海外メディアNewsweekは、ホロコーストの生存者の証言をVRコンテンツ化する試みを紹介した。
「インタラクティブな360°動画」の威力
生き生きとした証言
アメリカ・ニューヨークにあるホロコースト(ナチスによるユダヤ人虐殺)を語り継ぐために設立されたユダヤ遺産博物館(Museum of Jewish Heritage)で、このほど新しい展示が披露された。その展示は、展示室のなかに等身大のヒトが写ったディスプレイだ(本記事トップ画像)。
ディスプレイの前には、来訪者が使うマイクが置かれている。このマイクは、ディスプレイ内のヒトに質問するときに使うものだ。この新しい展示は、ディスプレイ内のヒトに質問できるようになっているのだ。
ディスプレイに写っている二人の人物は、男性の方がPinchas Gutter氏、女性の方がEva Schloss女史である。Gutter氏は強制収容所からの生還者であり、Schloss女史はアンネ・フランクの遠縁にあたる人物である。ふたりはそれぞれ第二次世界大戦中に体験したことを語る。
ディスプレイに写っている二人は、話している時の表情はもちろんのこと、話している時のカラダの震え、さらには息遣いまでも伝わってくるほどリアルに感じる。さらに、話が一通り変わった後に自由に質問すると、答えが返ってくるのだ。その答えのなかには、ホロコーストとは直接関係のない「好きな映画は何?」に対する答えも含まれている。
以上のような展示は、ホロコーストの生存者がまさにリアルに存在して証言している、という体験を来訪者に提供することを意図して制作されたのだ。
「インタラクティブな360°動画」の制作過程
同展示は、ただ単に高精細なカメラで二人を撮影したわけではない。
可能な限りのリアリティを実現するために、半球状のスタジオの中央に証言者に座ってもらい、証言者の周りに100台のカメラを設置して撮影したのだ(下の画像参照)。それゆえ、展示ではディスプレイに証言者を表示していたが、適切な変換処理をすれば360°動画にすることは難しくないだろう。
さらに、証言者が質問に答えられるようにするために1,900もの質問を想定して、その質問に答える様子を撮影したのだ。
こうして制作された動画は、単に視聴するだけに留まらず質疑応答をも可能な「インタラクティブな360°動画」となった。
「インタラクティブな360°動画」の理論的背景
以上のような動画を制作したスタッフには、SNSやVR動画について研究しているインディアナ大学所属の研究者Sara Konrath女史が参加している。
同女史によると、同動画を制作するきっかけになったのは、内戦が続いているシリア・アレッポのイマーシブ・ジャーナリズム動画作品(360°動画を活用したドキュメンタリー動画)に関するレポートを読んだことであった。そのレポートでは、アレッポに関する360°動画を視聴したヒトは、アレッポの写真だけを見たヒトに比べて反戦に関する募金に多くの金額を支払った、と報告していた。
その記述を読んで、同女史は次にように考えた。360動画を視聴するより深い没入感を体験できるコンテンツを制作できれば、ヒトをよりよい行動あるいはよりよい感情に誘導できるのではないか、と。
360°動画よりさらに深い没入感が体験できるコンテンツの特徴とは何か。同女史が出した結論は「インタラクティブ性を付加する」だった。
以上のような同女史のアイデアは、まさに失われてはならない「共感すべき」出来事のひとつであるホロコーストの証言に関するコンテンツに応用されたのだ。
「インタラクティブな360°動画」の応用範囲
ホロコーストのような証言者がなくなってしまったら、もはやその出来事の痕跡がなくなってしまうようなイベントにおいては、証言者の記録をリアリティあるものとして継承していくことが死活問題である。こうした証言者の記録をリアルに保存すべき事例は、ホロコーストのほかにも考えることができよう。
例えば、日本では原爆に被害にあった生存者が、高齢により加速度的に減少している現実がある。原爆被害者の証言を、以上に紹介した「インタラクティブな360°動画」で記録するのは、有意義なように思われる。
あるいは以上のような「シリアスな」事例とはべつに、例えばあるヒトの存命時にインタラクティブな360°動画を制作しておけば、そのヒトの没後、その動画を視聴すれば故人を偲ぶこともできるかも知れない(もっとも、個人で制作するには少々製作費が大きいように思えるが)。
360°動画には大きなポテンシャルがあるものも、まだ実用的なコンテンツとして落とし込まれていないというのが現状である。そして、そのポテンシャルのなかには、ヒトをよりよい行動に導くことも含まれているのだ。
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