海外メディアRoadtoVRは、ベテラン360°動画制作者Armando Kirwin氏によるアメリカ360°動画産業の再構築を提言する連載コラム記事を掲載している。3回目にあたる本記事では、アメリカ360°動画市場のマネタイズの変遷を確認することで、その問題を浮き彫りにする。
撮影技術の進化による360°動画制作の「民主化」を論じた1回目のコラム「【海外連載コラム】アメリカ360°動画産業の過去・現在・未来(1)〜撮影技術編〜」はこちら。
360°動画制作スタジオの乱立と統合、大手メディア企業への一極集中を論じた2回目のコラム「【海外連載コラム】アメリカ360°動画産業の過去・現在・未来(2)〜訪れた「360°動画バブルの崩壊」〜」はこちら。
「VR元年」までの360°動画のマネタイズ
今から3年前から「VR元年」と喧伝された昨年まで、アメリカ360°動画制作市場におけるクライアント=資金供給源は、主として宣伝目的で360°動画制作を依頼していた各種業界の大手企業であった。
大手企業がクライアントであっただけに、一般に短編と見なされる5〜10分以内の動画制作でも$350,000〜$500,000(約¥40,000,000〜¥56,000,000)の予算が組まれ、時には$1,000,000〜$3,000,000(約¥113,000,000〜¥34,000,000)という大型予算のプロジェクトも存在した。
しかしながら、「VR元年」が過ぎた今年に入り、こうした各種業界の大手企業は360°動画から手を引き始めた。360°動画制作の需要が減るなか、現在でも大型プロジェクトを定期的に企画しているのは、ワーナーブラザーズのようなハリウッド大手配給会社くらいである。
その結果、ハリウッド大手配給会社が奮闘したとしても、依然として供給(制作クリエイター)が需要(360°動画)を上回る「供給過多」の状態が続いているのだ。
現在のアメリカ360°動画市場におけるマネタイズ
供給過多のアメリカ360°動画市場において、生き残っている制作スタジオと大手メディア企業はそれぞれどのようなマネタイズ戦略をとっているのだろうか。
制作スタジオがとり得るマネタイズ戦略は、YouTubeやFacebookのような360°動画を配信しているプラットフォームからコンテンツを発信する方法である。もっとも、この方法を続けても市場拡大の望みは薄い。というのも、360°動画配信プラットフォームを運営している企業は、特段に360°動画を自社の「キラーコンテンツ」として売り出しているわけではないのだ。せいぜいのところ、「VR元年」が過ぎて薄まり行く市場の関心を奪い合う程度に過ぎない。
対して大手メディア企業が打ち出したマネタイズ戦略は、「360°動画チャンネルの創設」である。こうしたアメリカにおけるメジャーな360°動画チャンネルには、New York Times VR、Time/Life/People、Discovery等がある。
大手メディア企業が360°動画チャンネルを運営できるのは、この動画チャンネルから短期的な収益を上げる必要がないからだ。実のところ、同チャンネルのコンテンツ制作費は大手メディア企業が展開する他の事業であげた収益から確保されている。
大手メディア企業にとって360°動画とは、「カネのなる木」というよりは差別化のための「果実」なのだ。
VRゲームと360°動画のマネタイズの違い
制作スタジオと大手メディア企業のマネタイズは、そのどちらも「うまくいっている」とは言い難い。360°動画市場のマネタイズが行き詰まっているのは、個々の企業の努力の問題というよりも市場構造に原因があるのではなかろうか。360°動画の市場構造を分析するために、ゲーム市場と比較してみよう。
「課金対象」のゲーム、「フリーコンテンツ」の動画
現在メインストリームに位置するデジタル・プラットフォームであるスマホにおいても、動画とゲームは最も消費されているコンテンツであると言って異論はないだろう。しかし、このふたつのカテゴリーでは課金に対するユーザー心理が異なっている。
モバイルゲームは、基本的に「課金対象」となるコンテンツだ。ダウンロード・ランキングのトップとなる「無料」ゲームであっても、「より楽しむ」ためには課金する必要がある。
動画に関しては、YouTubeを視聴するとわかるように、課金しなくても「すべて見れる」。動画はゲームほどには課金する動機づけに乏しいのだ。
以上のような現状なので、ユーザー心理としては「課金対象」のゲームと「フリーコンテンツ」の動画という「常識」が形成される。
統計から見るVRゲームと360°動画
モバイルVRコンテンツ市場に関しても、スマホで培われたユーザー心理が影響する。
モバイルVRコンテンツ市場と言えば、一見するとゲームがもっとも消費されている印象がある。しかし、実際にはVR動画の視聴時間の方がVRゲームのプレイ時間より長いという報告がある。例えば、Daydreamユーザーは、使用時間の50%をYouTubeによる360°動画にあてている。この結果は、「フリーコンテンツ」である360°動画が、最も消費されていることを物語っている。
対して、「課金」が発生するDaydreamのストアで最も多いカテゴリーはゲームだ。本メディアで以前に報じたように、同ストアのアプリのうち54.2%がゲームである(下のグラフを参照)。
ちなみに、文字通り「カネのなる木」であるゲームの使用時間は、全体の35%程度という話もある。
仕組まれたVRコンテンツ市場
以上のように、VRゲームがもっとも「よいポジション」に位置づけられる今日のVRコンテンツ市場は、どのようにして形成されたのであろうか。
次のように考えることも可能ではなかろうか。現在VRコンテンツ市場を支配するGoogleやSamsungといったプラットフォーマーは、スマホで培われた「ゲームは課金対象」というユーザー心理をふまえたうえで、ゲームが「もっとも稼げる」VRコンテンツになるようにVRコンテンツ市場を築いた、と。
現在のVRコンテンツ市場がゲームに最適化されているならば、360°動画市場が再び息を吹き返すためには、プラットフォーマーから離れて、あるいは対抗して独自のエコシステムを築く必要がある、という結論に達する。
次回のコラム記事では、360°動画市場独自のエコシステムについて提言する。
Armando Kirwin氏によるアメリカ360°動画市場のマネタイズの変遷を論じたRoadtoVRのコラム記事
http://www.roadtovr.com/why-the-360-film-industry-is-in-the-midst-of-a-reboot-part-3-demand/
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