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「どうして言ってくれないの?」諦めきれない青春の思い出……積年の恋に執着する夫が引き起こす家庭内不和~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~



「あの夏が忘れられない」秋の終わりの朝顔によせて


朝顔に冷たくあしらわれ、すごすごと帰宅した源氏は眠れぬ夜を過ごしました。朝早く庭を見ると、枯れた花々の中に、朝顔があるかなきかの儚さで、まとわりつくように咲いています。


「見し折のつゆ忘られぬ朝顔の 花の盛りは過ぎやしぬらむ」。若い日にお見かけしたあなたのお姿が忘れられません。長年の私の気持ちはきっとわかって頂けると信じています…と書いた手紙とともに、花を朝顔の元へ送り届けました。


秋の終わりに儚く咲いた夏の花。さすがの朝顔も(なんでも冷たくすればいい、というわけでもない。お返事をしないと趣のない女だと思われるだろう)と感じ、これには返事を書きました。


「秋果てて霧の籬にむすぼほれ あるかなきかにうつる朝顔」。盛りを過ぎてあるかなきかに咲いている、しおれた朝顔の花はまさに今の私にぴったりのたとえですね。内容はさりげないですが、ブルーグレーの紙に優しい筆致で、何とも美しい手紙です。


源氏はその手紙に見入ってしまい、いつまでも見つめてはまた熱心に手紙を書き送ります。「若い時とは違う、こんなラブレターをせっせと送るのはみっともない」と思いつつ、積年の恋を成就させたい想いに駆り立てられるのでした。


源氏物語には実に800首近いの和歌が登場しますが、源氏と朝顔の贈答歌はその中でも指折りの名歌で、筆者もこの歌がとても好きです。盛りを過ぎた花に例えた中年の男女の恋。その時は過ぎたとわかっていても、若き日々の想いが心にまとわりつく。哀愁を帯びた美しい歌です。


さて、源氏は「見し折りの」と言っていますが、源氏と朝顔が何のきっかけでやり取りを始めたのかは書かれておらず、藤壺の宮、六条と並ぶ謎の出会いの一つです。空蝉に迫った17歳の頃にはすでに、朝顔と手紙のやり取りがあったらしい……ということしかわかりません。


更に「見る」には「語る」「交わす」と同様に情交の意味もあるのですが、これは源氏が言いたいだけの様子。以前から朝顔は「事実無根なのに、何かあったかのようにウワサをされるのは迷惑」と、言いがかりの風評被害を気にしています。真面目なこの人らしいです。


「どうして言ってくれないの?」ウワサで傷つく妻の苦悩


源氏の片思いはエスカレートし、朝顔のところの女房、宣旨を二条院に呼び出して、あれこれと相談まではじめました。いくら二条院が広くて立派で、紫の上のいる西の対とは違う所に呼んでいるとは言え、そんなことしたらさすがに目立つのでは?


朝顔側の女房たちは(うちの姫様がついに源氏の君とゴールインかも!?)と色めき立ち、源氏に誘惑されればあっさりなびきそうな者までいます。お姫様をゲットするにはまず、女房筋から近づいてオトし、本命の所へ案内させるのが常套手段。お付きの女房が男に味方しだすと危険です。


女房たちの熱狂をよそに、朝顔だけはひとり冷静でした。(若かった時も、私はあの方と一緒になろうとは思わなかった。ましてや盛りも過ぎて恋だの愛だのという歳でもない。ちょっとした時候の挨拶でさえ「世間に何を言われるか」と遠慮するのに……)。やっぱり風評被害を心配してる。


源氏とは決して結婚しない。朝顔の心はそう固く決まっているので、彼がどんなに熱心に訴えても、一貫した態度を変えません。難しい恋に燃えるタイプの源氏は、(普通の女性とはまったく違う方だ)と恨めしく思いつつ、ますます熱を上げていきます。


そんな源氏の様子はあっという間に広まって「源氏の大臣は朝顔の姫君にご執心だそうだ。だから同居の五の宮さまにも礼を尽くしていらっしゃるのだろう。結婚すればお似合いだ」。ウワサは紫の上の耳にも入ってきました。


紫の上は(もし本当ならきっと正直に話してくれる。そんなことは嘘よ)と思いたい。確かに、いつもの源氏なら「ウワサで知るのは気の毒」と、自分から打ち明けてくれるはずです。でも、源氏の様子を注意してみていると、うわの空でボーっとしている時が実に多い。これは怪しい。


朝顔の姫君も、紫の上も同じ宮家の出身。でも正妻の子ではなく、継母にいびられ、源氏にさらわれるようにしてなんとなく一緒になった紫の上と違い、賀茂斎院も務め、世間から重んじられている朝顔とではけっこう差があります。


源氏を魅了し、ちい姫を産んだ明石にも危機感を覚えた紫の上ですが、彼女は身分上どうやっても紫の上を凌ぐことはできない。身分差という絶対的な階級があったこの時代、自分と同等の身分かつプラスアルファの要素を持った朝顔が登場したことは、源氏の愛を独り占めしてきた紫の上にとって、大変な脅威でした。


もしあの方と結婚されても、私を見捨てるようなことはしないだろう。そうなれば私は、子供の頃から養育してもらったお情けにすがって生きるだけになるかも。でも、夫婦ならこういうことがあるのが当たり前。まさか自分のことになるとは思わなかったけど……)。


当時は重婚が当たり前。新しい奥さんが来て、そっちに愛情が移る可能性は十分想定できたのにと、紫の上は自分の単純さを反省します。やっと明石とちい姫の件が落ち着いたかな?というところでこの仕打ち。一難去ってまた一難、紫の上には気の休まる暇がないですね。


アラの目立つ源氏の言動、妻や家来にも不安広がる


もはや夫婦の心はバラバラ。源氏は自宅でも外をぼんやり眺めることが増え、夜は宮中に泊まり込むことも多くなりました。熱心に取り組むことといえば、朝顔へ手紙を書くことだけ。


紫の上も、もうちょっと元気のある時はイヤミの一つも言って、源氏もそこが可愛いと思ってきたのですが、今回は思い詰めているので逆に顔にも出しません。(ただのウワサなら否定してくれるはず)と紫の上は期待しているのですが、否定してもくれない。紫の上はますます落ち込んで、家の中は暗くなってしまいました。


冬の初め、雪もちらつく夕方に、源氏は朝顔のところへ出かけようと念入りに支度をしていました。紫の上に言わないのもおかしいので「五の宮さまがご病気らしいので、ちょっとお見舞いに行ってくるよ」と断ります。


紫の上は源氏の方を振り返りもせず、ちい姫の相手だけをしています。「この頃はずいぶんご機嫌斜めだね。あんまりべったり一緒にいると、あなたに飽きられてしまうかもと思って、最近は宿直の日も増やしているんだけど……」。


源氏の言い訳にようやく口を開いた紫の上は「おっしゃる通り、長く一緒にいると見飽きられてしまうわね」とだけ言って、顔をそむけて打つ伏してしまいました。ヤブヘビ!大堰から動こうとしない明石が(近くに行けば飽きられるかもしれない)と懸念しているのは、なるほどこのことかと思うと納得。でも紫の上には親の別荘とかないし!


源氏も(これはマズイ、紫の上がヘソを曲げ続けたら大変だ)と思いつつ、向こうにもお邪魔しますと伝えた以上、キャンセルするのも失礼なので、仕方なく出かけていきます。


源氏はあくまでも「五の宮のお見舞い」をお題目にしていますが、誰もが知っている事情だけに、家来の中には「もうお大臣だし、こんなことはおやめになると思ったのになあ」「何か波乱が起こるんじゃないか」などと呟く声も聞かれます。


紫の上に対する方針のブレから家庭内不和が起こり、下手に宿直の言い訳をしてヤブヘビ。それが家来たちにも伝わってしまっている。若い日の恋にしがみつく源氏に余裕があろうはずもないのですが、斎宮女御のセクハラも、宣旨を二条院に呼び出すのも、どうもアラが目立つというか、普段細かい源氏にしては配慮が足らないような印象です。せめて「ウワサの前に打ち明ける」方針で来たんだから、そこは徹底してほしいなあ。


「続きは来世!」長生き老女に振り回される源氏


源氏は五の宮から、年寄りの長話を延々と聞かされます(もちろん、五の宮はお元気)。退屈で眠くなってきた頃、五の宮が「ああ、年寄りは宵の口から眠くてね、ちょっとごめんなさい……」。なんと、その場でガーガーいびきをかいて寝てしまいました!


源氏はいびきのすごさにびっくりしつつ、内心ガッツポーズ。よっしゃ!と朝顔の方へ行こうとすると、誰かが源氏を呼び止めます。「ちょっとちょっと、私をお忘れじゃありませんこと?ホラ、あなたの”おばあさま”ですわよ!」……それは、出家して尼さんになった恋のレジェンド、源典侍でした。多分もう70歳くらい?当時としてはかなり高齢です。


最年長の恋人(?)との突然の再会。源氏もリップサービスで「ああ、出家してここでお世話になっていたんだね。今は父上の時代を知る人も少なくなった。親のない子と思って、優しくしてくださいよ、おばあさま」。


色気の抜けない源典侍は「あら~ん!いやだわぁ、もういいトシだから困っちゃう」。歯も抜けてフガフガの口元でも、媚びたセリフは健在です。出家しても心は生涯現役!!


源氏はそれがおかしい一方、時の流れが悲しくもありました。源典侍が宮中で人気の若女房だった頃、後宮で寵を競った女御や更衣の大部分は亡くなり、行方がわからない方や、落ちぶれて惨めな方もいるらしい。そして中宮となった藤壺の宮は、実に源典侍半分ほどの若さで他界。


華やかだけど高ストレスな後宮の貴女たちとは裏腹に、尻軽女と陰口を叩かれながらも、源典侍は明るく楽しく、元気そうに長生きしている。やっぱり、長生きには好きなことをして楽しく生きるのがベストのようですね。


この世の無常を感じてしんみりした源氏を、源典侍は(あら!やっぱり私に再会して、悩ましい恋心が湧いてこられたのね!嬉しいわぁ)と勘違い。違う、おばあちゃん、違うよ!!


「いつまで経っても私、あなたが優しく”おばあさま”って言ってくれた夜が忘れられませんの……」しなをつくってウフフと寄ってくるその迫力に、源氏は寒気がして「あ、ああ、私も忘れないよ……この続きはきっと来世でね!」と言い捨て、やっとのことで朝顔の元へ向かったのでした。来世って本当に便利な言葉ですね。


簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。

3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html

源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/


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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか


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