな」って思ったのは「心の年齢だけが上がっていくっていうのは、きっと、だいたいのことが経験できているから、最短距離で物事を進められると思う」という言葉です。
実年齢より上の役柄を演じる時は、声だったり、姿勢だったり、全部が体の老化現象でしか表現してこなかったのですが、本作のリナは中身だけ年齢を重ねていくので。「あ、なるほどな。物事の最短距離ね」と腑に落ちたというか。
――見た目は変わらないけれど、リナの中身は確実に「物事の最短距離」を把握出来る様になっている、ということですよね。すごく興味深いです。
芳根:面白いですよね。中身に変化があるっていうのが分かっている部分、「逆算して演じたほうがいいのかな」ってずっと考えていたんですけど、クランクインして18歳を撮っているときに「あ、これ逆算じゃないな。その瞬間で、どういうリナがそこにいるべきかを考えていったほうがいいな」と思いました。計算で作ったお芝居が意外と少なかったと思います。
ーー「プラスティネーション(遺体を生きていた姿のまま保存できるように施術する技術)」には特に惹きこまれました。どの様に練習をしましたか?
芳根:ひたすらに練習を重ねた、と言う感じですね。どの角度が綺麗かとか。あのシーンは完全にアートというか。お芝居には正解がないけど、あの部分だけは完璧な状態でありたかったので「どの角度が素敵ですか?」とか「もうちょっと手首をこうした方がかっこいいですよ」って、振り付けの三東瑠璃さんからたくさんご指導ただいて。プラスティネーションの装置がずっとあそこにあったので、撮影の時にこそっと行って練習していました。
ーー現場で感じることと、実際に出来上がった作品を観た時に変化がある作品だと感じたのですが、実際にいかがでしたか?
芳根:撮影中も「どういう風に繋がるんだろうな」ってずっとワクワクしていて。完成した作品を観た時はまっさらな気持ちで。さすがだな、石川監督っていうのを改めて感じました。
石川監督は絶対に否定をしないんですよね。まずみなさんで(それぞれ考えてきた)お芝居をして、それをベースに組み立てていく。(石川監督が)違うなって思ったら、こっちも違うなって感じてる。「今、違ったよね」って言われたりして「じゃあ、こうやって変えてやってみようか」って変えていくんです。以前、この話を石川監督とした時に、実際「みなさんのいいとこ取りをしたい」っておっしゃってて。「みなさんからアイデアをもらって、組み立てるっていうのが得意なんです」っておっしゃっていて。すごくお芝居が楽しいんです。
ーー小林薫さんとのシーン、素晴らしかったですが共演されていかがでしたか?
芳根:ちょうどこの撮影している時期に放送していた『コタキ兄弟と四苦八苦』というドラマで、私はお会いできなかったんですけど、私のお父さん役だったんですよ。もう撮影前から、薫さんと風吹さんのご夫婦を想像しただけで涙が止まらなくて。実際にお二人が並んでいる姿とか、空き時間に車椅子で遊んでいる姿を見ていたので、後半ブロックは映像の雰囲気も相まってドキュメンタリーを見ている様でした。
雪が降っている中で、薫さんが吹雪さんの車椅子を押している、あのシーンが私は本編でいちばん大好きなシーンで。あのシーンは台本を読んだ時から涙が止まらなくて。台本を読んだだけで、脳裏に焼き付いた絵だったので。すごく感動しました。
ーー美しいですし、あたたかいですし、色々な感情が出てきますよね。私もとてもグッときてしまいました。風吹ジュンさんや寺島しのぶさんは女優の大先輩ですよね。現場で何か話しましたか?
芳根:しのぶさんは、すごく優しくて、パワフルに支えてくださって。撮影が連日続いてる時に「芳根ちゃんのシーンを先に撮って早く帰してあげて」って言ってくださったり、本来ならば私が最後まで現場にいないといけないと思っていたので、すごく素敵な方だなと。
風吹さんは、私に疲れが見え始めた後半ブロックからご一緒させていただいたので、口内炎が出来ていた話をしたら「このビタミン剤いいから飲んで!」とか、丁寧に包装してくださって。
スタッフさんを通して連絡先も教えてくださって。「それは、こういう時に飲むといいよ」とか、すごく丁寧に教えてくださって。優しく身体のサポートをしていただきました。
ーー本当に素敵なエピソードですね。
芳根:このお仕事を続けていくにあたって、自分が年齢を重ねた時に気配りのできる人になりたいなって。そういう女優さんになりたいというか、そういう人間になりたいというか。すごいそう思わせていただきました。
ーー芳根さんがリナに共感できるところ、似ているところはありましたか?
芳根:似ているところはないと思います。でも「リナがやりたいこと、言ってることはわかる」とは思います。リナの考え、天音の考え、エマの考えってそれぞれあると思いますけど、どれも分かる。リナって世界が変わる間にいる人間だから一番難しくて。今私たちが直面しているコロナ禍と似ているのかな、って。変化はありつつも、この状態が当たり前になっていく。変化の中にいる人間がリナで、変化の後、それが当然の世界にいるのがハルで。
ーー現実に不老化処置の技術ができたとしたら、芳根さん自身は受けたいですか?
芳根:今は思わないんですけど、今回の取材でたくさんお話しさせていただく中で、自分の中で出た結論がありまして。今は思わないけど10年後、「24歳で年齢を止めておけばよかった」って絶対に思うんですよ、私は。だから今は嫌だって思っても、止めるべきだと思います(笑)。
今は年齢を重ねる自分がすごく楽しみだし、30代、40代の自分が見たいって思うし、「その年齢にならないとできないことっていっぱいあるんだろうな」って想像してるけど、たぶん30、40になれば経験って時間が経ってできるところもあるから、どうせ止めるなら24のうちに留めておけばよかったって絶対に思うんですよ。でも、気持ちだけでいうと今の私は「止めたくない」んですよね。
ーーその答えがない、ぐるぐる自分で考えてしまう感じも本作の魅力だと私は感じました。この作品への出演がきっかけで、死や生について改めて考えましたか?
芳根:普段、「自分、生きてる!」って、なかなか思わないじゃないですか。「死ぬ」っていうことも分からないけど「怖くない」っていったら嘘で。ただ、わからない。ピンとこない。生きる、死ぬっていう意識をそこに向けたことがなかった。当たり前っていう言葉も出てこないくらい当たり前だったから、頭で感じるようにはなりました。
でも、今までって「生きて始まって、死んで終わる」と対極な部分にいるって思ってたけど、生きること死ぬことって弧を描く、アークっていうタイトルのように隣同士にいるんだなって思うと、ちょっと気持ちが緩んだ気がして。生きること死ぬことって、かけ離れていることではなくて、隣同士にあるもの。だから、必ず意味はあるし、死に進んでいる自分が私はそんなに嫌じゃないっていうか。死に向かっている隣には生きることがあって。今私は24年間生きているけど、もしかしたら一回死んでいたかもしれない。2周目、3周目が始まってたかもしれないって思うとすごく面白いなって。今を精一杯に生きる楽しさみたいなものを改めて感じました。
ーーご自身としては、どんな風に重ねていきたいですか?
芳根:どうなっていくのかなと思っているだけで、全然計画してないんですよ。このお仕事を始めたのも、スカウトがきっかけだったので、想像していた人生ではなかったし。朝ドラを10代でできるなんて想像してなかったし。そう思うと、夢なんて言うのはタダなんだから言っておけばよかった!って思ったりします(笑)。あんまり自分がこうなってたらいいなと思わないんですよね。だから、どういう風になっているのかなって思うのがすごく楽しみです。だから、老いが楽しみなんだと思います。
ーー今日は素敵なお話をどうもありがとうございました!
撮影:オサダコウジ
【動画】映画『Arc アーク』本予告
https://www.youtube.com/watch?v=l2VnazqMA9E&t=4s
(C)2021映画「Arc」製作委員会